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6.明暗の対話

 放課後。

 王立ローゼンベルク学園の廊下は静まり返っていた。


 響くのは、マリエッタの靴音だけ。


 夕日が長い影を落としている。



 

「マリエッタ様」



 

 振り向く前からわかっていた。


 曲がり角の向こうから現れたのは。

 

 リズ。


 小柄で華奢な身体。

 ベージュ色の巻き髪。

 守りたくなるような笑顔。


「少し、お話よろしいですか?」


「ええ」


 人気のない廊下。


 リズは困ったような顔をする。


「マリエッタ様……嘘ですよね?」


 マリエッタは静かに聞いていた。


「下級生をいじめているとか、男性と親しくしすぎているとか」


 リズは胸に手を当てる。


「そんな噂が広がっていて、私、本当に心配なんです」


 マリエッタは、リズが話し終わるのを待っている。


「最近、ヘンリー様がよくお話ししに来てくれるんですよ」


 リズはマリエッタの反応を待たず、言葉を続ける。


「マリエッタ様の噂を気にしているみたいで。あ、ヘンリー様とは何でもないんですけれど、今は」

 

 照れたように頬を包んだ後、リズはさらに続ける。

 

「でも私だけは、信じていますから! みんなも本当のことを知ればわかります」

 


 

(お見事ですね)


 マリエッタは内心で思う。


 噂の内容を、さも他人から聞いたように話す技術。


 事実をありのままではなく、思わせたい方向に誘導する言葉選び。


 そして自分は、あくまで善意の立場。


 実に見事だった。


「ありがとうございます」


 マリエッタは柔らかく言った。


「ですが、大丈夫ですよ」


 リズは首を傾げる。


「大丈夫……?」

「ええ」


 マリエッタは微笑む。


「噂は噂ですから」


「……でも」


 リズの目が一瞬だけ細くなる。


「噂を真実だと思っている方がたくさんいます」

「そうかもしれませんね。ですが」


 マリエッタは小さく頷いた。


「それで構いません」


 リズはわずかに眉を動かした。


「マリエッタ様の信頼が揺らいでいるのは、問題ではないのですか?」



 

(だから自分だけは、と)

 


 

 リズが見せたい姿。

 

 本音を垣間見る。


「信頼とは、他人が守るものではありません。自分の振る舞いが積み重なってできるものです」


 マリエッタの静かな答えに、リズは笑う。


「……綺麗事ですね」


 マリエッタが動じないことで、リズの言葉に本音が混ざる。


「人は噂を信じるものです。証拠なんてなくても」


 マリエッタはうなずく。


「そうですね。ですから……噂を流す方は、慎重であるべきです」


 リズの瞳が揺れる。


「……どういう意味ですか?」



 

「噂というものは」


 マリエッタは穏やかに微笑む。


「誰が最初に言ったのか、必ず辿れるものですから」



 

 低くなった日が、マリエッタの顔を照らす。

 

 数秒、沈黙。


 リズはすぐに笑顔を作った。


「噂なんて誰が言い出したかわからないものです」

「そうかもしれません」


 マリエッタは静かに続ける。


「リズ様もお気をつけください」

「何をですか?」


「ご自身も、噂の的になっている可能性がありますから」


 リズは少し考え、何のことか腑に落ちたようだった。


「ふふ、大丈夫ですよ」


 いつもの可憐な笑顔。


「私、噂なんて気にしません」

 

「では、心配いりませんね。——誤解があるなら、間もなく晴れるでしょうから」


 日が徐々に、校門の縁から落ちていく。

 

 マリエッタは優雅に一礼する。


「では失礼します」


 すれ違う瞬間、リズの視線が背中に刺さる。




(自身の噂については、ヘンリーのことだと思ったようでしたね)


 マリエッタは何もしていない。

 

 マリエッタは『何の』噂についてか、告げていない。


 リズが勝手に、そう思った。


 それだけのこと。


(なるほど、勉強になりました)




「ではそろそろ、答え合わせとまいりましょう」


 すっかり暗くなり、人の気配のない廊下。


 マリエッタは唯一明かりがついている図書室へ、静かに入っていった。

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