第41話 初めての診察
「今日、一人で患者を診てみますか」とアレクが言ったのは、朝の薬草整理の最中だった。
ミアが顔を上げた。「……え」
「最初から一人ではないですよ。俺は別の部屋にいます。何かあれば呼べばいい。ただ、問診から診断の判断まで、お前が主導してみてください」
「でも……まだ早いと思います」
「俺が適切だと判断したから言っています」
ミアが「先生が言うなら」と答えた。しかし手が落ち着かず、薬草を何度も並べ直していた。
* * *
最初の患者は午前中に来た。四十代の男性で、右肩の痛みと腕のしびれを訴えていた。
ミアは「えっと……いつ頃から痛みますか」と聞いた。最初の一言が出るまで、わずかに間があった。しかし二番目の質問から、リズムが出てきた。
痛みの場所。どういうときに強くなるか。しびれの広がり方。以前に同じことがあったか。職業と日常の動き。
質問しながら、ミアは魔力感知を使った。肩から腕にかけての魔力の流れが、右側だけ微妙に乱れていた。首の骨の近く、神経が通るあたりに詰まりがある。
「……首のここのあたりが、神経を圧迫しているかもしれません」とミアは言った。「先生に確認してもらいますね」
患者が「そうか」と頷いた。不安そうな顔ではなかった。
アレクが呼ばれて確認した。「診断は正しいです。頸椎の問題です。処置の方向性を教えます」とアレクはミアに言い、患者には「良い診察でしたよ」と言った。
患者が帰り際に言った。「治癒師様、ありがとうございます」
ミアが答えた。「私は医術師見習いです。治癒師ではありません」
患者が「そうか、それでも助かりました」と言い、出ていった。
* * *
午後の診察が終わった後、ミアはアレクに報告した。「三人診ました。二人は先生に確認してもらいました。一人は……自分で対処できた、と思います」
「全部正解でした」
「え」
「三人とも、診断の方向は正しかった。処置の判断も適切でした。確認に来た二人は、俺が同じ立場でも確認に行きます。一人で判断したのは、それで正しかった」
ミアが返事をしなかった。
「何か言いたいことがありますか」
「……先生に早く報告したくて、午後の診察が終わってからずっと足が浮いていた気がして」
「浮いていたのは気のせいです。地に足がついていました」
「先生ってそういうことを言う人ですか」とミアは笑いながら言った。
「患者を走って診察に行くのは危険です」とアレクは真顔で言った。「転んで怪我をした医術師が患者の前に立つのは不都合です。それだけは直してください」
ミアが走って帰ることがある癖を言われていると気づいて、顔が赤くなった。
「……先生に早く報告したかったです」
アレクは「分かっています」と言い、次の作業に戻った。
ミアは廊下に出て、一人で小走りになった。それから自分でおかしくなって、止まった。
* * *
夕方、患者が一人立ち寄った。午前にミアが診察した男性だった。湿布の貼り方を確認したいという用事だった。
ミアが応対して、患部の状態を確認した。「腫れは引いてきていますね。湿布の交換は朝晩で大丈夫です。痛みが強くなったら、また来てください」
男性が「ミア医術師、ありがとうございます」と言った。
ミアが立ち止まった。「医術師、と呼ばれたのは初めてです。私はまだ見習いですから」
「あなたは私の腕を診て、痛みの原因をすぐに見つけてくれた。あなたが医術師でないなら、私は誰に救われたのですか」
ミアは答えに迷った。「先生に教わって、その通りに動いただけです」
「教わった通りに動けるのも才能です」と男性は言った。「私は鍛冶屋ですが、弟子に教えてもその通りに動けない者がいます。あなたが動けたなら、それはあなたの力です」
男性が頭を下げて出ていった。
ミアは扉の前でしばらく動けなかった。先生に教わった通り——確かにそうだった。それでも、自分の判断が患者の体に届いた。それは事実だった。
* * *
夜、ミアは記録帳に今日の診察を書きながら、自分の字を見た。
いつもより、字に力が入っていた。患者の症状の記述が、いつもより細かかった。「肩から腕にかけての痺れ」「動かしたときの痛みの強さ」「触診時の硬さ」——書ける項目が増えていた。
書ける項目が増えたのは、自分が観察できるようになったからだ。それ以外の理由はなかった。
アレクが部屋に入ってきた。「記録か」
「はい」
「見せてくれ」
ミアが記録帳を渡した。アレクがしばらく目を通して、何箇所かに小さな印をつけた。
「ここの記述、症状が出ているときと出ていないときの差を書き足せ。診断の精度が上がる」
「分かりました」
「他は適切だ。続けろ」
ミアが頷いた。記録帳を返してもらって、印のついた箇所を読み返した。先生が指摘した項目は、ミアが「ここはもっと書けたかもしれない」と思っていた箇所と一致していた。
偶然ではないだろう、と思った。先生は、ミアが何を観察したかを記録から読み取って、足りない部分を指摘している。ミアが「足りない」と感じたところと一致するのは、ミアの観察が向上しているからだ。先生は、それに気づいて、印をつけている。
「先生」とミアは言った。
「なんだ」
「来週も、一人で診察したいです」
「容態を見て判断します」
「お願いします」
アレクが「分かった」と言って、自分の作業に戻った。
ミアはペンを握り直した。
翌朝、シルヴィアが医療所に来たとき、ミアの様子を見て扇子を一度たたいた。「ミアさん、何か変わりましたか」
ミアが「えっと……何か変ですか」と聞いた。
「いいえ。ただ、背筋が伸びている気がします」
ミアが顔を赤くして、「気のせいです」と答えた。
シルヴィアが扇子の奥で「あら、そう」と笑った。それからアレクの方を向いた。「先生、あなたの弟子が一人で立ち始めましたね」
アレクが「立っていました、最初から」と返した。
シルヴィアが「あなたって本当に」と言いかけて、それ以上は言わなかった。ミアの方を見て、もう一度扇子をたたいてから、自分の仕事に戻った。
* * *
昼過ぎ、また患者が来た。今度は若い母親と、抱かれた赤子だった。赤子の発熱が続いているという話だった。
ミアが「先生に確認してもらいます」と言いかけて、止めた。先に問診と魔力感知を試みた。
赤子の体内の熱の偏りを感じた。胸の周辺で、魔力の流れがやや速い。発熱の原因は内臓ではなく、呼吸器系の感染のように見えた。
「先生、確認をお願いします」とミアはアレクを呼んだ。「私の見立てでは、肺の方に炎症があります。急ぎではないですが、見ていただきたいです」
アレクが赤子を診た。聴診の代わりに、耳を胸に当てて呼吸音を聞いた。短く頷いた。「気管支炎だ。診断は正しい」
ミアが小さく息を吐いた。
処方を出して、母親が帰っていった。ミアが「先生に呼んだのは、判断に自信がなかったからじゃなくて、念のため、です」と言った。
「分かっている」とアレクは言った。「それでいい。判断に自信があっても、確認することは医療では必要だ。一人で抱え込むより、二人で確認した方が患者にとって安全だ」
「……はい」
ミアが記録帳に書き続けた。今日の自分の判断と、先生の確認内容を、両方書いた。両方残しておけば、後で振り返れる。それが医術師見習いの仕事だった。
お読みいただきありがとうございます。
続きも毎日更新予定です。作品フォロー、評価、ブックマークで応援いただけると励みになります。




