042 bonus episode - やんちゃ三人衆 -
「あれ、これが新車??」
2人が熱い抱擁を交わしているすぐ脇で突然そうぼやいた新は詩帆の許可なく勝手に後部座席の扉を開けた。自動で開くスライドドアを見届けると新はズカズカと中に乗り込んだ。
「うっわッ、庶民的だねー。」
「え、どれどれ。」
するとやや後ろで稑たちを見守っていた勇と優も2人を完全にスルーして中に乗り込んだ。
「うわッ、臭ぇッ!!新車の匂いえぐッ。」(勇)
「うわぁーほんとだぁ。窓開けよ、窓。」(優)
すると3人はその後も一切の遠慮もなくガチャガチャと車をいじり始めた。
「ちょっとぉッ!!!あんたたち勝手に何やってんのよッ。」
彼らのおかげでやっと平常心を取り戻した詩帆は慌てて稑から剥がれ3人を怒鳴った。しかしその顔は涙と鼻水でもはやぐじゃぐじゃだった。
「ぷッ。」
そう笑った新のリアクションで詩帆はすぐに状況を察しみるみると顔を赤らめたが、それとほぼ同時に稑がすぐ隣りにやって来て、詩帆の涙で濡れたTシャツの内側に手を突っ込むとそのTシャツごと詩帆の鼻をつまみ鼻水を拭き取った。そして今度はこのTシャツの上に羽織っていた長袖のシャツの袖の部分でそのまま両目の涙を拭った。
「……ありがと。」
「うん。」
「はいはいはい、詩帆さんッ、早く車出してッ。」(新)
「もぉ分かったよぉ…。」
若干気だるそうにそう答えた詩帆だったが、さり気なくこの場の空気をリセットしてくれた新にはほんの少し感謝もしていた。
「章さんの車に比べたらちょっと狭いな…。それにだいぶ殺風景だな…。」(勇)
「あのさぁ、シンプルって言ってくれる?」(詩帆)
「あぁすいません。」(勇)
「しかし軽からいきなりワンボックスって結構頑張ったよね。」(優)
「ちょっと気が早いよね。」(新)
「でもこの庶民的な感じが詩帆さんらしくてやっぱ落ち着く!」(優)
「稑はこれで良かったのか?」(勇)
「え、僕は全然。詩帆さんの乗りたい車で僕は全然いいよ。」(稑)
「出たッ。Shiho is the best !!」(勇)
「ちょっと、何で私が車を買うのに稑の許可が必要なのよ。」(詩帆)
「え、だってこれってそういうことでしょ?」(新)
「そういうこと?」(詩帆)
「うん。2人のこの先を見据えた上でのってこと。」(新)
「そぉかぁ、新はそう思ってくれるんだぁ。だったらもう今後はこの車にお世話になるつもりはないってことだね?」(詩帆)
「え…。それはヤダ…。これからも、お世話になりますッ詩帆様ッッ。」(新)
「はいはいシートベルトはみんなしたね?では出発しまぁーす。」(詩帆)
「へぇーい。」
「もう運転はだいぶ慣れた?」
助手席から稑が話し掛けた。
「あぁうん。もう前田がさぁ、俺が見てやるって張り切っちゃって張り切っちゃって…。アイツの方がよっぽど鬼教官だったわ…。」
「え……。」
そう言うと稑はコテッと窓に頭をもたれ、それから口を聞かなくなった。
「ん?どした?」
「多分ねぇ、自分よりその前田って人に先にこの助手席に座られたことがショックなんだと思う。」
稑の今までの定位置である運転席の後ろの席に座り2人の会話に聞き耳を立てていた新が突然ぐいっと2人の間に顔をのめり出し言った。すると詩帆は運転しながら思い切り吹き出し笑った。
「うわぁ〜、ほんとに前田の言ってた通りだッ。前田がさ、今の新の席に座りながら言ったんだよね、俺が助手席に座ったら、それがバレた瞬間俺はアイツに瞬殺されるって。」
「へぇー、その前田さんって人、稑のことめちゃくちゃ分かってるじゃん。」
すると稑はムクっと身体を起こすとすぐにLINEを打ち始めた。
"前田さん、
詩帆さんが大変お世話になりました。
おかげさまで快適な助手席ドライブ
楽しんでます"
シュポッ。
ついでに稑は自分と詩帆と新のスリーショットを自撮りで撮影し続けて送った。
シュポッ。
「あッ!稑!そうやってまた気安く送ってッ!!そういうのはダメだって言ってるでしょッ。」
「あ…、ごめん。前田さんだと、そういうのがつい緩んじゃうんだよね…。」
「へぇー。なんか僕もその前田さんって人に会ってみたいなぁ。稑とそんなに仲良しなら、僕とも気が合いそうッ。」
「ふふ、前田は絶対喜ぶよ。」
「でももしかしたら新も前田さんの指導受けてるかもしれないよ?当時はお互い気付いてなかっただけで。」
「あ、そっか!うわぁーなんかそういうの想像すると何だかワクワクする!ね、じゃ、今度会おッ。もう早速会おッ。」
狭いと文句を言うわりにはやはり3列目に座り2人仲良く寝息を立てて眠る勇と優をバックに前では3人がわいわいと盛り上がっていた。
それから2時間も掛からないうちに詩帆が運転する車は稑たちのマンションに到着した。
「あざましたぁー!うわぁーもうめっちゃ頭スッキリしたッ。」(勇)
「うん、詩帆さんの運転やっぱり快適で秒で爆睡しちゃったよ。詩帆さんありがとうございました。」(優)
「いえいえ。」
詩帆も一緒に車から降り、彼らの荷下ろしを見守った。
「あれ?稑は降りないの?」
すると勇が飄々とそんなことを言った新の背後に回り込み思い切り首を締め上げた。
「うぐッッ。」
「僕はこれから詩帆さんのピアノを独り占めしてくるから。」
「はいはい詩帆さんのピアノをね、ついでに詩帆さん自身もね。」(優)
「うん。」
そのやり取りは聞こえていたのかいなかったのか、荷物を下ろし終えたことを見届けた詩帆はそのまま再び運転席に戻った。
「じゃあみんな、今日はゆっくり休んでね。」
「はぁーい。」
白く真新しいそのワンボックスカーは再びゆっくりと走り出した。
「あの2人が一緒にいるところを見てるとさ、やっぱりなんだかほっこりするよね。」(優)
「あぁ。アイツらには末永く幸せになってもらわないとな。」(勇)
「うん。ほんとにそうだね。」(新)
やんちゃ三人衆は再び温かい眼差しを向けながら、走り出したその車を見えなくなるまで見送った。




