第23話 教会法廷
ハルトマン家の後援が正式に動き始めた一週間後、レヴァンが動いた。
ミアがその情報を持ってきた。「教会がハルトマン侯爵家に正式な通告を送ったそうです。『魔法なき治療は異端行為。これを支援する者も同罪とみなす』という内容で」
「ハルトマン侯爵の反応は」
「伝えに来た神官を、侯爵が門前払いにしたそうです」
アレクは頷いた。ハルトマン侯爵は娘の回復を直接見ている。教会の説得が通じる段階ではない。
しかし問題は次の手だった。
* * *
シルヴィアが訪問してきたのは昼前だった。今日は侍女エレナを連れずに来た。
「父に話しました」とシルヴィアは言った。「初めて反抗しました、父に」
アレクは何も言わなかった。
「父は私が後援者になることを、快く思っていなかった。教会との摩擦を避けたかった。しかし私は言いました——私の病を見捨てたのは教会でした。私を救ったのは認可なき医者でした。父に、どちらが正しいか考えてほしいと」
「侯爵の反応は」
「黙っていました。怒りはしなかった。しかしその後、後援を撤回するようには言ってきていない」
沈黙がそのまま許可になっている、ということだ。
「もし教会法廷への召喚状が届いたとしても」とシルヴィアは続けた。「ハルトマン家は医術師アレク・ハルトの後援者です。法廷への召喚があれば、私も同席します」
「ありがとうございます」とアレクは言った。
シルヴィアが少し目を丸くした。「……あなたが感謝を言いましたね」
「前回の約束は、俺が令嬢に感謝を言わせたら負けということでした。俺が感謝を言う分には問題がない」
シルヴィアが一瞬黙ってから、かすかに笑った。「……理屈は通っていますね」
* * *
夕方、ミアが深刻な顔をして来た。
「先生、聞いてください。教会の内部で話が出ているようなんですが——」
「何の話だ」
「教会法廷に掛けるという話が出ているそうです。『魔法なき治療師』を法廷で裁いた過去の記録があるとかで」
アレクは止まった。「過去の記録」
「分院の記録係の人が、怯えながら話してくれたんですが——教会法廷には過去に、認可なき医療を行った者を『異端』として処断した記録があるとかで。最後の事例は百年くらい前、らしいですが」
百年前。教会法廷が「異端の医療師」を処断した。
「その記録を見せてくれと言ったら」
「記録係の人が青くなって、逃げていきました」
アレクは腕を組んだ。百年前に何があったか。教会法廷はどのような権限を持っているか。そして——その権限はリオーナ王国の法律の下でどう位置づけられているか。
「調べる必要がある」とアレクは言った。「教会法廷には、魔法なき治療師を処刑した過去の記録がある——それが今も有効な法的根拠になりうるかどうか」
それから少し間を置いて、アレクは付け加えた。「それと——ミアが持ってきた教会側の数字と、俺の記録帳を照合すれば、教会が患者数を少なく申告していたことが分かる。法廷の道具は、こちらも持っている」
ミアが「先生、怖いですか」と言った。
「怖くはない」とアレクは言った。「ただし、慎重になる理由はある」
* * *
夜、シルヴィアから二度目の文が届いた。エレナが直接持ってきた。
「お嬢様から、口頭でもお伝えするようにと」とエレナは言った。「教会法廷の召喚状は、明日午前にハルトマン家経由で先生のところへ届く予定でした——が、お嬢様が侯爵様に頼んで、召喚を一週間遅らせる手続きを進めています。教会と貴族家の間には『召喚遅延の協議』という制度があります」
「一週間あれば」とアレクは言った。「証拠の整理は可能だ」
「その間に何をしますか」
「治療記録の体系化を進める」とアレクは言った。「教会の患者数の数字との照合を取る。ミアが教会の見習いだった時の月報の控えがある。あれと現在の教会の公式記録を比較すれば、空白が浮かぶはずだ」
エレナが頷いて、文の控えを差し出した。ハルトマン家の便箋に、シルヴィアの字で「明日の朝、行きます」とだけ書かれていた。短い一行に、決意の重さが乗っていた。
「お嬢様は」とエレナは言った。「初めて、自分の意志で動いていらっしゃいます」
「分かります」とアレクは言った。
エレナが帰った後、ミアが「お嬢様、お父様に反抗したと言ってましたよね」と言った。
「言っていた」
「あの方、変わりましたね、治った後」
「治療が終われば、患者は自分の足で立つ」とアレクは言った。「立った後にどう動くかは、その人次第だ」
ミアが頷いた。記録帳を開きながら、何かを書き加えていた。アレクは横目で見たが、内容は読めなかった——書いた直後にミアが頁を閉じたからだった。
窓の外で雨が降り始めていた。アレクは戸を閉めた。一週間。整理する時間としては、十分とも、十分ではないとも言えた。それでも動くしかなかった。
* * *
翌朝、シルヴィアが言葉通り早く到着した。記録の整理に取りかかる前に、ハルトマン家の使用人を一人連れていた。
「書記です」とシルヴィアは言った。「貴族家の文書形式を整える役目で、私の指示で動きます。ミアさんが本記録を書く間、彼女が正式な提出形式に書き直す。貴族と王家への提出には、形式が大事です」
書記は二十代後半の女性だった。落ち着いた目をしていて、すぐに机の端に座って書写の準備を始めた。
ミアが「私の字、清書しないと——」と言いかけたが、書記が「いえ、ミア様の字は読みやすい、と聞いています。原本は原本のまま、正式提出用は別に整えます」と答えた。ミア様、と呼ばれて、ミアの顔が一瞬、止まった。
「ミアさん」とシルヴィアは言った。「貴族の家から来た書記には、敬称をつけて呼ばせています。それは私が決めたことです」
「あの——」とミアは言いかけて、止めた。シルヴィアの目が、それ以上の議論を求めていないと知らせていた。ミアは「分かりました」と言って、記録帳を開いた。
アレクは横で見ていた。シルヴィアが、ミアの立場を意図的に押し上げているのが分かった。書記より上の位置に、ミアを置いた。それは、貴族社会の中でミアを認識させるための、シルヴィアの仕掛けだった。
ミアはまだ、その仕掛けの意味に気付いていない。気付くのは、もう少し時間が経ってからになる——アレクはそう見て、口を挟まなかった。
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