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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
対立勃発編

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第27話 古傷

「右腕を見せてくれ」とアレクは言った。


 カーラは動かなかった。背中を壁につけたまま、アレクを見ている。信用するかどうかを計っているのが分かった。昨夜から夜明けにかけての会話で、この男が自分を殺すつもりがないことは理解している——しかしそれと体を診せることは別の話だ、とその目が言っていた。


「俺があんたを殺す気なら、さっきの会話の途中でやっている」とアレクは言った。「診察だ。袖をまくるだけでいい」


 しばらくの沈黙の後、カーラは袖をまくった。


 右腕の内側、肘から十センチほどのところに傷があった。古い傷跡が盛り上がっている。その周囲が赤く腫れて、中心部が黄白色になっている。化膿だ。放置されていた期間は相当長い——腫れの範囲と皮膚の色変化から、最低でも二週間は経過している。


 アレクは傷の周囲を二本の指で軽く触れた。熱を持っている。カーラの全身が一瞬、緊張した。痛みを覚えているはずだが、そこに表情は出なかった。訓練されている——痛みを隠すことに慣れた体だ。


「痛みはずっとあったはずだ」とアレクは言った。


「仕事には支障がなかった」


「そういう話をしているんじゃない。いつからか聞いた」


「……三ヶ月」とカーラは言った。


「三ヶ月間、治療しなかったのか」


「できなかった」


「できなかったというのは、治療する場所も手段もなかったということか。それとも治療を受けに行く機会を作れなかったということか」


 カーラが黙った。どちらとも取れる沈黙だった。おそらく両方だ、とアレクは判断した。依頼を抱えている間は動けない。動いていない間は誰にも診てもらえない。組織の人間はそういう構造の中にいる。


「どちらでも今は関係ない。これは切開排膿が必要だ。一時間もかからない」


「……切るのか」


「中の膿を出さないと治らない。放置すれば骨まで感染が届く——骨の近くまで来ている。現状のまま放置すれば敗血症になる。そうなれば腕を失うか、死ぬか、どちらかになる」


 カーラが壁から背中を離さないまま、アレクの目を見た。その目に初めて、計算以外のものが浮かんだ気がした。


「それが嘘だという証拠はあるか」とアレクは言った。「あれば俺も引き下がる」


 カーラは答えなかった。


* * *


 ミアを呼んだ。ミアが眠たそうな目で出てきて、カーラを見て固まった。「先生、この人は——」


「患者だ」とアレクは言った。


「でも昨日の——」


「患者だ。中を見てくれ。感染の深さを確認したい」


 ミアが表情を切り替えた。緊張しながらカーラの腕に手を近づけ、目を細める。「……光の濁りが集まってます。骨の際まで届いてはいないですけど、近い。深部に膿の塊があります」


「分かった。切開排膿する。ミア、道具の準備を」


 カーラが「お前が助手なのか」とミアに言った。声に敵意はなかった。純粋な確認だった。


「はい」とミアは答えた。道具袋を開きながら、背筋が伸びていた。普段より数センチ、上に。


 アレクはメスを当てた。ミアが「光が揺れています——深部に圧がある」と報告した。アレクは刃をさらに深く入れた。黄色みがかった膿が出た。量が多かった。圧を抜くと、カーラの肩の力が落ちた。


 カーラが「私は暗殺者だ」とミアに言った。「お前の先生を殺しに来た」


 ミアが「……分かりました」と言った。手は止めずに道具を差し出しながら、「でも今は患者です」と続けた。


 カーラが何かを言おうとして、やめた。


 処置が続く間、カーラは壁を見ていた。体に力を入れても、逃げることはしなかった。ミアが新しい布を差し出すたびに、カーラの目が一瞬だけミアの動きを追った。


* * *


 処置の途中で、アレクはカーラに言った。「依頼主を教えてくれ。話はその後でもいい」


「なぜ俺が教える必要がある」


「お前を依頼した者を特定するためだ。お前が知っているなら手順が速くなる。知らなければ別の手を使う」


「……それは、俺を仲間にしようとしているのか」


「お前が決めることだ」とアレクは言った。「俺はお前の怪我を治す。その後どうするかはお前が選ぶ」


 洗浄液を傷口に流した。カーラの腕が一瞬強ばった。それでも声は出なかった。


「……なぜそんなことができる。お前を殺しに来た相手に」


「目の前で死にそうな奴を放置できない理由の方が、お前が来た理由より強い」とアレクは言った。「それだけだ。さあ、メスを握る。殺すなよ、と言いたければ今のうちだ」


「殺すなよ」とカーラが言った。


 アレクは頷いた。「それはこちらの台詞だ」


 傷の洗浄を続けながら、アレクは次の処置の手順を頭の中で確認した。感染の深さからすると、明日の処置が最も重要になる。今日は膿を出し切ることが先決だ。膿腔の底を確認して、洗浄液を行き渡らせる。時間をかけてやれば、骨への到達は防げる。


「三日間、毎日処置が必要だ」とアレクは言った。「動かずにいられるか」


 カーラは答えなかった。しかしその沈黙は、断る沈黙ではなかった。逃げると決めた人間は、こういう問いを聞いた直後に体が動く。カーラは動かなかった。


 ミアが新しい布を差し出した。アレクはそれを受け取り、傷口の仕上げ処置に入った。窓の外が明るくなり始めていた。通りに荷車の音が遠くに聞こえた。


「あと少しだ」とアレクは言った。カーラに向けてではなく、処置に向けて言った。ミアがその言葉を聞いて、布を押さえる手の力加減を変えた。


 縫合が終わった後で、アレクは「今日の処置で膿の大部分は出た」と言った。「明日はもっと楽になる。傷の周囲を触ってみろ」


 カーラが右手で傷の周囲に触れた。「……熱が引いている」


「そうだ。感染の中心部への血行が通ったから、薬草の成分が届くようになった。明日の処置でさらに良くなる」


 カーラがしばらく腕を見ていた。「……三ヶ月、こうなると思っていなかった」


「どういう意味だ」


「この傷で、ここまで診てもらえるとは思っていなかった」


「傷は誰でも同じように診る」とアレクは言った。「職業も依頼内容も関係ない」


 カーラが「……それが本当なら」と言った。「厄介な医者だ」


 ミアが後片付けをしながら、その言葉を聞いていた。カーラが「厄介」と言うたびに、批判ではないことが分かってきた——先生に会って初めて言葉を持てないでいる人間の、唯一の語彙がそれなのかもしれない、とミアは思った。


「明日、また来るか」とアレクは言った。


 カーラが答えなかった。しかし外を見た目の向きが、帰るか泊まるかを測っている目だった。それはまだ、どちらにも決まっていなかった。


お読みいただきありがとうございます。

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