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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
対立勃発編

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第21話 快復

 翌朝、アレクが目を覚ました時、ミアはまだ肩に寄りかかって眠っていた。


 台所でコウルが何かをひっくり返す音がした。続いてエリスの半眠りの足音。いつもと変わらない朝が始まっていた。


 起こさないようにそっと立ち上がり、アレクは台所へ向かった。処置の疲れは残っていたが、孤児院の朝は待ってくれない。夜を越えた——今はそれだけで十分だった。


 一週間後、シルヴィアは自分で座れるようになった。


 顔色が戻っていた。手袋を外した手の甲の変色が、明らかに薄くなっている。食欲が出てきた——薬草を混ぜた食事を「味はないが食べられる」と言いながら完食した。


「痛みはどうだ」とアレクは聞いた。


「朝は少しありますが、昼以降はほぼないです」とシルヴィアは言った。「一ヶ月前は朝から夜まで動くたびに痛みがあったので——だいぶ違います」


「食事制限は守れているか」


「守っています。エレナが厳しく管理してくれているので」


 傍のエレナが「お嬢様が動物性脂肪の多い料理をねだった時、きっぱり断りました」と言った。シルヴィアが「エレナ、余計なことを言わなくていい」と言った。


* * *


「なぜ私を助けたのですか」とシルヴィアは言った。「見返りは何ですか」


 アレクは考えた。「患者が死ぬのが嫌なだけです」


「それが理由ですか」


「それだけです」


 シルヴィアが黙った。いつもと違う目で、アレクを見ていた。


 二年間、多くの医者を見てきた。金を取ってわずかな薬草を渡す者。治せないと知りながら祈祷を続ける者。この男は違う——何が違うのか、まだ分からなかった。


「教会の治癒師は祈祷して帰りました」とシルヴィアは言った。「あなたは何が違うのですか」


「俺は病気を診た」とアレクは言った。「原因がわかれば対処できる。祈祷では原因は消えません」


「ハルトマン家は王都で影響力のある貴族家です」とシルヴィアは言った。「私を治したことは、教会に対する宣戦布告に近い行為です。あなたはそれを理解した上でやったのですか」


「理解した上でやりました」とアレクは言った。「あなたを治すことより、教会の仕組みを守ることを優先すれば、患者は死に続ける。俺の目標は患者が助かることだ。教会との関係はその次の問題です」


 シルヴィアがまた沈黙した。今度は長い。


「一つ聞いていいですか」とシルヴィアは言った。「あなたは嘘をつきますか」


「言いたくないことは黙ります」とアレクは言った。「嘘はつきません。嘘をつく必要がない」


 シルヴィアが窓の外を見た。ハルフォードの空が晴れていた。


 二年間、見捨てられてきた。教会にも、他の医師にも、回復の見込みなしと言われ続けた。


「この人は嘘をつかない」とシルヴィアは言った。独り言のように言ったが、消そうとはしなかった。


 アレクは返事をしなかった。その言葉は、患者と医者の間では完結しない何かだった。


 エレナがシルヴィアの横で何かをこらえているような顔をしていた。


 ミアが「先生、回復の記録を取りました」と報告した。アレクは頷いた。


「それと」とミアは少し声を落とした。「今日、孤児院の前に神官服の男が二度来ていました。立ち止まって、中をしばらく見ていました」


 アレクは窓の外に目をやった。通りには誰もいなかった。「扉の前で何か渡していきませんでしたか」とアレクは聞いた。「渡してはなかったけど——扉の隙間に紙を挟んでいきました」とミアが言った。アレクは立ち上がった。


 扉の隙間から紙を抜き取ると、それは折り畳まれた羊皮紙だった。封蝋はない。広げると、印刷ではなく筆で書かれた一文があった。


「魔法なき治療は神への冒涜である。即刻停止せよ」


 差出人の名は書かれていなかった。しかし筆跡には特徴がある——文字の払い方が、教会の事務職員に共通する書式だ。アレクは記憶の中の書類と照合した。レヴァン直属の事務官の癖に近かった。


 ミアが横で覗き込んだ。「先生、これって——」


「警告状の形を取った観測気球だ」とアレクは言った。「これに俺がどう反応するかを、向こうは見たがっている。動けば動いた根拠ができる。動かなければ、それも次の一手の根拠になる」


「どう反応するんですか」


「反応しない。届いていないように扱う」


 ミアが頷いた。それからシルヴィアの方を振り返った。シルヴィアはベッドの縁から立ち上がろうとして、エレナに止められていた。「お嬢様、安静期間です」とエレナが言った。シルヴィアが「分かっています」と答え、座り直した。動きの中に、明らかに快復後の軽さが戻っていた。


「先生」とシルヴィアが言った。「今の紙、私にも見せてください」


 アレクは紙を渡した。シルヴィアが目を通した。読み終えると、扇子を膝の上で軽く一度、閉じる音を立てた。


「教会の事務官の文体ですね」とシルヴィアは言った。


「分かりますか」


「貴族家には教会から書類が来ます。読み慣れています。これは、レヴァン神官の周辺の人間の書き方です」


 アレクは頷いた。シルヴィアの観察力は、貴族の社交の蓄積から来ている。これは武器になる。


「もし教会が動くなら、私は先に父に伝えておきます」とシルヴィアは言った。「父が教会の動きを把握していれば、貴族家としての対応ができる」


「お願いします」とアレクは言った。


 ミアが煮沸鍋のところへ戻った。火を整えながら、紙のことをまだ考えているのが、背中で分かった。アレクは紙を畳み、棚の上に置いた。


 次が来る。今日来なければ、明日来る。来た時に揃っているものが多いほど、こちらの選択肢は増える。


 ミアが台所から戻ってきて、シルヴィアに薬草入りの白湯を出した。シルヴィアが両手で器を受け取り、湯気を確認するように一拍置いてから口をつけた。煮沸の癖に、もう抵抗がないのが見て分かった。


「ミアさん」とシルヴィアは言った。「あなたは、何歳ですか」


「十五歳です」


「私の五歳下ですね」


 ミアが頷いた。シルヴィアが器を一度膝の上に置いて、「先生のところで、長く働けるように頑張ってください」と言った。「あなたがいるから、先生が回せる仕事が、一段増えます」


 ミアの目が、見開かれた。一拍遅れて、「はい」と答えた。声が、いつもより高かった。


 エレナが横で笑いをこらえていた。シルヴィアの言い方が、普段の高飛車な口調から、はっきりと崩れていた——その崩れ方を、エレナだけが楽しんでいた。


 アレクは見ていたが、何も言わなかった。


お読みいただきありがとうございます。

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