4.いとを手繰る
午後の運動場。
ヘンリーは男子生徒の輪に加わりながら、周りを観察する。
視線の先にはリズと、男子生徒たち。
リズはいつもの笑顔で話している。
身振り手振りで頭のリボンがふわふわと揺れている。
囲むように立つ男子生徒たちは、色めき立っている。
リズの容姿を褒める者。
リズの親しみを込めた態度に喜ぶ者。
リズに軽く触れられ、顔を真っ赤にしている者。
(何度見ても、理解できん)
ヘンリーはわかりやすくため息をつく。
輪の一人が、ヘンリーを見ている。
気付いてそちらを見ると、動揺して目を逸らしてから、呟く。
「……やっぱり噂は本当なんだ」
噂。
「なんのことだ?」
「ヒッ」
ヘンリーは呟いた男子に一歩寄る。
男子生徒は一歩下がる。
輪にいた生徒たちが固唾を飲んでいる。
「へ、ヘンリー様がリズ様を……慕っていると」
やっぱりか。
明らかにヘンリーの顔が不機嫌になる。
だが、今は否定しない。
「誰から聞いた?」
目的は誤解を解くことではない。
噂の出所を、確かめる。
「……友達です」
「そいつは?」
「えっと……」
彼は、輪の中にいた別の男子生徒を見る。
ヘンリーはそちらに向き直る。
「お前はどこで」
男子は慌てて、身をすくませる。
「リズ様です」
ヘンリーの眉がわずかに動く。
「本人が?」
「はい」
男子は言う。
「直接じゃないですけど……」
「なら誰がそう言っていた」
男子生徒が指し示す。
リズのいる集団。
その中に、こちらを気にしている男子がいる。
(ああ)
ヘンリーは小さく笑った。
分かりやすい。
リズのいる集団に、ヘンリーは向かう。
「まあ、ヘンリー様! いっしょにおしゃべりを——」
「こいつ借りるぞ」
リズはヘンリーに笑顔を向ける。
ヘンリーはそれに応えず、青ざめる男子生徒を引きずって去る。
一瞬の出来事に、リズも生徒たちもあっけにとられるばかりだった。
校舎の角を曲がり、ひと気がない裏庭。
「名前は」
「と、トマス・モーリス」
壁を背にしたトマスは、かわいそうなくらい動揺している。
「俺の噂」
ヘンリーは気にせず続ける。
「誰から聞いた?」
「リ、リズ様から」
「どういう内容で?」
「……最近ヘンリー様が、リズ様のいるところによく現れる、と」
舌打ちしそうになるところを、拳を握って逃がす。
「信じたのか」
「それは」
トマスは顔をあげる。
言外に『違う』と含んだのが、伝わったのかもしれない。
「実際に一緒にいるところを見ました」
「広まっている内容は、それだけではない」
「それは、その」
全て話さないと、リズのもとには戻さない。
ヘンリーの無言の圧が、トマスの口を開かせる。
「リズ様は可愛いですし、それに」
トマスは再度、顔を下げる。
「マリエッタ様のことも庇うくらい優しいので、好きになっても仕方ないと」
(なるほど)
やはりヘンリーの噂は、マリエッタも関係している。
「ヘンリー様はマリエッタ様と親交があるので」
「それで?」
「下級生をいじめるマリエッタ様に、お疲れのようだと」
マリエッタに疲れたヘンリー。
マリエッタに優しくするリズ。
優しいリズに癒されたいヘンリー。
そういう構図。
ヘンリーは息を吐く。
「話を聞いたとき、お前以外の生徒はいたか?」
「はい。三人くらいは」
「お前はこの話を、何人に話した?」
「……すみません。覚えていません」
覚えていないと言うことは、一人ではない。
仮に3人とするなら、3人から9人。
そこからまた広がる。
噂は勝手に増殖し、形を変える。
だが。
起点はひとつ。
ヘンリーとトマスは、リズのいる集団に戻る。
「お帰りなさい! お二人で何の話を?」
「男同士の話だ、言う必要ないだろ」
リズは落ち込んだように身体を縮める。
「そんな冷たいこと……」
周りの男子生徒がヘンリーに睨みをきかせる。
リズが小さく声を潜める。
「やっぱりヘンリー様は、お疲れなのですね」
リズは困った顔をする。
「でも、あまり言うのは……」
言いよどむリズ。
その様子に、男子生徒たちはリズを囲む。
「大丈夫だよ」
「気を使って、本当に優しいな」
ヘンリーは小さく息を吐いた。
やり方は分かった。
リズは直接断言しない。
ただ、言いにくそうに話す。
それだけで男は勝手に想像する。
そして噂が出来る。
「でもやっぱ怖いよな、あの人」
別の男子が言う。
ヘンリーとリズの話は、マリエッタの話になる。
「男の上級生と二人、空き教室に入っていったらしい」
「夜遅い時間に、どっかの貴族に肩を抱かれていたとか」
「みんな、ヘンリー様の前で言うのは……」
リズはヘンリーを気遣うような目線を送る。
「あの、ヘンリー様」
「なんだ」
「またいつでも相談してくださいね!」
華やかな笑顔。
男子生徒がまた色めき立つ。
——ああ。
こういうやり口か。
リズは『また』と言った。
ヘンリーは、リズに何も『相談』した覚えはない。
こうして噂は強固になる。
ヘンリーはリズを頼っている、と。
そして。
やがてそれが恋愛感情になったと。
勝手に書き換わっていく。
「不要だ」
短く告げ、ヘンリーはその場を後にする。
ここにはリズの味方しかいない。
否定したところで通らない。
ヘンリーは振り返る。
リズはまた笑っている。
楽しそうに。
守ってあげたくなる顔で。
「……なるほど」
ヘンリーの呟きは、誰にも聞こえない。
「全部そこか」
遠くで男子生徒の声がする。
「リズ様、優しいですよね」
「マリエッタ様にも普通に話しかけてるし」
ヘンリーは少しだけ笑った。
「やさしい、か」
その声は、少しだけ冷たかった。
(さて)
これでほぼわかった。
噂の流れ。
拡散経路。
そして——出どころ。
(あとは)
本人の前で、全部繋げるだけだ。




