第33話 ミアの抱えたもの
ミアの様子がおかしくなったのは、その週の後半からだった。
朝、薬草を刻む動作が途中で止まる。患者の記録をつけているとき、ペンが宙で止まる。アレクが声をかけると「大丈夫です」と返ってくるが、顔が伴っていなかった。三日目になって、アレクは薬草の刻み方が変わっていることに気づいた。強さが不均一だった——何かに力を分散させている人間の手の動きだった。
二日目の夜、アレクは「何かあったか」と聞いた。
「何もないです」
「お前は嘘をつくとき、視線が右に逃げる」
ミアが固まった。
「俺は患者を診るとき目を見る。お前を弟子にして三年近い。癖は把握している」
ミアが俯いた。
* * *
長い沈黙があった。部屋の外で夜の虫が鳴いていた。
「手紙が来たんです」とミアはようやく言った。「実家に……家族のところに」
「内容は」
「教会に戻れ、でなければ家族に危害を加える、という内容で」
アレクは道具を片付ける手を止めた。「いつです」
「三日前。先生に迷惑をかけたくなくて……」
「誰から来た手紙ですか」
「署名はないです。でも教会の紋章が封蝋に使われていて」
アレクは頷いた。すぐに動揺しなかった。動揺しても情報は増えない。
「家族の現在の状況は」
「実家は町の外れで、母と弟二人がいます。父は二年前に病気で……治療費が払えなくて」
ミアの声が途切れた。アレクは続きを待った。
「弟たちはまだ小さいんです。八歳と六歳。私が教会を辞めてから、生活が苦しくて……私が仕送りを送っているんですが、先生のところで働いて初めてちゃんと送れるようになって。弟たちが今、少しずつ食べられるようになって——それが消えたら、と思って」
「そうか」
「先生に迷惑はかけられないと思って、一人で……でも毎日怖くて、弟たちのことを考えると何も手につかなくて、記録も途中で止まって、先生の仕事の邪魔になって、でも言えなくて……」
ミアが両手を膝の上で握っていた。震えていた。
* * *
アレクは少し考えた。
「お前の家族は守る」
ミアが顔を上げた。
「それは俺の仕事の範囲だ。俺がここで仕事をするために、お前が必要だ。お前が機能するためには、家族が安全である必要がある。論理的な話だ」
「でも……先生にそんな余裕は」
「余裕があるかどうかは俺が判断する。お前が心配するのは医術のことだけでいい。他のことは俺とシルヴィアとカーラで対処する」
ミアが黙っていた。
「泣くなよ」とアレクは言った。「泣くのは後にしろ。今は家族の現在地を教えてくれ。カーラに連絡する必要がある」
「えっと……」と言いながら、ミアは涙をこらえようとして失敗した。目から水が出てきた。
「泣くなと言った」
「分かってます、でも止まらないです」
アレクは「……仕方ない」と言いながら、羊皮紙と羽ペンをミアの前に置いた。「泣きながらでいい。家族の住所と、手紙の文面を書いてくれ」
ミアが涙を拭いながら、ペンを手に取った。
「先生って」とミアは書きながら言った。「怖くないんですか。こんなに敵が増えて、私のこともかばって……先生の方が危ない目に遭うかもしれないのに」
「怖いかどうかと、何をするかは別の話だ」
ミアが手を止めた。それから、また書き始めた。
しばらく書いてから、「先生に甘えてばかりだ、私」と言った。
「それでいい」とアレクは言った。「弟子は師匠に甘えていいんだ」
ミアの手が止まった。先生がそんなことを言うとは思っていなかった。論理的な話でも、余裕があるからでもなく——ただそれだけの理由で言ってくれたのかもしれない、とミアは思った。証明できるわけではないが、そう感じた。ペンを置いて、深く息を吸った。
「分かりました」とミアは言った。それから住所の続きを書いた。
* * *
書き終えた紙をアレクに渡しながら、ミアは聞いた。「カーラさんは……手紙の相手を止められますか」
「カーラに任せれば止められる」とアレクは言った。「それは信用している」
「先生が信用しているなら、大丈夫だと思います」とミアは言った。
アレクは紙を受け取り、「明日の朝一番でカーラに連絡する。今日はもう寝ろ。明日の記録の遅れ分を取り戻せ」と言った。
ミアが立ち上がって、部屋を出ようとした。扉のところで振り返って、「ありがとうございます」と言った。
「記録の遅れ分、明日中に取り戻せ」とアレクは言った。
「はい」とミアは言った。その声はさっきより軽かった。
——翌朝、カーラはミアの実家の住所を受け取り、「三日で片付ける」とだけ言って出ていった。手紙の送り主が教会工作員なら、カーラが最も速い。アレクはそう判断していた。判断の根拠は、三日間の行動だ。
カーラが出ていった後、ミアが「先生、一つだけ聞いていいですか」と言った。
「何だ」
「先生は……カーラさんが三日で片付けてこなかった場合、どうしますか」
アレクは「別の手を考える」と言った。「カーラが戻ってくるまでの間に、シルヴィアに貴族側から教会への圧力をかける方法を整理しておく。並行して動く」
「並行して」
「一つの手が失敗することは常にある。だから複数の手を同時に動かしておく」
ミアが「……先生はいつもそうやって考えているんですか」と言った。「手が失敗する前提で、次の手を」
「失敗しない前提で動くと、失敗したとき動けなくなる」
ミアが「先生が隣にいて良かった」と小さく言った。「私一人だったら、三日間で何もできないまま終わっていたと思う」
「一人でいる状況にしなければいい」とアレクは言った。「それが俺の仕事の一部だ」
ミアが頷いた。部屋の扉を開けて、外に出た。廊下の先で、まだ夜が明けきっていない孤児院が静かだった。弟たちのことを考えた。今頃眠っているはずだ。三日後には安全になっている——先生が言ったなら、そうなる。
そう思えることが、今の自分にとって一番大きいと、ミアは思った。
翌朝、アレクはシルヴィアにも状況を伝えた。「ミアの家族への脅迫だ。教会の紋章があった」
シルヴィアが「カーラさんが動いたなら、三日で片付く可能性は高い」と言った。「ただ、今後も同じ手を使われる可能性がある。ミアの家族を一時的に安全な場所に移す方が確実かもしれない」
「ハルトマン家の領地に、移動できるか」
「侯爵に話せば可能です。ただし——ミアが同意することが前提です。家族の意向もある」
「話を通す前に、ミアに確認する」
シルヴィアが「アレク先生」と言った。珍しい呼びかけ方だった。「あなたは、ミアを大切にしているんですね」
「仕事の話だ」とアレクは言った。
「仕事の話として大切にしているなら、それで十分です」とシルヴィアは言った。「弟子を守れる医者が本物の医者だと、私は思っているので」
アレクは「そうですか」と言った。
「先生はいつも否定しますね、感情的な話を」
「事実として話しているだけだ」
「事実として話して、事実として守る——それが先生なんでしょうね」
アレクは答えなかった。シルヴィアの言葉が的外れだとは思わなかった。しかしそれをそのまま認めることにも、何か引っかかるものがあった。
「ミアと話してきます」とアレクは言った。
シルヴィアが頷いた。アレクが部屋を出た後、一人残ったシルヴィアは窓の外を見た。
——先生は、自分が誰かを大切にしていることを、仕事と呼ぶ。仕事と呼ばなければ、大切にできない何かがある。
そういう人だと、シルヴィアは思った。
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