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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
医術覚醒編

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第4話 最初の刃物

 ダリウスの鍛冶場は、庶民街の外れに煙突を立てていた。


 朝早い時間に訪ねると、親方はすでに火を入れていた。五十代の大柄な男で、腕に火傷の跡が何本もある。息子の怪我を縫ったのが去年の春だった。アレクの顔を見るなり、「待ってたぞ」と言った。


「礼を言いに来い、来い、と思ってたんだが」とダリウスは言った。「あんた、なかなか来ないじゃないか」


「礼より用件がある」とアレクは言った。「仕事を頼みたい」


 ダリウスが腕を組んだ。「内容による」


「手術用の刃物だ。鉄製。刃長五センチ前後、幅八ミリ以下。両面研磨で、先端を尖らせてほしい。持ち手に布が巻ける構造が望ましい」


 鍛冶屋は目を細めた。「見たことのない形だな」


「教会の道具には存在しない。俺が設計する」


 しばらく黙ってから、ダリウスが言った。「銀貨二枚。材料費込み」


「今は銅貨六十三枚しかない」


「……あんた、正直だな」


「嘘をついても形に出る」


 ダリウスが低く笑った。「分かった。今すぐ払わなくていい。先にできたものを渡す。代金は後でいい。息子のことは——あれは金で払える話じゃないからな」


* * *


 設計図は地面に棒で描いた。


 現代の手術用メスに近い形を目指したが、この世界の鉄の精度では限界がある。それでも、包丁や短剣とは全く違う刃物になるはずだった。切開用に特化した形——必要最小限の力で皮膚と組織を分けるための設計だった。


 ダリウスは興味深そうに図を見た。「こんな細い刃、打ったことがない。割れないか?」


「焼き入れの温度を上げれば強度は出る。ただし折れやすくなる。どちらを取るかは材料による」


「鋼を使えばいい。うちにある」


「それで頼む」


「それと——これは一丁じゃないな。同じものを何本か作るつもりだろう」


 アレクは頷いた。「手術中に汚染した刃物は使えない。複数必要だ」


 ダリウスが腕を組んで考えた。「面白い考え方だ。魔法使いは道具を気にしない。魔法そのものが道具だから。あんたはそれを別のやり方で補おうとしてる」


「補うんじゃない。別の方法で同じ結果を出す」


 鍛冶屋は少し考えてから、頷いた。「そいつは俺の仕事と似てるな。火と金床と鎚だけで、魔法の武器に負けない刃物を作る」


「鉄は嘘をつかない」とアレクは言った。


 ダリウスが初めて笑顔を見せた。「そうだ。嘘をつかない」


* * *


 帰り道で、孤児院の子供が二人ついてきていた。コウルと、その友人のベイという八歳の男の子だった。


「先生、あれ作るの手伝えることある?」とコウルが言った。


「ある」とアレクは言った。「薬草を洗って乾かすこと。煮沸に使う水を汲んでくること。道具を清潔にしておくこと。やってくれるか」


 コウルとベイが顔を見合わせ、揃って頷いた。小走りで先に帰っていった。


 アレクは孤児院の玄関が見える角で立ち止まった。


 石鹸、消毒液の材料、刃物の手配、縫合糸の改善。一歩ずつは進んでいる。しかし次の患者がいつ来るかは分からない。準備が整わないうちに来るかもしれない。


 それは前世でも同じだった。救急の現場に完璧な準備はない。あるのは、その瞬間に手元にあるもので何ができるかという判断だけだ。


「これ、魔法より効くの?」とコウルが昨晩に聞いていた言葉が頭に残っていた。


 答えを考えていた。魔法より効く、という言い方は正確じゃない。魔法は魔法で、これはこれだ。どちらが優れているかより、どちらが今必要かの問題だった。


 玄関に戻ると、コウルが薬草の束を抱えて走り回っていた。


 アレクは言った。「魔法より理屈がある——それだけで十分だ」


* * *


 その日の夜、ダリウスから使いが来た。


 鍛冶屋の見習いの少年で、十二、三歳くらいだった。「親方が、刃物の試作ができたから取りに来てほしいって」と告げた。


「もう?」とアレクは聞き返した。設計を渡してから一日も経っていない。


「親方、徹夜で打ったって」と少年は言った。「あの形が頭から離れなかったって、笑ってました」


 アレクはコウルとベイに「待っていろ」と言って、ダリウスのところへ向かった。鍛冶場の火はまだ赤かった。ダリウスが煤だらけの顔で出てきて、布の包みを差し出した。


「一丁だけだ。あと二丁は明日にする」


 アレクは布を解いた。鋼の薄刃が現れた。重さの均衡が取れている。刃先をランプの光にかざすと、波打つような筋が一本見えた——焼き入れの跡だ。


「設計通りに打てた」とダリウスは言った。「ただ、何度もやり直した。鋼の温度を上げすぎると割れる。下げすぎると鈍る。あんたの言った『精度』ってのは、こういうことだろう」


「そうだ」


 ダリウスがにやりとした。「面白い注文だった。久しぶりに、自分の腕を試した気がする」


 アレクは礼を言った。包みを抱えて歩き出すと、ダリウスが背中に声を投げた。「アレク。あんたの仕事、町の連中が話してる。建設現場の男、立てるようになったらしいぞ」


 アレクは振り返らなかった。ただ「分かった」と言って、夜道を歩いた。


* * *


 孤児院に戻ると、ミアの代わりにエルダが「ご飯はまだ残してあるよ」と言った。


 アレクは「あとでいい」と答え、土間で布の包みを開いた。コウルとベイが目を丸くして覗き込んだ。


「これ、なに」とコウル。


「刃物だ」


「料理用?」


「人間を切るやつだ」


 ベイがびくっとした。アレクは続けた。「ただし、悪いことをするためじゃない。傷を治すためだ。腹の中に入った悪いものを取り出したり、破れた腸を縫う前に切り口を整えたりするのに使う」


 コウルが少し考えて、「それ、魔法より効くの?」とまた聞いた。


 アレクは少しの間、考えた。


「効く効かないの話じゃない」と答えた。「魔法で治せない傷を、これで治す。逆に、これで治せない傷を、魔法で治す人もいる。両方あった方がいい」


 コウルが頷いた。それで納得したようだった。八歳のベイが「先生、ぼくも手伝う」と小さい声で言った。「明日、薬草を洗うのを手伝ってくれ」とアレクは答えた。ベイが「うん」と言って、コウルの手を引いて寝床に戻っていった。


 アレクは刃物を布に戻した。明日、消毒液で煮る。それで初めて使える。今夜はここまでだった。


 準備が整う前に、次が来ることを、その夜アレクはまだ知らなかった。


 ただ、明日の朝にはミアという少女が町外れで倒れていることを、誰も予測できなかった。それは、最初の刃物が完成した翌日のことだった。


 夜の終わり、アレクは煮沸鍋にもう一度火を入れた。明日、刃物を煮る。消毒液で拭き、布に包む。それだけのことが、明日の処置の成否を分ける——前世の研修医時代、何度も叩き込まれた基礎だった。基礎を疎かにすると、患者が死ぬ。それだけの話だ。


お読みいただきありがとうございます。

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