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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
対立勃発編

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第39話 二度目の刃

 夜中の三時、カーラが戻ってきた。


 アレクはまだ起きていた。薬草の調合をしていた。ランプの明かりが揺れる中、カーラが背中に短剣を差したまま入ってきた。


「来た」とカーラは言った。「三人。前回の工作員とは別口——これは本職だ」


「排除しましたか」


「一人制圧、二人は逃げた。逃がした」


「なぜ」


「逃げた方が情報源になる。捕まえると消される」


 アレクは道具を置いた。「怪我は」


「なし」


「確認させてください」


「本当にない」


「カーラさん」


 カーラが溜め息をついて上着の袖をまくった。左前腕に擦り傷があった。アレクが消毒液を持った。


「……大げさだ」とカーラは言いながら、腕を差し出した。


「大きくはないが、夜露に触れた草木が傷口に入れば化膿する」とアレクは言った。「明日も動くなら今夜処置しておく方がいい」


 カーラは黙った。アレクの手が動く間、ランプの明かりだけが揺れていた。


「……お前は夜中にもこういうことをするんだな」とカーラはぼそりと言った。


「来た時に来る。朝でも昼でも」


* * *


「これは警告です」とカーラは処置を受けながら言った。「枢機卿会議が本格的に動き始めた。前回は脅迫と風評だった。今回は実力行使——段階が上がっている」


「次はもっと本格的なものが来る」


「おそらく。ただしすぐには来ない。三人を送って二人が帰ってきた。彼らは状況を再評価するために時間が必要だ。一週間は猶予があるかもしれない」


「その間に動く必要がある」


「そうだ。草案を王に届けるなら、今がその時間の範囲内だ」


 アレクが処置を終えた。カーラが袖を戻した。


「……ありがとう」とカーラは言った。珍しく、率直に。


 アレクが「何に対してですか」と聞いた。


「処置に、ではない。この話に巻き込んでくれたことに——ではなく」カーラが言葉を探した。「……お前が怖がっていないから、私も怖がれない。そういうことだ」


「俺は怖いですよ」


「見えない」


「それは俺が怖がることよりすることが先にあるからです」


 カーラが目を伏せた。しばらく後で「……それを怖がらないと言うんだ」と言った。


 アレクが「そうかもしれません」と返した。


 カーラはその言葉を聞いて、黙った。返す言葉が、出てこなかった。


 処置が終わると、アレクはすでに次の作業に戻っていた。消毒液を棚に戻し、羊皮紙を広げた。夜中の三時に、何事もなかったように。


 カーラは袖を下ろした。腕の感覚が戻っていた。傷は小さかったが、処置を受けた後というのはいつも不思議な気分になる——治療とはこういうものだったか、と思わせるものが、あの手にはあった。


* * *


 話を戻すと——三人が来たのは、夜更けの二時すぎだった。


 カーラは医療所の裏手の路地で気配を捉えた。三つ。歩幅が揃っている。素人ではなく、訓練を受けた者の動きだった。最初の一人が裏口を確認しに回り込んできた。


 カーラは壁の死角で、最初の一人を待った。短剣の角度を首の側面に合わせて、振り抜く位置を調整した。前のめりに来た男の顎を肘で押し上げ、首の血管を狙う角度で短剣を当てた——刺さない。当てた。


「動くな」とカーラは言った。短剣の刃が皮膚に触れていた。


 男の喉が、僅かに動いた。それで男は止まった。


 残り二人が振り返って、足音を立てずに後退した。一人が短剣を抜きかけたが、カーラの動きを見て、引いた。プロは状況を読む。仲間を見捨てる判断を、彼らは即座にした。


 カーラは捕らえた一人に問いかけた。「誰の依頼だ」


 男が黙った。


「答えなければ、医療所の中で答えを出してもらう」


 男の目が泳いだ。それから「枢機卿会議」と短く言った。「組織の判断だ。個人の名前は知らされていない」


「制裁の理由は」


「お前——元組織の人間だな」と男は逆に問い返した。「裏切り者の末路を見せるための見せしめだ」


 カーラは少しだけ短剣を引いた。「逃げろ」と言った。「お前を逃がして情報を組織に持ち帰らせる方が、私たちの益になる。私を捕えに来たという事実だけを伝えろ」


 男が一瞬戸惑い、それから走った。路地の闇の向こうに消えた。


 カーラは追わなかった。逃した方が情報源になる——その判断を、医療所の中でアレクに伝えた。アレクは「それで構わない」と短く頷いた。


* * *


 処置の後、カーラは医療所の壁に背中をつけて、しばらく動かなかった。


 借りを返している——頭の中でその言葉を確認した。正確ではある。しかし何かが、その言葉だけでは収まらなくなっていた。いつからかは分からない。気づいたらそうなっていた。


 最初の一人を制圧したとき、自分の手が一瞬迷ったのを思い出した。殺すな、と内側で声がした。アレクが今までそういう指示を出したからではなかった。もっと別のところから来た声だった。


 誰が言った言葉でもない。自分の声だった。


 ランプの明かりの中で、アレクの背中を見た。羊皮紙を広げる音がした。ペンが走り始めた。夜中の三時だった。


 この男を守りたい——とカーラは初めて言葉にしてみた。頭の中でだけ。声には出さなかった。


 言葉にしてみると、それは思っていたほど大げさではなかった。守るというのは、暗殺者が一番得意な仕事の裏返しだ。誰が誰を狙っているかを知る。狙う側の動きを読む。先回りする。今までやってきたことを、今度は逆方向にやればいい。


「アレク」とカーラは言った。


 アレクが顔を上げずに「なんだ」と返した。


「次に来るとき、私は逃がさない」


「分かった」とアレクは言った。「ただし、生かして情報を引き出す方が優先だ」


「分かっている」


 カーラはそれだけ言って、目を閉じた。眠るためではない。次に来る相手の動きを、頭の中で組み立てるためだった。


 答えを出したわけではない。ただ、嘘ではないと分かった。


* * *


 翌朝、ミアが医療所に来たとき、カーラがまだ壁際にいた。


「カーラさん、おはようございます」とミアは言った。「夜は眠れましたか」


「半分眠った」とカーラは答えた。「気配を読みながらの睡眠だ。慣れている」


「お疲れさまです」


 ミアが朝の準備を始めた。カーラはしばらくその様子を見ていた。それから「ミア」と呼んだ。


「はい」


「先生のところに来てから、どれくらいになる」


「もうすぐ三年です」


「三年で、お前はずいぶん落ち着いた目をするようになった」


 ミアが手を止めた。「そうですか」


「最初に会った時のお前は、いつも誰かの顔色を見ていた。今は、自分の仕事を見ている」


 ミアが「……先生のおかげです」と言った。


「お前自身の力もある」とカーラは言った。「先生がお前を選んだのは、お前が育つ素質があると見たからだ。あの男は人を見る目がある。情がないように見えて、ある」


 ミアが少し笑った。「カーラさんも、先生のことを見てるんですね」


 カーラが目を伏せた。「……そうかもしれない」


 ミアが薬草の整理を再開した。カーラは壁にもたれたまま、目を閉じた。今度こそ眠るための姿勢だった。


お読みいただきありがとうございます。

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