043 エピローグ
2028年9月。
章の自宅は、過去一番と言えるほどの賑わいを見せていた。
「あ!迅さぁーーん!」
そこへ玄関から元気な掛け声と共に、新と勇がやって来た。
「迅さん、こんにちはッ。そして還暦、誠におめでとーございますッ!」
「おぅ、新。ありがとう。なんかさぁ、ついこの前まで59歳だったのに、いつの間にか60歳になってたんだよぉ。」
「迅さんそれ当たり前のことですよ。」
「だよな。」
「迅さん、還暦、おめでとうございます。」
「おう、勇もありがとうな。」
その日章の家では迅、総一郎、小百合の還暦祝いのパーティーが催されていた。
「あ!新ッ遅いッ!!早くこっち手伝って!!」
「はいはぁーいッ。」
「じゃ、俺も失礼します。」
「おぅ。」
キッチンからあゆみの悲鳴混じりの叫び声が聞こえてくると、新はすぐにフォローに向かい、勇も一旦その場を去った。すると今度はそこへ章と小百合がやって来た。
「父さん。飲み物は、足りてる?」
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。」
「まさかこんなにたくさんの人がお祝いに集まってくれるなんて…、本当に嬉しいことですね。章、どうもありがとう。」
「うん。でもこれは…。」
「ん?」
「いや。」
「そう言えば章、昔おまえの中学の卒業式の時に渡した1000万円、あれは結局どうなった。使い切った時に何を得たのか、教えてもらう約束だったが。」
「あぁ。」
全く忘れていたわけではなかったが、突然話題として振られたため、章は少し驚いた顔をした。しかしそう考え込まずに続けた。
「あれは厳密にはまだ、使い切ってないんだ。」
それは自分がいつか父と並ぶ存在になるまで使わないとあの日自身に誓って以来、ずっと手がつけられないでいた。
「でも…。」
そう言うと章は迅を見つめていたその視線を、今度は今同じ空間にいる者たちへと移し、一人ひとりを改めてじっくりと見渡した。そして言った。
「そうだな…。思いの外、家族が増えた、かな。」
そこには蓮と美琴、美琴は生後3ヶ月の長女を抱きかかえ、間もなく2歳になる長男は稑と戯れていた。そのすぐ傍では要が勇と優にSwitchの対戦ゲームでボッコボコにされており、さらにその近くでは、アダルトチームの誠、詩帆、岡崎が比較的真面目なディスカッションをしていたが、何とそこに自然に溶け込むように光も混ざっていた。一方キッチンではあゆみと明、そして総一郎と新が見事な連携プレイでおもてなしの準備を進めていた。そしてそこにはもう1人、まだ目には見えない小さな命が詩帆の膨らんだお腹の中に宿っていた。
迅もそんな章につられ、共にそこに居合わせる者たちを一人ひとり大切そうに見つめていた。そして最後に小百合を見つめ、章が生まれた時のことを思い出していた。
迅は小百合と一緒に腕の中でスヤスヤと眠る我が子を見つめながら言った。
「役職とか、そんなものはどうだっていい。でもこの子は僕たちの子だ。だからいつかこの子も、きっと人をとりまとめる立場の人間になるだろう。大人になり、やがて大成した時、周りには共鳴する仲間が溢れ、それはやがて大きなひとまとまりと成す。だからこの子の名前は、"章"だ。」
迅は己のそんな思いを章がどこまで知っているかは分からなかったが、今まさにここで体を表している章を眩しそうに見つめ、隣りに座る章の膝をガッチリと力強く握ると1〜2回大きく揺さぶり最高の笑顔でエールを送った。迅のその目は、僅かに滲んで見えた。
「父さんが俺の父さんで、本当に良かった。それに母さんも、頑張って詩帆と同じ日に生んでくれて、ありがとう。」
「章、それはあなたが自分で決めたのよ。あなたこそ、私たちのところに生まれてきてくれて、本当に、ありがとう。」
そんな幸せなひと時を過ごしていたところに、今この家で一番やんちゃな蓮の長男が、迅の被るおもちゃの冠を目掛けて突進して来た。
「こらッ!航ッ!!」
それを追いかけてきたのは、本日の見守り担当を買って出た稑だった。航は迅の冠を奪おうと真っ向から手を伸ばしたが、そこをガシッと迅が抱きしめた。航は嬉しそうにキャッキャキャッキャと笑った。
「どうだ、稑。2歳児の子守りは。」
「思ったより…、大変です。」
「ハッハッハッ。でもまぁ稑に似たらここまでひどくはないかもしれないが、詩帆ちゃんに似たら……、なぁ。」
そう言うと迅は章を見た。
「あぁ。こんなもんじゃ済まないかもな。」
すると小百合が声を上げて笑ったので、稑の顔は一瞬青くなった。
「しかし稑、僕も章も蓮も、第一子はみんな25で授かったのに、おまえはだいぶフライングなんじゃないか?あと5年は待たないと。」
すると稑は言った。
「いえ、あの子が生まれる時には、僕は21なんで。」
大先輩に向かって飄々と言って退けたので、3人は思わず目を丸くした。しかしその後稑は先ほどの発言を改めた。
「いえ、"僕も我慢の限界でした。"」
それはあの親子3世代で団欒をした日、そう言った迅の発言に疑問を抱いた稑を小百合がうまいことはぐらかしたあの時の言葉を引用したのだと3人が気付くと、今度は3人ともゲラゲラと声を上げて笑った。
「迅さぁーん!!」
そこへようやくおもてなしの目処が立ちあゆみから解放された新が再びやって来た。
「迅さん、僕今日自分が作詞作曲した楽曲を一つ持って来たんです。あ、でも特に迅さんたちのお祝いに因んだものではないんですけど…。」
「ほぉ。どれどれ。見せてごらん。ん?これは地球環境に対する警鐘がテーマの曲になっているのか?」
「はい。僕が敬愛するマイケルも、やっぱり地球の未来をとても気に掛けていて、生前最後に予定されていたコンサートでも相当力を入れてたでしょ?だから僕も音楽の力で、少しでもマイケルみたいに地球の未来に力添えをしたいんです。てるてるや、航やはな、それにこれから生まれてくる子どもたちのためにも…。」
「そうか。」
迅はその楽譜を改めてじっくりと見つめた。そして突然叫んだ。
「詩帆ちゃーんッ。」
「はぁーーい。どうしました?迅さん。」
すると迅はその楽譜を高々と振りかざし言った。
「急で悪いけど、これに音当ててみてもらってもいいかい?」
「あ、はぁーい。別に構わないですよ?」
すると詩帆もアダルトチームの会話から抜け迅のところにやって来た。
「あぁこれね。」
詩帆がその楽譜を受け取った。
「そうそうこれさぁ、私もあの後また少し考えたんだけどぉ…。ま、いいや。とりあえず上行こ。」
「うん!じゃ、迅さんも一緒にッ。」
「おう。じゃあ、少し行ってくるよ。」
そう言うと迅は抱っこしていた航を稑に託した。
「あッ、待って待って!私も行くーーー!!!私も久々に詩帆ちゃんの弾くピアノ聴きたぁいッ。」
すると岡崎もそう言いながら後に続き、詩帆、新、迅の4人は3階のピアノ室へと向かった。
「え〜〜〜…、やっと準備が整ったのに、あれが始まっちゃうと2〜3時間は降りてこないのよねぇ…。」
あゆみは突然の予定変更に若干嘆いた。
「明ぃ、悪いけどこのオードブル4人分上に運ぶの手伝ってくれる?」
「はぁーい!」
「あ、あゆみさんそれ僕も手伝います。」
「お、サンキュー稑ッ。」
がしかし、その直後ピアノ室から男性とも女性とも言えない凄まじい悲鳴が聞こえてきた。
「ぎぃ〜〜やあああぁーーーーーーーッ!!!」
「ん?!何々?何事?!?」
しかしあゆみはすぐにその叫び声は岡崎のもので、それが何に対する悲鳴かを悟った。
「……あぁ、あれか…。明、まずは謝罪だ。行くよ。」
「……あ、はい…。」
それは明がまだ3歳の頃に衝動でやらかした悪戯に対する8年越しの謝罪だった。
その後も途切れることのない会話や詩帆の奏でるピアノをBGMに、この家の中央に位置する小さな中庭では、11年前に光と明が生まれた時に植えられそれから彼らと共にすくすくと育っている一本の木が、そよそよと吹き抜ける風に葉を揺らしながら、彼らを優しく見守り続けていた。
本当の家族編 完
あとがき
昨年暮れに書き終えた同シリーズ「今ここであなたと出会えたことは」の三つ星編に続き、本編も無事書き終えることが出来たこと、大変嬉しく思うと同時に、今はただひたすらに安堵しております。
三つ星編は一部にR15が該当する部分があったりと少しヒリヒリするところもある作品だったため、本当の家族編に関しては、とにかくキュンキュンする物語にする、というのが私の当初の目論見でした。実際生みの親としては満足する内容に仕上がったと思っておりますが、皆さまのご感想はいかがでしたでしょうか。とは言えこの作品も三つ星編と同様、この地球上のどこかにいるかもしれない極々ありふれた2人の男女の、さらにその日常の、とりわけ恋するところに少し焦点を当てただけの、あくまでヒューマンドラマであることに変わりはありません。いずれにしても、表面上はキュンキュンさを求めながらも根底では、詩帆も幸せになっていいんだよ、そして必ず幸せになれるよっという思いを常々念頭に置きながら書かせていただきましたので、2人が無事成就することができ本当に心から嬉しく思っております。というのも、この作品は群像劇でもあるためキャストが非常に多く、そしてこれは三つ星編を執筆中からずっと感じていたことなのですが、物語は生き物で、私が抱いている漠然としたイメージは自分の中に確かにあるのに、いざ具体的な言葉や会話に乗せると突然キャストたちが物語を思わぬ方向に進めていってしまう、そういう感覚をこの執筆中に何度も味わいました。それは本当に不思議な体験でした。なので平穏無事に締めくくることができ、今は本当にほっとひと安心しているのと同時に、彼らと過ごした時間はとてもとても楽しく幸せな時間でした。
さらには月を追う毎に、毎月の更新を重ねる毎に月間PV数は増えていき、連載の途中からこの作品を知られた方も遡って読んでくださっているのかな…と思われる現象が伺えたり、書き手としては苦しい時もありながらも本当に幸せな日々でした。ここまでこの作品を読み続けてくださった皆さま、本当に、本当にありがとうございました。
そしてこれも三つ星編を執筆中の頃から感じていたことですが、次々と新しい仕組みの構築、そして発展を続けてこられたヒナプロジェクト様からは、常に書き手を想う愛が伝わり、それもまた励みになっていました。私のような全くの素人でもこんなに手軽に執筆に取り掛かることができる、そんな素晴らしい環境をご提供くださり、改めて心から御礼申し上げます。
最後に、音楽を通じてこのシリーズに常にインスピレーションを与えてくださったアーティストのBE:FIRSTさん、そして優里さんへは最大の敬意を表すると共に、心から感謝の意を表します。音楽の力はその存在すべてを捉え切ることは難しくとも、その圧倒的な力で私たちをいつも支えてくれています。その最前線で、常に全身全霊で活動をされますお二方へ、今後のご健勝と、益々のご活躍を心からお祈りいたしております。
改めて自身のこれまでの人生を振り返っても、必然の出会い、運命の人を私は信じています。それは突然のように現れたとしても、すべて小さな判断、決断を積み重ねた地続きの先に存在すると思っています。この作品を通して繋がったこの出会いもきっと、誰かの、この先の良き未来に繋がる一助のかけらになることを願い、本作品のあとがきとさせていただきたいと思います。
最後までお読みくださり、誠にありがとうございました。
2026年8月21日
安田 木の葉
追伸
〔三つ星編〕でもご報告させていただきました以下の内容の〔本当の家族編〕も、今後活動報告にてアップさせていただきます。執筆中、私が個人的にこの作品の世界観を深めるためにひたすら聴いていた、また背中を押してくれた楽曲たちです。ご興味のある方は是非そちらもご覧ください。
【ネタバレ注意】「安田木の葉の『今ここ』にまつわる音楽的世界観(本当の家族編)」




