第22話 庇護の条件
シルヴィアが孤児院に来たのは、快復から五日後だった。
今度は馬車ではなく、エレナと二人でやってきた。外套で顔を隠しているが、歩き方で分かる。孤児院の玄関でコウルが「きれいな人が来た」と言ったので確認した。
「快復してから外に出るのは早い」とアレクは言った。
「移動できる状態かどうかは自分で判断します」とシルヴィアは言った。「今日は話があります」
* * *
「私が後援者になります」とシルヴィアは言った。
アレクは少し考えた。
ミアが記録帳を持ってきた。「先生、今月の患者記録を取りまとめました」と言った。シルヴィアがその帳面を手に取り、静かにめくった。ページをめくる手が一度止まった。「これが……記録ですか」と言った。「全部ミアが付けてきたものです」とアレクは言った。「何人分ありますか」「今月で四十七人です」とミアが答えた。シルヴィアは何も言わずに、もう一度最初のページに戻した。
「内容を聞かせてください」
「ハルトマン家の名で、あなたの医療所に法的な保護を付ける。教会の直接介入を貴族の権限で阻止できます。資金の一部も出します。拠点を改善する費用、道具、薬草の安定供給。ハルフォードの中でより本格的な医療所として動ける環境を作れます」
政治的だ、とアレクは思った。ハルトマン家の名が後ろにつけば、教会との衝突は避けられなくなる。それをシルヴィア自身が動かしている。
「父が認めないかもしれない」とシルヴィアは言った。「ただ、私の財産の一部は私が管理している。それを使います」
「条件があります」とアレクは言った。「口は出さない。金と場所だけ出す——その条件なら受けます」
「口を出す予定はありません」とシルヴィアは言った。「私はあなたの治療方針に干渉しません。ただし——」
「ただし」
「医療所の運営に関して、貴族として必要な体裁を整える部分はあります。具体的には、正式な届け出と、上位貴族が視察に訪れた際に対応できる最低限の形を整えることです。無視するわけにはいきません。それは受け入れてもらいます」
「それは了解しました」
シルヴィアが頷いた。「では合意です」
少しの間があった。孤児院の台所から子供たちの声が聞こえた。コウルが何かを笑っている。アレクはその声を聞きながら、盾が一枚つくということを、数秒だけ考えた。教会が直接動いてきた時、貴族の権限がその前に立ちふさがる。今の孤児院には何もない。余地が一つ増える——それだけのことだが、それだけで十分だった。
しかし——アレクは一つだけ気になることがあった。
「なぜ後援者になろうと思ったのですか」
「治してもらったからです」とシルヴィアは即答した。「それ以上でも以下でもない」
「見返りを求めることの、何が問題ですか」
「問題があるとは言っていない。理由を聞いた」
シルヴィアが目を細めた。「……あなたって、本当に話が早いですね」
「遠回りが好きじゃない」
エレナが「お嬢様と似てますね」と言った。二人が同時にエレナを見た。
「孤児院の子供たちはみんな先生と呼ぶのですか?」とエレナはミアに聞いた。
「はい、先生って呼んでます」とミアは言った。
エレナが「失礼しました」と言った。
帰り際、シルヴィアが孤児院の扉を開けながら言った。
「次に私に感謝を言わせたら、あなたの負けですよ」
「感謝を言わせる理由もないし、競争もしていない」
シルヴィアが「……やはり話が早い」と言いながら出ていった。エレナが振り返り、ミアに向かって「ありがとうございました」と静かに頭を下げた。ミアが「いえ、そんな」と言った。
ミアが扉を閉めた後で、アレクの方を振り返った。
「先生」とミアは言った。今日のミアの声は、いつもより半歩遅かった。シルヴィアが感謝の言葉を直接ミアに掛けた瞬間、ミアの頬が一度だけ紅くなったのを、アレクは見ていた。「私、なんかちゃんと先生のお弟子さんに見えてましたか、今日」
「見えていた」とアレクは言った。「いつも通りだ」
「いつも通りで、見えてたなら、よかったです」
ミアが煮沸鍋の方へ戻りながら、自分の前髪を一度だけ整えた。普段はやらない動作だった。アレクは見ていたが、何も言わなかった。
夕方、アレクは記録帳に今日の合意の要点を書き留めた。シルヴィアの後援条件、こちらの拒否権の範囲、貴族としての体裁の最低ライン。書きながら、シルヴィアの顔の動きを思い返していた。扇子の指の止まり方、声の硬さの変化。あの令嬢は感情を論理で覆う癖がある——アレクの目には、覆い切れていない部分の方が、よく見えた。
書き終えてから、ミアに頁を渡した。「この記録、シルヴィア様用の頁に追加してくれ」
「分けたままで、ですか」
「貴族家の記録は別管理だ。ハルトマン家の機密になる」
ミアが頷いて、頁を綴じ直した。指先が慎重になっていた。普段の患者記録より丁寧に扱っているのが、見ていて分かった。
* * *
その日の夜、エレナからアレクに文が届いた。短い一行だった——「明日、教会法廷への召喚状が届きます」と。
アレクは文を畳んで、棚の上の警告状の隣に置いた。紙が二枚、並んだ。
ミアが台所から戻ってきて、紙を見た。何も聞かなかった。アレクが言うべきことを言うのを、待っているのが分かった。
「明日、教会法廷の召喚状が来る」とアレクは言った。「シルヴィア様の侍女からの連絡だ」
ミアの顔が固まった。「召喚状って——」
「呼び出しだ。出ていけば裁判の場に立たされる」
「先生、行くんですか」
「行く前に、行かない方法を考える」とアレクは言った。「召喚を回避する手段がないか、シルヴィア様と相談する。最悪、行くことになっても準備の時間を稼ぐ」
ミアが頷いた。手が震えていなかった。怖がってはいるが、震えてはいない——記録帳をつけ続けてきた手だ、とアレクは思った。
窓の外で、街の灯が一つずつ消えていった。アレクは紙の山を見た。三日前まで、ここに紙はほとんどなかった。今は記録帳が四冊、警告状が一枚、召喚予告の文が一枚。物事は積み上がる速さで動き始めていた。動かす側に回るか、動かされる側に回るか——その分岐は、明日の朝に来る。アレクは灯を消した。寝るためではなく、明日の手順を頭の中で組み立てるためだった。
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