表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今ここであなたと出会えたことは 本当の家族編  作者: 安田 木の葉
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/28

022 終わりは、また次の新しい始まり

 稑は詩帆に誠実に断られた。それは今まで散々アプローチをしてきた中で初めてのことだった。稑は実は満更でもなくて、これからもずっとアプローチをし続けていれば、いつかどこかで詩帆が折れるだろう、そんな都合のよい甘い未来を勝手に思い描いていた。この時突然現実を突きつけられた稑は動揺した。


(え…、The End…?え、これってそういうオチ…?)


 稑は思わず複雑な思いを滲ませるかのような顔で笑った。


(でも…。)


 稑はどこかスッキリしない何かを感じていた。すると稑はさらに一歩詩帆に歩み寄った。それはまるでフラフープの輪の中に2人が余裕ですっぽりとおさまるほどの距離だった。そしてまっすぐ詩帆を見下ろし言った。


「詩帆さん、今の、ちゃんと僕の目を見て言える?」

「え?」


 詩帆は再び稑を見上げた。


「もう一度、ちゃんと僕の目を見て言ってみて。」


 そこには一歩も引かない稑がいた。


「え…、だから…、ごめん。」

「ほら、目を逸らす。」


 すると詩帆はムキになって稑を睨み言った。


「だから!ごめんて!」


 稑は尚も真顔で詩帆を見つめていた。一方詩帆もここで目を逸らしたら負けだと言わんばかりにその後も稑を睨み続けた。2人の無言の睨み合いはしばらく続いた。しかし、とうとう諦めたのか稑の頭が突然ガクンとうなだれ、それは稑の前髪がいよいよ詩帆のおでこに触れるか触れないかの距離だった。すると詩帆もつられて再び俯いた。


「…分かった。」

「…うん。」


 稑が今どんな顔をしているかは詩帆には分からなかった。そのまままた沈黙が続いたが、しばらくすると、詩帆は俯いたまままたぼそっと何かを話し始めた。


「でも…、あのネックレスは、このまま持っててもいいかな…。」

「ん?」


 稑は落ち込み過ぎていまいち聞き取れなかったその言葉をもう一度促すように詩帆の顔を覗いてみたが、詩帆は尚も俯いたままだった。


「稑が成人した日にくれたあのネックレスは…、これからもまだ、持ってていいかな…。」

「え…。」


 その時の詩帆は珍しくしおらしく、その姿に稑は何かを感じた。


「うん、それはもちろん。」

「…ありがと。あれは…、大事にする。私への…、戒めのために。」

「え…、戒め?」

「うん…。稑の気持ちに応えられず、稑を傷付ける自分と…、それから、変われない自分に…。」


 今にも消え入るような声でそう言った詩帆は、いつもの詩帆からは想像もつかない、とても悲しげな様子を身にまとっていた。稑にはそんな詩帆が、まるでガラス細工のように思えた。


「詩帆さん…。」

(どうしてこの人は、そうやっていつも自分を責めてしまうんだろう…。)


 稑はその言葉を聞き胸が締め付けられた。


「詩帆さん、いい?僕のことは、大丈夫だから。それにそれを言うなら、僕だって同じくらい詩帆さんを困らせてる。だからつまりこれは、僕たちの共犯だ。ね?だからお願い、自分を責めないで?そんなふうに1人で抱え込んだり、戒めだなんて…、そんなふうに、思わないで?」


 稑は優しく諭すように語りかけた。詩帆はまだ俯いたままだった。


(……。どうしてこの人は…、こんな時でさえも自分のことを後回しにして、こんなに励ましてくれるんだろう…。)


 稑のその言葉に、詩帆も思わず胸が締め付けられた。それからお互いに、今どこかに触れているわけでもないのになぜか離れ難い、そんなふうにしか思えない、2人にしか分からない不思議な沈黙がしばらく続いた。そこを稑から切り出した。


「じゃあ、詩帆さん、聴かせて?その『The End』を。終わりは…、また次の新しい始まりだから。」

「…え?」


 詩帆はその言葉に、思わず稑の顔を見上げた。すると稑は、なぜか晴れ晴れとスッキリした顔をしていた。


「だって、これはそういう曲でしょ?今日は僕たちにとっての、また次の新しい始まりの日だ。」

「私たちにとっての…、また次の、新しい始まり…?」


 詩帆はぼぉっと目線を下し、今一度心の中でその言葉を繰り返した。そしてそれは確かにそうだと思えた。


「うん…、そうだね。」

「うん。」


 詩帆は改めて稑を見上げた。


「ち、近いな…。」


 詩帆は突拍子についそんなことを呟いた。


「ふふ、何を今さら。じゃあ最後にお別れのハグでもしようか?」


 そう言うと稑はバッと両腕を大きく広げた。


「は?結構ですッ。」


 そう言ってぷいっとそっぽを向く頃には詩帆はまたいつもの詩帆に戻り、若干ぷりぷりしながらドカッとまたピアノ椅子に腰掛けた。


「ふふふ。」

「じゃあ、弾くねッ。」

「うんッ。」


 すると詩帆の表情はまたキリッとしたピアニストの顔になり、その思い入れのある曲を丁寧に弾き始めると、詩帆の奏でる繊細なピアノの音がピアノ室の空気を静かに震わせた。物悲しく始まったその曲を、稑はしみじみと耳に刻んだ。




 その後部屋に戻った稑は明日の準備を終えるといつものようにベッドに横になり、先ほどの詩帆との会話を思い出していた。


(あそこで受け入れてくれたら、僕はあのまま全力で詩帆さんを抱きしめたのに…。それで心だけじゃなくて、僕自身が一番傍にいるってことを伝えられたのに…。でも、)


 稑にはどうしても引っ掛かる言葉があった。


(変われない自分て、どういう意味なんだろう。詩帆さんはあれから目に見えて、もう充分過ぎるほど変わったはずなのに…。変われない自分…、詩帆さんはまだ、変わりたいと思う何かがあるの?それなのに変われないから、あんなに悲しい顔をするの…?)


 稑は先ほどの詩帆に、その鉄壁に、僅かな隙間を見た気がした。


(詩帆さん、明日からは離れ離れになるけど、でもそれは、僕たちのまた新しい始まりだから。絶対に、振り向かせるから…。)


 稑は諦めるどころか、ますますその思いを強くした。そして久々に嗅いだ、遠い昔から記憶に刻み込まれた詩帆の香りを再び思い出し布団の中でうずくまると、そのまま睡魔に身を委ね眠りに就いた。その後稑はそう遠くない未来に詩帆を全力で抱きしめることになるのだが、当の本人はまだそのことを知る由もなかった。




 翌朝、稑はいつものルーティン通り、てるてるの朝ご飯を作り2人を送り出した。別れ際、明は最後に思い切り稑に抱きつきハグをした。


「稑と一緒に生活できてめっちゃ楽しかったッ!」

「うん、僕も!とは言え新しい家までは歩いて15分だし、いつでも遊びに来てね。」

「うん!」

「光君も、あんまり勉強頑張り過ぎないでね。」

「…。」


 明とは対照的に感情があまり表に出ない光だったが、それでもその眼差しから、何か稑に対する思いを感じた。


「行ってらっしゃい。」

「行ってきますッ!」


 2人が出発すると、入れ替わりで詩帆が降りてきた。その日詩帆は午前半休を取り、午後から出社の予定にしていた。


「あ、詩帆さんッ。おはようございます。」

「おう。おはよ。」

「……。じゃあ…、僕ももう行くねッ。」

「…うん。」

「詩帆さんの朝ご飯も、用意しておいたから。後で食べてね。」

「おう。サンキュー。」


 稑はリビングに置いてあった荷物をピックアップすると、そのまま玄関へと向かった。


「え、何そのデッカい荷物??」

「え…、これは…、さっき光君から返してもらった僕の……、精神安定剤デス。」

「は?精神安定剤?……、あぁーーーッ!!!」

「もう今日から解禁だから!!じゃ、また後でね!行ってきます!!」


 そう言うと稑は逃げるように玄関を飛び出して行った。そんな稑に詩帆は鼻から勢いよくため息を吐き、呆れたように呟いた。


「…行ってらっシャイ。」



 章もあゆみもすでに出社していたため、辺りは途端に静まり返った。詩帆はキッチンまで戻り稑が用意してくれた自身の朝食をダイニングテーブルまで運ぶと、いつもの定位置に座った。詩帆はしばらくぼぉっとしながら誰もいないその広いテーブルを見渡した。するとありきたりな、しかしながらとてつもなく大きな静寂に自身をどこかへ連れ去られてしまいそうな気がして、詩帆はそれを絶つため意識して大きな声で言った。


「いただきますッ。」


 それからいつものようにモリモリと食べた。そして食べ終わるとシンクに残された食器も一緒に洗い始めた。詩帆が洗い物をするといつもガチャガチャとキッチンが賑やかになるのだが、この日はとても静かだった。詩帆はいつもより心を込めて、丁寧に洗った。そんな気分だった。そしてまた2階へと上がり、自室に向かうため稑の部屋の前を通り過ぎようとした時、詩帆の足は自然と止まった。それから詩帆はゆっくりと、まるで吸い寄せられるように稑の部屋のドアに近づいていった。


"ううんッ!"


 詩帆は一度咳払いをすると、その部屋の扉をノックした。


"コンコンコンッ"


 当然返事はなかったが、詩帆はまたいつものようにドアノブに手を掛け勢いよく扉を開けた。


「稑ーッ、入るよーッ。」


 もういないことは分かっているのに、詩帆はわざとそう言って部屋に入った。


"ちょっとッ!詩帆さん!!ちゃんと返事を確認してから入ってっていつも言ってるじゃんッ!!!"


"クスッ。"

「ったく、おまえは女子かよッ。」


 詩帆は耳に残る稑のセリフが蘇ると、苦笑しながら突っ込んだ。しかし目に飛び込んできたのはこれまでとまるで違う、それはそれは殺風景な空間だった。元々物が少ない部屋だったが、さらに広々として無機質な部屋になっていた。


「こぉーんなに広かったっけか。」


 昨日のうちにあれだけ物を搬出したのに、稑がいないだけでさらに広く感じられた。やがてこの家で一緒に過ごした稑とのこれまでの思い出が一気に走馬灯のように蘇った。



"このベッドって、頭どっち?"(詩帆)

"こっちじゃないか?"(章)

"え、そう?いや、こっちじゃない?"(詩帆)

"いや、こっちだろう。"(章)

"えー?!"(詩帆)

"もぉ、それは稑が決めればいいことでしょ?あッ、こら!明!!たった今シーツ整えたところなんだからもうベッドに入っちゃダメ!!!"(あゆみ)

"とらんぷりんとらんぷりんッ!しほちゃんもいっしょやろー!!"(明)

"えーどーしよっかなぁー。ん?あ、明!!もうすぐあゆみちゃんの雷が落ちちゃう!!逃げろぉーーー!!!"(詩帆)

"きゃーーーーッ!!!"(明)



 稑が引っ越してくる前に章たちと部屋のレイアウトですったもんだしていた時のことも、まるで昨日のことのように思い出された。


「なんか、あっという間だったなぁ…。」



"終わりは、また次の新しい始まりだから。"



「……、うん。」


 詩帆は昨夜のことを思い出しながら、尚もじっくりとその部屋を見渡していた。そして突然自身の頬を両手でパチパチ叩くと、思い切り自分を鼓舞した。


「よしッ、私も出る準備しよっとッ。」


 それから詩帆は意識して口角を上げると、入って来た時とは別人のようにシャキシャキとした足取りでその部屋を後にし、パタンッとドアを閉めた。






「The End」

ニック・イングマン&ギャバン・ライト


映画「恋におちたシェイクスピア」(1998)

オリジナル・サウンドトラック

チャプターNo.23



後書き


 ここまで「今ここ」シリーズ 本当の家族編をお読みくださり、誠にありがとうございました。本編はこれより最終章へと突入してまいります。

 今後の詩帆と稑の行方は、ファイナルにふさわしく、章始め「今ここ」キャストフル稼働、そしてとうとう黙って見ていられなくなったあの人たちまで参戦して動いていきます。今後とも温かく見守っていただけますと幸いです。


 尚、次回の投稿開始時期は6月中を予定しておりますが、完結までの更新スケジュールは今までと変更する場合がございます。その内容は決定次第活動報告にアップさせていただきますので、合わせて楽しみにお待ちいただけますと幸いです。


 今後とも「今ここ」シリーズをどうぞよろしくお願い致します。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ