038 bonus episode - side Riku -
帰しちゃいけない。
今日は絶対に帰しちゃいけない。
いや、帰したくない。
詩帆さんはきっと、
あえていつも通りを装ってる。
分かる。
あの詩帆さんだから。
でももう僕が抱きしめても、
絶対に嫌がったりしない。
…ほら。
強張っていた身体の力が抜けていって、
自分を受け入れてくれてるのが
伝わってくる。
うゎ…、なんだろう…。
なんか涙出てきた…。
詩帆さんて、本当に小さいんだな…。
でも、びっくりするくらいしっくりくる。
この小さな身体から、
毎日あんなエネルギーを放出してるんだな…。
自分でも驚いてる。
出会った頃はこんなふうになるなんて、
思ってもいなかった。
初めて会った時の詩帆さんは、
小柄で可愛らしい人、
そんな印象だったと思う。
でもその中に何か強烈な、
凛としたものがあった。
そしてあの日、
章さんと対等に並んで母さんを説得する姿に、
僕はこの人たちについて行きたいと、
強く思ったんだ。
実際に関わると、
内に熱を秘めた章さんとは対照的でとにかく熱血。
そのエネルギーでどんどん周りを巻き込んでいって、
台風みたいな人だった。
でもその中心にはぽっかりと空白があって、
いつしかそんな詩帆さんに、
この人には誰か寄りかかれる人はいるのだろうかと
思うようになった。
詩帆さんはそこに誰も寄せつけなかった。
でも詩帆さんの奏でるピアノには、
人を惹きつける不思議な力があった。
あの音色は、
僕の心も捉えて離さなかった。
章さんとお揃いのネックレスに気付いた時、
そのネックレスの意味を知った時、
その中心の、
闇の深さを知った。
その空白は僕が埋めたい。
気付いたら、そう思ってた。
その時には詩帆さんは、
もうマネージャーでも、
面倒見のいい姉でもなくなってた。
少しでも詩帆さんの心に寄り添いたいと思った。
本当の家族になりたいと思った。
離れてよりその存在の大きさに気が付いた。
だからもう、絶対に離さない。
こうしてお互いを想い合うこの距離が、
この先当たり前になるように…。
稑もゆっくりと腕の力を抜いていった。
でも完全には離さなかった。
離れるのは最小限にとどめた。
ゆっくり、ゆっくりと頭を起こし、
やがて顔は頬と頬が触れるギリギリの距離になった。
その距離を保ってゆっくりと、
頬の次に、
今度は鼻と鼻が触れるくらいの、
でもそれ以上は離れずに。
詩帆からも離れない、それを確認した稑は、改めて近付いていった。2人が許す、最も近いその距離まで……。




