表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

7.収束する噂

「……やっぱりな」


 ヘンリーは机に並べた紙を見て、低く呟いた。


 図書室の奥の席。

 窓の外は夕闇。

 周囲には誰もいない。


 紙には名前が並んでいる。


 トマス・モーリスの他、複数の男子生徒達。


 中央にひとつの名前。


 リズ・フェルディナンド。


「回りくどいことしやがって」


 だが、やり方は読めていた。


 最初は小さな噂。

 それを取り巻きに流す。

 取り巻きは『聞いた話』として別の人間に言う。


 すると、出どころがぼやける。


「これが優しい奴のすることか」


 ヘンリーは椅子に背を預けた。


 正直、最初は半信半疑だった。


 マリエッタがいじめ?

 男遊び?


 笑わせる。


 あいつは、困っている人間を放っておけない善人で。

 他人をとっかえひっかえ弄ぶほど暇でもない。


(でも噂は消えない)


 『自分が実際に見たわけじゃない』

 『周りがみんな言っている』

 

 だから調べた。


 適当に当たりをつけるだけで、すぐにわかった。


 トマス・モーリスから広がっていた噂を追う。


 別の集団でも同じ話が広がっている。


 それをこうしてひとつの舞台にまとめると、出所が見える。


 『リズから聞いた』

 『本当かどうかはわからないけどと言っていた』


 証言は取れた。


 だが、それだけでは弱い。

 リズは泣けば終わる。

 悪ふざけ程度で収められる可能性が高い。





 そしてもうひとつの噂。


 ヘンリーは聞き取り結果を書いた紙を手に取る。


『ヘンリーはリズが好きらしい』


 ヘンリーは顔をしかめた。


「ふざけんな」


 これも同じ出所。


「……つまり」


 ヘンリーは低く呟く。


「俺をマリエッタから引き離したかったわけか」


 もしヘンリーがリズ側につけば。

 マリエッタは孤立する。


 そして、ヘンリーがリズを好いているという噂も。

 ヘンリーがマリエッタに困っているという噂も真実になる。


(よくできてる)


 だが、誤算がある。


 ヘンリーが、自らの噂を放置するほど寛容ではないこと。


 そして。

 

(俺がマリエッタを疑うわけがない)


 ヘンリーは立ち上がった。

 

 自身の名前も使われている以上、他人事ではない。


 あとは、本人が言い逃れできない——その場で矛盾が露呈する場所で暴く。


 

 

 図書室の扉が開き、一人の淑女が現れる。


 マリエッタだった。


「ヘンリー」


 彼女は穏やかに微笑む。


「調査は順調ですか?」

「全部分かってて聞いてるだろ」


 マリエッタは少しだけ目を細めた。


「さて、どうでしょう」

「そういうところが、噂を広めるのに一役買ったんだろうな」


 ヘンリーのため息と、マリエッタの微笑みが重なる。


「噂を広めているのはリズだ。そっちも同じ結論になってるんだろ」

「ええ。先ほど彼女とそこで会いました」


 ヘンリーは眉をしかめる。


「何か言われたのか?」

「大したことではありません。ただ」


 マリエッタは机に広がった紙束を見る。


 リズを中心に広がる、噂。


「ご自身も噂の的になっているかもしれないと、忠告はしました」


「響くとは思えないな」


「予想の通りですよ」


 言いながらふと、マリエッタは思う。

 

「……いえ、そうですね。そうしましょう」


 ヘンリーは無言で続きを促す。


「この件をリズ様にどうお伝えするか考えていました」

「そのまま言ったんじゃ、どうせ泣いて終わりだ」

「ええ。誤解を解くには、役者がそろっている上に、多くの生徒が集まっている場である必要があります」


 マリエッタの人差し指が、微笑む口元で天を指す。



 

「新しい噂を流しましょう」



 

「今以上に、学園中で食いつくような噂をか?」


「すでに広がっているものがあるなら、利用すれば良いのです」


 マリエッタは机上で、マリエッタの噂とヘンリーの噂を重ねる。


「週末に、生徒主催のお茶会が中庭でありますよね?」

「学年を越えた交流のために、とかいうやつか」

「そこでどうでしょう」


 マリエッタの笑みが深くなる。


「『マリエッタ様はヘンリー様をお茶会に誘ったが、ヘンリー様は断りたがっている』と広めるのです」


「……ほう」

 

 ヘンリーはしばし思案する。


「俺は断りたい旨を広め」


「私はヘンリーと参加するつもりだと広め」

 

「茶会当日、俺が来ないことに心を痛めているマリエッタ・アルヴェーンがいる、と」


 マリエッタは頷いた。


「ええ」


 そして静かに言う。


「リズ様はきっと私のところに来ます。——自分が勝っていると思っていますから」


 マリエッタとヘンリーが仲違いしたと思える状態で。


 傷心のマリエッタを慰めるリズ。


 可愛らしいだけではなく、優しさも持ち合わせているリズ。


 その横でヘンリーの心も奪ってしまうリズ。


 そういう構図に、彼女が飛びつかないわけがない。

 

「劣位に立った相手がどんな顔をしているか、直接確認しに来るでしょう」

 

 


 ヘンリーは笑う。


「そりゃ、リズ本人どころか、野次馬共も大勢参加するだろうな」

「良いことです。普段は小さな会で、主催者が人を集めるのに苦慮しているようでしたし」

「そんなことまで聞いたのかよ」

「皆様、噂話が好きなようですね。きっと次の噂も、明日中には広がっているでしょう」


 何てことないマリエッタの呟きに、ヘンリーは肩をすくめた。


「リズは敵に回す相手を間違ったな」


 マリエッタは小さく笑った。


「敵と思っているわけではありませんし、何もしていません」


 二人は外を見る。

 

 夕闇に、月が浮かんでいる。

 



「私はただ黙って、聞いていただけです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ