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今ここであなたと出会えたことは 本当の家族編  作者: 安田 木の葉
最終章

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024 出張演奏 - 乱 -

(前回は橋本さんから声を掛けたと言っていたけど、今日はそんなことひと言も言ってなかったわよね?ってことは、彼自身がお忍びで来たってこと?ってことは…、2人は両思いなの??いや、両片思いってヤツ??ん?両片思いって…、なんだったかしら。)


 恋沙汰は生涯無縁でここまでやって来た篠山はその言葉の正しい意味も分かっていなかったが、そもそも今この2人の状況を正しく説明できる人も稀であった。


(ん?……!!!)


 篠山がさらに状況の分析を進めていると、その視界に更なる人物を捉えた。


(んーーーん……。今日の演奏会はちょっと波乱になりそうね。)


 そこへしばらくするとここがそんな状況になっているとは露も知らないであろう詩帆がいつものようにステージに現れた。


「皆さまこんにちはぁ。こちらで定期演奏会をさせていただいております音楽療法士の橋本で……スッ!!」

(あ…、やっぱり。)


 簡易的な観客席から細やかな拍手が湧く中、詩帆に向かって控えめに、しかししっかりと主張もしながら手を振る1人の男がいた。顔が大きく隠れるサングラスを掛けた稑の隣りに座り、満面の笑みがやはり奇抜で真っ赤なキャップで半分隠れた新だった。


(……!!!はッ!!えッ、はッ?!何でいんの?!?)


 詩帆は露骨に動揺した。これまで一度も自身のピアノを聴いたことのない新がいること、そして稑も稑で、詩帆はメインのマネージャーからは外れたため、もうひと月以上も前の、あの章の家を飛び出して行った日から実はまともに会話らしい会話をしていなかった。そんな2人に気付いた詩帆は、この突然の想定外と不意打ちのダブルパンチに今どんな顔とどんなリアクションでこの場を進行していけばよいのかさっぱり分からなくなり大混乱に陥っていた。


(橋本劇場の乱、開演。)


 篠山は思った。


「と、とりアえズ、一発目、行きッマスッ。」

(一発目…。)


 普段の演奏会の時は一曲目を披露するまでにもう少し流暢にペラペラと話すのに、この日はダントツ短い挨拶での始まりとなった。詩帆は2人の視線を妙に意識し過ぎて動きがぎこちなくなっていた。ギクシャクとした足取りで何とかピアノ椅子に腰掛けたが、詩帆は自分がこれから何を弾こうとしていたのかももはや分からないあり様だった。しかしなぜかそこを強行した。そしてまるでロボットのような手付きで鍵盤に指を這わせ、いよいよ何かを弾き始めようとしたその時、突然詩帆の頭に先ほどの篠山の言葉が蘇った。


"だってあれ、もう好きがダダ漏れじゃない。"

"あれ本人にバレてるわよ。"


 次の瞬間聴衆が耳にしたのはこれまで聴いたこともない不協和音だった。


"ギャ〜〜〜ンッ!!!"


「ぅひゃッ!!!」


 詩帆はまるでピアノから強力な電磁波を食らったかのようなリアクションをし思わず椅子から飛び跳ねた。すると会場が徐々にざわつき始めた。詩帆はもはや頭の中が真っ白になり固まっていた。すると誰かが詩帆に向かって叫んだ。


「ドンマイッ!!」


 それは稑の声だった。しかし詩帆はすぐにその声のする方を向くと思い切り睨みつけた。


(じゃ、ねぇーよッ!!!いったい誰がこの状況作ってると思ってんのッ!!)


 しかし会場からは、そのかけ声に続いて次から次へと励ましの声が届いた。


「詩帆ちゃん、ファイトぉ!」

「ゆっくり、詩帆ちゃんのペースでいいのよー!」


 詩帆は我に返った。その詩帆に、聴衆からは温かい眼差しが向けられていた。


(あぁ、そうだ。ここは私の大切な居場所、私を待っていてくれる、大切な人たち。ちゃんと、しっかり届けないとッ。)


 すると詩帆はすぐに落ち着きを取り戻した。そして次の瞬間にはその目に演奏者たる光を宿し、完全にスイッチが入った。詩帆は凄まじい集中力の中に身を置くと、その役割を完璧に全うした。


(やはりさすがだわ、橋本さん。今日もあなたのピアノが聴けてよかった。)


 篠山も聴衆も、その美しい音色に酔いしれた。




「橋本さん、お疲れ様でしたぁ。」

「あ、ありがとうございます…。」


 詩帆はいつものように応接室でお茶菓子などのおもてなしを受けていた。


「いやぁ橋本さんも気付きました?あれって魂狼のメンバーですよね?!何でこんなところにいるんですかね?!知り合いが入院されてるのかな。いやぁ〜あれにはさすがの橋本さんでも動揺しちゃいますよねぇ、私もまだドキドキが治らないですもんッ!!!」


 看護師でありイベント担当の中根もまだ興奮が抑え切れない様子だった。


(やばい…、アイツらやっぱバレてる。)

「あははは、いやぁほんとおっしゃる通りで…。ハハハ。」


 詩帆は一貫して他人のふりを押し通した。その後すべての任務を終えると、詩帆はいつもの10倍もの疲労感を抱えながらよろよろと自身の車を停めた従業員用の駐車場へと向かった。




「稑ッ、どうしよう!僕まだ興奮が治らないよ!!」


 そしてここにもう1人中根と同じ症状に苛まれている人物がいた。


「新、分かったよ…、それもう10回目…。」

「だってさぁ!あの!あの詩帆さんがだよ?!あんなん聴いちゃったらさぁ!もうこうならない方が無理に決まってるでしょ!!」

「……。」

「あ、今僕を誘ったこと後悔してるでしょ。」

「そんなことないよ。僕も早く、この感動を新にも知ってもらいたかったから。詩帆さんのピアノはとにかく情感豊かで、それはもう詩帆さんそのものなんだ。それで言葉では伝えきれない思いを直接訴えかけてくるから、思わず心が震える。僕も歌い手としてそんな歌を届けたいって、いつも思うよ。」

「うん、そうだね。」


 新もしみじみと頷いた。すると新は先ほどから様子を伺っていた視界の先にとぼとぼと歩く詩帆の姿を捉えた。


「あッ、詩帆さんが来たよッ。」


それを聞いた稑は、頭に生えた見えない耳がピンッと立った。そしてひっそりと身を潜めていた建物の影から一気に詩帆のところに駆けつけた。


「詩帆さんッ。」


 詩帆は驚きその場に立ち止まった。はつらつと詩帆にそう声を掛けた稑の隣りに新が遅れてたどり着くと、稑の見えない尻尾がバシバシと新のお尻に当たってきた。


(稑ってほんとにわっかりやすいヤツだな…。)


 新はそんな稑がとにかく可愛く思えて仕方がなかった。しかし詩帆の顔はみるみると険しくなっていき、そんな稑に向かってとんでもないことを言い出した。


「早く散れ。」

「ん?」

「今すぐ立ち去れッ。」

「え。」

「そして二度と私の聖域に足を踏み入れるなッ!!」

「……?!?」


 詩帆はこれまで必死に堪えていた怒りをその場で爆発させた。


「え…。」


 稑はそのあまりの剣幕に言葉を失ってしまった。


「ちょっとぉ、なぁんか勇者みたいでカッコいいけど、いくらなんでもそれはあんまりでしょ?!それに前回も詩帆さんの方から声掛けてくれたじゃん!」

「あれは卒業を迎える稑にピッタリの企画があったからで、いつでも来ていいなんてひと言も言ってない!だいたいねぇ、あんたたちそれで変装してるつもりだろうけど全然バレてんのよ!!」

「えぇ?あぁだってこれ、詩帆さんが僕に買ってくれたヤツだし、それを今日被らないわけにはいかないでしょ?」


 そう言うと新はその真っ赤なキャップに手を添え詩帆に向かってニカッと笑った。すると詩帆は冷め切った口調で返した。


「ごめんそれは経費で買いました。だから勝手に私物化しないでください。」

「もぉ!なんでいちいちそう興醒めするようなこと言うの!?でも詩帆さんが選んでくれたことには変わらないからね、どう?やっぱ似合うでしょ??」


 そのキャップは昨年詩帆が家出をした時にうろついていた街中で一目惚れをし、確かに新、そして勇のためについ衝動で買ってしまったキャップだった。


「似合うっつーか目立ってたよ!それはもうめちゃくちゃにね!!おかげであんたたちバレバレなの!だから早く散りなさい!!お願いだから私にかまわないで!!」


 2人がそんなバトルをしているうちに、稑はようやく詩帆から食らった暴言の衝撃から意識を取り戻していた。


「詩帆さん、今日は何も言わずに突然来ちゃってごめんね…。でも詩帆さんのピアノをしばらく聴けてなくて、僕ももう限界だったんだよ…。」


 稑は切実に訴えた。稑は章の家を出たことにより、確かにそれまで自然と耳にしていた詩帆のピアノを聴く機会はなくなってしまった。自分の音楽を純粋に必要としてくれる稑に、詩帆は自分の存在が肯定されたような気がして、何だか胸の奥がほわっとした。すると詩帆の怒りは徐々に治まっていった。稑は続けた。


「それでね、今日僕は詩帆さんに恩返しがしたくて。」

「??恩返し?」

「うん。詩帆さん今日もとっても疲れたでしょ?」

「そりゃな?もうほんっとにおかげ様でな?」

「うん。だからね、今日は僕の運転で詩帆さんを家まで送ります!」


 そう言うと、稑は待ってましたと言わんばかりにじゃーーんと右手には運転免許証、左手には若葉マークを握り詩帆に向かって思いきりアピールをした。詩帆の目は点になっていた。


"うわぁ!稑、ありがとう!!"


 稑はそんな言葉を期待していた。しかしやはり詩帆は詩帆だった。


「あんたねぇ、そんなん駄目に決まってんでしょ!アーティストに運転させるマネージャーがいったいどこにいるのよ?!状況をわきまえなさい!!」

「え…、でも今の詩帆さんはマネージャーじゃなくて"音楽療法士"…。」

「だったら尚さらでしょ!!!」


 詩帆はピシャリと言い切った。そしてカバンの中からスマホを取り出すと誰かに電話を掛け始めた。


「あ、あゆみちゃん?アリーナってもう出ちゃった?今私の出張先に新と稑が出没してるから回収してほしいんだけどまだ間に合うかな。」

"………"

「うん。」

"…………"

「うん。」

"……………"

「うん、分かった。ありがと。ではよろしくお願いします。」


 詩帆は慣れた手付きでスマホを切りカバンにしまうと言った。


「というわけだから、2人はそれに乗って帰りなさい。」


 そう言うと詩帆はいそいそと自身の車に乗り込み何のためらいもなくその場から走り去っていった。


「ちょっとぉ…、嘘でしょお……?」


 呆気に取られた新が呟き隣りに立つ稑に視線を移すと、稑からはもう完全に魂が抜け落ち石化した状態で固まっていた。



「おい!稑?稑ーー!!」


 それから20分も経たないうちにあゆみが運転するアルファードが病院に到着し、2人は何とか無事に回収され事なきを得た。



「おーい、稑ぅ??戻って来てぇーー!」


 車の中にはあゆみの他に明も乗っていた。2人は今日たまたまこの近くのアリーナで行われていたプロバスケットボールチームの試合に来ていて、そのハーフタイムで明が所属するダンスチームのエキシビジョンが行われたのだった。それに出演し日頃の練習の成果を発揮した明はその体験がとにかく嬉しくて、服装もまだチアの衣装を着たままだった。その明が稑の顔の前で何度もそのダンスで使っていたメタリックのポンポンをチラチラさせたが、稑は全く無反応でもぬけの殻になったままだった。


「こりゃ重症だね…。もう!相変わらず詩帆ちゃんたら…。」

「でもまぁ、詩帆の判断は正しかったわね。あなたたちの行動は、良からぬところで良からぬ方向に向かってしまうこともあるから。」


 新もその言葉の意味は理解していた。しかし稑が詩帆を喜ばせようと免許を取るために必死に頑張ってきた姿もずっと傍で見てきた分、今の稑の姿があまりにも痛々しく、新はもどかしさが隠しきれないでいた。






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