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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
対立勃発編

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第45話 勅令

 王宮からの使者が医療所に来たのは、朝の診察が終わった頃だった。


「アルバート3世陛下より、ハルト・アレク殿にお言葉がございます」と使者は言い、文書を差し出した。


 アレクが受け取り、読んだ。


 ミアが横から覗いた。「……なんて書いてあるんですか」


「王権直属の試験的医術師認定制度を発布する、と」


「それは……どういう意味ですか」


 シルヴィアが「教会の管轄外で、国王が直接認定を行う制度を作るということです」と言った。声が少し高くなっていた。「議会の採決を待たずに、勅令として出した」


「それはできるんですか」


「国王の権限として、試験的な制度なら王命として出せます。議会の正式承認は後でいい。まず動かしてしまえば、既成事実になる」


* * *


 午後、王宮に呼ばれた。


 謁見の間に、国王とレヴァンがいた。レヴァンの顔が固かった。


「これは信仰への冒涜だ」とレヴァンは言った。「教会の認可なき医療を王権が公認するなど——」


「朕の民が死ぬのは、神の意志ではなく人の怠慢だ」と国王は言った。声は穏やかだったが、揺れなかった。「教会が救えない命を朕が救う。それが王の務めだ」


 レヴァンが口を開きかけた。しかし国王の目を見て、止まった。


「第一号はハルト・アレクとする」と国王は続けた。「試験的認定証を今日付けで発行する。貴族議会での正式承認は別途進める。以上だ」


 レヴァンが「……枢機卿会議はこれを認めません」と言った。


「認める必要はない。これは教会への許可申請ではなく、王命だ」


 レヴァンが何かを言いかけて、やめた。頭を下げて、退室した。


* * *


 王宮の外に出て、アレクは認定証の羊皮紙を見た。


 王家の紋章が刻まれた蝋で封印されていた。「試験的医術師認定証——ハルト・アレク」と書かれていた。


 シルヴィアが横に立っていた。「どんな気持ちですか」


「実感がまだありません」


「そうですか」


 ミアが「先生」と言った。「これって……先生が今まで違法だったのが、合法になったっていうことですよね」


「そうです」


「よかったです」とミアは言った。「これからは堂々と先生って呼べます」


「今まで堂々と呼んでいましたよ」


「そうですけど、公式に、ってことです」


 アレクが認定証を折りたたんで懐に入れた。


 以前、レヴァンが「医術師認定制度への加入」を迫った。アレクはそれを「患者に何のメリットがある」と一蹴した。その後ずっと「無認可」で動いてきた。


 今、教会管轄外の認定証が手にある。


 制度を拒んだのではなかった。教会が管理する制度を拒んだのだ。そして今、教会の外に制度が生まれた。


「これで俺は合法的に戦える」とアレクは言った。


 カーラが「……遅すぎたくらいだ」と壁際でつぶやいた。


「これで終わりですか」とミアが聞いた。


「始まりです」とアレクは言った。「教会はまだ動いている。認定証が出たということは、次の手が来るということです」


 四人が王宮前の広場に立っていた。カーラが「……次は何が来る」とつぶやいた。秋の光が、石畳に長い影を作っていた。


* * *


 医療所に戻る馬車の中で、シルヴィアが認定証を見たいと言った。


 アレクが渡した。シルヴィアが封蝋を確認して、「父に見せたら泣くかもしれません」と言った。「ハルトマン家の名前が、王権直属の制度の発布に貢献した。父は貴族として、これ以上の栄誉はないと感じるはずです」


「侯爵の力なしには勅令は出ませんでした」


「父は喜びますが、口では『当然のことをしたまでだ』と言うでしょう」とシルヴィアは少し笑った。


 ミアが「先生、以前レヴァン神官が認定制度に入れと言ってきたとき、何て言って断ったんですか」と聞いた。


「『認定を拒むなら、次は騎士を連れてくる』」


「……教会の制度に従えば騎士が来ない、ということですよね」


「そうだ」


「今は、教会の制度の外で、王の制度がある。教会が騎士を連れてきたら、王が止める」


「論理的にはそうなる」とアレクは言った。「ただし王が動くのは法的に整理された後だ。教会が動く速度の方が早ければ、その間に俺たちが対処する必要がある」


 ミアが頷いた。


* * *


 医療所に戻ると、待っていた患者が二人いた。


 アレクは認定証を懐に入れたまま、すぐに診察を始めた。腰痛の老人と、咳の続く子供。一時間ほどで処置を終えた。


 患者を見送った後、ミアが「先生、認定証は保管しなくていいんですか」と聞いた。


「明日から壁に貼ります。患者に見える場所に」


「掲示するんですね」


「これがあれば、教会の人間が来ても無認可だと言えなくなる。患者が安心して来られるなら、それが一番大事だ」


 ミアが「分かりました」と言った。


 その夜、四人は卓を囲んで、今後の手順を整理した。


「議会の追認まで三十日」とシルヴィアが言った。「その間に、勅令の事実を社交界と議会に浸透させる。同時に、教会の反発を封じる手を打つ」


「教会は何をしてくる」とカーラが聞いた。


「枢機卿会議が招集されている可能性が高いです」とシルヴィアは言った。「彼らは王が直接動いた事実を、組織として再評価する必要がある。次の手まで五日から十日の猶予があるはず」


「その間に、こちらが先に動く」とアレクは言った。「議会への根回しを加速する。患者記録の公開準備も進める。レヴァンの動きはカーラが監視。シルヴィアさんは父上と連携して貴族派の固めを」


「ミアさんは」


「医療所の運営。診察を止めない。それが一番強い実績だ」


「分かりました」


* * *


 深夜、皆が帰った後、アレクは一人で卓に残った。


 ランプの明かりの下で、認定証をもう一度広げた。「試験的医術師認定証——ハルト・アレク」。王家の紋章。発行日付。


 レヴァンの提案を断った日のことを思い出した。あの時、教会が管理する認定制度に入っていれば、こんな道は通らなかった。患者が払う費用は変わらず、貧しい者は今まで通り外に出されていた。


 断ったから、ここまで来た。


 その判断が正しかったかどうかは、まだ分からない。制度として残るかどうかは、これから三十日で決まる。それでも、断った時の自分の言葉——「その制度、患者に何のメリットがある?」——だけは、間違っていなかったと思えた。


 認定証を折りたたんで、机の引き出しにしまった。


 明日からは、合法的に戦える。それは前進だ。ただし、合法になっただけでは患者は救えない。明日も患者が来る。明日もその患者を診る。それだけが本質だった。


 ランプを消した。秋の夜が、医療所の中に静かに広がっていた。


第3章はここで区切りです。お読みいただきありがとうございます。

次章では、医療制度そのものを揺るがす大きな流行病へ踏み込んでいきます。

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