第37話 同じ紙を見た
草案が完成したのは、三日後のことだった。
アレクが医療の仕組みを書き、シルヴィアが法律的な条件を書き、ミアが両者の内容を清書して整理した。最終稿は羊皮紙五枚だった。
「カーラ」とアレクは言った。「護衛と情報収集以外に、できることはありますか」
カーラが「何を求めているんだ」と答えた。
「今は草案を守ることが一番大事だ。この内容が外部に漏れれば、教会が先手を打てる。情報管理と、もし狙われた場合の物理的な対処。それをお願いしたい」
「分かった」
「ありがとう」
カーラが「……借りを返しているだけだ」と言った。しかし声が、最初に会ったときより柔らかくなっていた。
* * *
完成した草案を、四人がテーブルに広げて確認した。
「医術師独立認定制度——試案」と表紙に書かれていた。ミアの字は丁寧で読みやすかった。
第一条。医術師の認定は神聖アスクレピオス教会の管轄外に置く。
第二条。認定は学術的試験と実技審査によって行い、信仰の有無は問わない。
第三条。認定された医術師は、王権の庇護下において合法的に治療行為を行うことができる。
シルヴィアが「第三条の文言はもう少し具体的にした方がいいかもしれません。王権の庇護というのが曖昧で、教会が『教会も王権の一部だ』と主張できる余地があります」と言った。
「では『王家直属の認定機関の管轄下に置く』にしましょう」とアレクは言った。
「それでいいと思います」
ミアが修正を書き込んだ。
その場が静まった。
アレクが草案の最後のページを見ていた。シルヴィアが同じページを見ていた。ミアも、カーラも。
四人が、同じ羊皮紙を見つめていた。
それは奇妙な瞬間だった。それぞれが違う場所から来て、違う理由でここにいた。しかし今この瞬間、同じ方向を向いていた。
「これで動けます」とアレクは言った。
「王に持っていきますか」とシルヴィアが言った。
「その前に、シルヴィアさんの父上に確認してもらいましょう。侯爵家の名前で提出できれば、王への説得力が違う」
「父は……難しいかもしれません」
「難しいというのは反対という意味ですか、それとも説得できるという意味ですか」
シルヴィアが黙った。「……説得できると思います。時間がかかるかもしれませんが」
「お願いします」
「分かりました」
ミアが「私は何をしたらいいですか」と言った。
「今まで通りです。患者の記録を続けてくれれば、それが制度の正当性を示す証拠になります」
「分かりました」とミアは言って、記録帳を引き寄せた。
カーラが壁際で「私には何ができる」と言った。
「護衛と情報収集、と言いました」
「……そうだったな」
四人がそれぞれの仕事に戻り始めた。同じ羊皮紙を中心に、四方向に動き出す形だった。
アレクは草案を丁寧に折りたたんだ。
「シルヴィアさん」とアレクは言った。
「なんですか」
「議会で一人で戦ってもらうことになります。俺の場は手術室で、あなたの場は議会です。そのつもりでお願いします」
シルヴィアが一呼吸置いた後、言った。
「一人で正義を振りかざすのは、ただの英雄ごっこよ。私が政治を動かす」
* * *
夜になっても、四人は医療所に残っていた。
ミアが薬草の在庫表を整理していた。シルヴィアが議会の議員名簿を眺めていた。カーラが壁に背中をつけて、半分目を閉じていた。アレクが王への提出文書を書き直していた。
ランプが二つ、卓の上で揺れていた。
ミアが「先生」と言った。「明日からの診察、私はどう動けばいいですか」
「いつも通りで構わない」とアレクは言った。「ただ、患者の中に教会の人間が混ざることがあるかもしれない。様子を見て、おかしいと思ったら俺に教えてくれ」
「分かりました」
シルヴィアが顔を上げた。「議員のうち、教会派が確実なのは十二名。改革派寄りが十名。残りは様子見です。様子見の二十名ほどをこちらに引き寄せられれば、議会で勝てる」
「二十名のうち、何名にあなたは話せますか」
「半分です。残りは別の貴族の伝手が必要です」
「父上の協力は」
「父はまだ完全には踏み切れていません。ただ、視察に応じた家族が支持を表明し始めれば、父も動く——そのつもりで動いています」
カーラが目を開けた。「議員の身辺で、教会派の動きを監視できる」と言った。「賄賂、脅迫、家族への接触——どれが先に来るかは分からないが、来る」
「お願いします」
四人がそれぞれの仕事に戻った。
ミアがふと顔を上げて、卓の上の三人を見た。それぞれが違う方向を見ていた。それでも同じ部屋にいた。同じ羊皮紙の延長線上で、それぞれが動いていた。
ミアは記録帳に書いた——「四人で動き始めた日」。書いてから、消そうかどうか迷ったが、消さなかった。後で見返したときに、この夜のことを覚えておきたかった。
シルヴィアが卓の向こうで「ミアさん」と言った。「あなたの記録帳、後で見せていただけますか。議員への説明資料に、患者の例を入れたい」
「はい」
「ただし、患者の名前は出さないように。匿名化が必要です」
「分かりました。匿名化の仕方を教えていただけますか」
シルヴィアが「明日説明します」と言って、また自分の名簿に戻った。
* * *
夜が更けた頃、アレクが一度だけ手を止めた。
窓の外に星が見えていた。前世では救急棟の窓から夜空を見上げる暇もなかった。今、似たような夜の重さが、しかし違う質感で部屋に積もっていた。
隣の部屋で、ミアが消毒液の瓶に蓋をする音がした。
その向かいで、シルヴィアの羽ペンが羊皮紙を擦る音がした。
壁の側で、カーラの息遣いが規則的だった。
チームという言葉は、前世でも何度も口にした。手術室には常に複数の人間がいた。麻酔科医、看護師、研修医。それぞれが役割を持っていた。
ここでも同じだ——とアレクは思った。違うのは、ここでは医療だけでなく、制度を変えるという目標まで一緒に動くということ。
その重さが、悪いものではないと感じた。前世では感じたことのない種類の重さだった。
アレクは羊皮紙に視線を戻した。考えるのは仕事だ。仕事の続きを考えた。
* * *
翌朝、ミアが医療所の表玄関に「医術師制度草案・準備中」と書いた木札を出した。
「これでいいですか」と聞いた。
「対外的に意思表示するのは早いかもしれない」とアレクは言った。「ただ、出すなら出してしまった方が言い訳が要らなくなる。出しておけ」
ミアが頷いた。
午前中、患者が三人来た。腰痛の老人、咳の子供、手の切り傷の職人。それぞれを処置している間、ミアは記録帳に書き続けた。診察と並行して、昨夜の草案の写しに目を通した。
「先生」と昼前にミアが言った。「草案の中に、医術師見習いの位置づけは書いてあるんですか」
「書いている。第七条に。試験を受けて合格した者を医術師、修行中の者を医術師見習いとして認定する」
「私も……試験を受けるんですか、いつか」
「お前は受ける。今すぐじゃない。三年後か、五年後か、お前の準備ができたときだ」
ミアが頷いた。「合格できますか」
「合格できない弟子を持つ気はない」とアレクは言い、次の患者の準備を始めた。
ミアがその言葉を、記録帳の端に小さく書いた。後で見返すために。
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