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今ここであなたと出会えたことは 本当の家族編  作者: 安田 木の葉
第二章

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020 滝本家の家訓

(よしッ、形勢逆転だッ。)


 面食らっている前田を前に、稑の顔はもはやドヤ顔になっていた。


「えッ、お前ら同棲してんのッ?!?」


 つい声が大きくなってしまった前田は発言してから自分で自分の口を両手で力強く塞いだ。


「ど、同棲ってッ、変な言い方やめてよ!同居だよ!居候!!章の家にッ。」

「?!?!」

「ちなみに章はもう結婚してて、子供も2人いるよ。あ、マスターは章の義理のお父さん。家もここのすぐ裏だよ。」


 前田はもう頭がいろいろ追いつかず、いよいよ固まって動かなくなっていた。


「社長である章さんが未成年だった僕を居候させてくれて、そこに幼なじみだった詩帆さんも住んでいて、かれこれ5年間ずっと共同生活をしているんです。」


 想定外のダブルパンチともトリプルパンチとも言える打撃を喰らった前田はまるで口から泡を吹く蟹になっていた。


「でも僕は、詩帆さんとはいつか本当の家族になりたいと思っているので前田さんはどうかお引き取りください。」


 先ほどの詩帆に見習いピシャリとそう言い切った稑はいつものように礼儀正しくペコッと頭を下げた。詩帆の目は力なく半開きになり、もう否定することも諦め呆れていた。するとなぜか前田はプッと吹き出し、そしてクスクスと笑い始めた。


「やっぱりなぁ。」

「え?」

"カランカラン"


 すると1人の女性が来店するのと同時に前田のスマホが鳴った。


「お、来た来た。」


 そう言って後ろを振り返り手を振ると、その女性は嬉しそうに前田の方に向かって走って来た。


「え…、ぇえーーーッ!!!」


 その女性を稑はつい二度見してしまった。現れたのは、あの鬼教官だった。


「こんにちは。」


 鬼教官は前田が奥に詰めて空いた席に座ると小さな声でそう挨拶をした。パーカーにプリーツのミニスカート、若干厚底の靴にニーソックス、全身が黒で統一され、ふわふわの髪からはいい匂いがした。初対面な上にジェネレーションギャップも隠せない詩帆は、チェックのネルシャツにチノパンというどう見ても不釣り合いの前田の隣りに親しげに座る彼女に思わず目をまん丸にして固まっていたが、稑も同じくこの状況に驚きを隠せなかった。


「こちら、俺の同僚。淀川(よどがわ)佳代(かよ)ちゃん。」


 固まっている2人に前田はドヤ顔で言った。佳代はペコリと頭を下げた。


「え、な、なんで…、鬼教官と前田さんが並んで座ってるんですか?」

「鬼教官…?」

「へへーん、良くぞ聞いてくれました。俺たち、この秋に結婚するんだ。」

『け、結婚ッ!?!』


 張り上げた稑と詩帆の声はまた綺麗に重なった。


「いやぁさ、教習中に感じた川名君からのマネージャーに対する愛はちょっと異様でさ、それはもうメラメラと伝わって来てたんだけど、それが橋本って分かったらさ、もういじるしかないじゃんッ。」


 前田はまるで小学生のガキのような顔で2人を見た。


「イジるって…、あんたねぇ…。」


 詩帆は若干キレていた。


「でももうその気持ちを橋本にもオープンにしてたのには正直驚いた。」

「はい。でも全然振り向いてもらえてないです。それより前田さんこそ、教習中はあんなに淀川さんのこと鬼教官って恐れてたのに、あれは全部演技だったってことですか!」


 稑も若干キレていた。


「いやぁだって社内恋愛なんだからあからさまに熱烈な視線送ってたらそれはまずいでしょ。お宅の方は問題ないの?」

「あれ…、そう言えばうちの会社の人はもうみんな僕の気持ちを知ってるけど、特に何も言われてないですね。」

「そっか、よほど風通しのいい会社なんだな。でも川名君、俺がこんなこと言うのもどうかと思うけど、ほんとに橋本で、いいの…?」

「え…、それはどういう…。」


 言っていいのか悪いのか、しかし前田は続けた。


「川名君、君はまだ18だからね?早まっちゃあいけないよ?!何も今からこんなおばさんとくっつくことないと思うよ?」

「こら!おばさん言うなッ。」


 しかし稑は間髪入れずに反論した。


「でも前田さんも前に言ってたじゃないですか。あの時がその時、言わば運命という名のタイミングって。」

「…ん?あぁ、なんか言ったな。言った、言ったわ、俺。」

「そうです。だから僕と詩帆さんがこのタイミングで出会ったのも、僕たちの運命なんです。」

「お、おぉ。なるほど。」


 稑の相変わらずのストレートな言葉は前田にすぅっと刺さった。


「ちょっと、そこ納得するなッ。」

「ははッ、でもさ、本当にそう思うから…。」

「…?」


 そう言って黙ってしまった前田は、頭に浮かぶ昔の自分を振り返っているようだった。


「前田さんはどうして淀川さんと結婚するって決めたんですか?」

「あ、それ私も聞きたい。」

「えぇ…。」


 わざわざここに連れて来て、自分から結婚することを告知し、そう尋ねられて答えないわけにはいかないと思いながらも、前田はここに来て初めてモジモジと縮こまってしまった。しかしポツリポツリと話し始めた。


「俺たちも…、6年前、コロナがきっかけでな。」


 そう言い淀川を見つめた前田の眼差しに、稑も詩帆も思わずハッとした。もうその先の詳細など聞かずとも、そこに2人の絆が見えた気がした。2人の見つめ合う姿に、前田の愛も本物だと直感した。


「俺もそれまで結婚なんて全く興味なかったんだけど、ただ傍にいられる、たったそれだけのことがどれだけ幸せなことか、あの時気が付いたんだ。」


 生きていても、お互いを思い合うが故会うことが叶わない、ステイホーム、突然課せられた孤独、テレビ電話に映る大切な人、でもその人には触れられない、その果てしない距離、その環境が、この先生きていく上で本当に必要なものをコロナは我々に気付かせた。前田を見て微笑む佳代の笑顔を見て、稑は思った。


(うわぁ…、今の鬼教官の顔、あの時の詩帆さんと同じ顔してる。)


 すると詩帆が言った。


「佳代さんのその笑顔、もうめっちゃ好きが溢れてる。ご結婚、おめでとうございます。」

(…え?)


 詩帆は心から2人を祝福した。しかし稑は先ほどの詩帆の言葉がどうにも引っ掛かり、また頭の中で1人反復していた。


(ん?好きが溢れてる…?え、じゃああの出張演奏の時の詩帆さんも、そういうことだったってこと…??)


 稑はひと度その発想が頭に浮かぶと、またまたそれしか考えられなくなっていた。頭には血が上り、思わずまた左腕の肘の内側で口元を隠した。


「あ、ちなみにこいつドラマー。だから今度セッションしようぜ。当然まだピアノ弾けるだろ?」

「弾けるも何も、もはや生きがい。佳代さんドラマーなんだぁ、カッコいい!!じゃあマスターはウッドベースで参戦だね!」

「お!それいい!じゃあ川名君もボーカルで入れてやってもいいよ。」

「入れてやってもいいって、何その上から目線!!」


 3人はゲラゲラと笑い声を上げた。


「稑ッ、あんたボーカルだって!」

「ボ、ボーカル?!へ?何のこと?!」

「もぉー。何ぼぉっとしてるの?ちゃんと話聞いてて!」


 それからもお互いの近況報告やら思い出話、そして音楽話やらで楽しく賑やかな時間は続いた。




 その日の夜、稑は食事を終え部屋に戻るとベッドで横になりながら相変わらず昼間気付いたことに囚われていた。


詩帆さんが僕に笑顔を贈る → その笑顔が今日の前田さんを見つめる淀川さんの笑顔と一緒 → その笑顔を詩帆さんは好きがめっちゃ溢れてると言う → 詩帆さんが僕に贈った笑顔には好きがめっちゃ溢れてる = 詩帆さんは僕のことが好き…。


(やっぱり…、勘違いじゃなかったッ!!!)


 稑の上半身は飛び上がり、両手は思わずガッツポーズをしていた。しかし、ものの数秒で稑のテンションは一気に冷め、またパタリとベッドに倒れ込んだ。


(でも…。)


"全くない。以上。"


(僕が聞いた今も恋愛に興味はないのかという質問には、詩帆さんはピシャリとそう答えた。詩帆さんはやっぱり…。)


 稑は頭の中の自身と詩帆の構図に一喜一憂しながら何度もベッドの上で寝返りを打っていた。


(詩帆さんはやっぱり僕以上に恋に疎くて、それでいて相当の無自覚だ。これじゃあいつまで待ったって状況は変わらない!こうなったら、僕が詩帆さんに自覚させなきゃッ。でも…、どうやって…。)


 稑は考えた。


(いや、もう悩んでいる暇はないんだ。僕がここにいられるのもあと数日、考えるより、行動だ!!!)


 すると稑はベッドから飛び起き部屋を飛び出していった。ピアノ室にはいないことを確認すると、今度は詩帆の部屋に向かった。そしてドアの前で仁王立ちしていた。自身の鼓動をこれほど強く感じたのはいつ振りだろうか。まるでドーム公演初日の舞台袖にいる時のように心臓はけたたましく鳴っていた。


(いいんだ、稑。だって詩帆さんもこれまで散々やってきたじゃないか。僕は何度もやめてほしいって言ったのに、いや、最近はもう言うのも諦めてたけど…、でも詩帆さんは結局最後まで改めなかったッ。だからこれはもう、お互い様だッ。)


 そう腹を括ると稑は勢いに身を任せドアを3回ノックするとそのまま流れるようにドアを開け中に突入した。


「詩帆さん、入るよ!……、あれ。」


 部屋を見渡す限り、そこに詩帆の姿はなかった。しかしよく見るとベッドの上で寝ているのか布団が人形に盛り上がっていることに気付いた。


「…詩帆さん?もう寝ちゃったの?具合でも、悪いの…?」


 稑はそう言いながらベッドに歩み寄った。しかし次の瞬間それはそれは恐ろしいことが起こった。その声に気付き布団から出てきたのは詩帆ではなかった。稑の目の前に現れたのは、この家の家長であり稑にとって社長であり詩帆にとって番犬の、あの章だった。


「ぅ、ぅ、ぅわぁ〜〜〜ッ!!」


 稑は驚き思わず尻もちをついた。しかしベッドから起き上がった章の視線を感じすぐに我に返ると、稑はその場に正座し頭を下げた。


「ち、違いますッ。これはそうじゃなくてッ、あ、いや、だからそのッ、僕はただッ」

「稑。」


 名前を呼ばれ、稑の背筋は凍った。こんなこと、許されるはずがない。許される?そもそも自分の想いそのものは、許されるものなのだろうか、今まで特に何も言われなかったが、まずこちらからちゃんと伺うべきだったのではないか、そんな今さらな疑問とも不安とも言えるぐちゃぐちゃな感情が稑の頭の中をぐるぐると巡っていた。その沈黙が、ただただ恐ろしいほど長く感じられた。


「稑、俺はお前のことは、もうとっくに認めてる。」

「…はい?!」


 それはまるで目の前にいる稑のすべてを見透かしたかのような、想像とはかけ離れた優しい声だった。しかしそんな章の様子は一変した。


「それより稑、お前にひとつ確認しておきたいことがある。」

「え…、あ、はい。」

(それより??え、これっていわゆる夜這いに分類される案件だと思うのですが…!?)


 そんな拍子抜けしている稑に、章は羽織っていたカーディガンのポケットから何枚かの写真を取り出し渡して見せた。


「え…、これ…。」

「あぁ、そうだ。」


"ブァカかお前!その一瞬で、いくらでも捏造されちまうんだよ今の世の中はッ!!こんなん写真撮られたらどう扱われるか分かんないよ?!"


 稑はあまりにも驚きその写真から目が離せなかった。すると章が言った。


「"自己責任"、これは滝本家の家訓だ。稑、お前はこの責任を負う覚悟はあるか?」


 あの時も章はそう言っていた。それは自分の意思とは関係なく、思いもよらないところで湧き出てくる。そして周りも自分と関わる以上、意図せず巻き込むことになる。自分はそういう世界にいる。でも、そこで生きると決めた。稑は迷いなく答えた。


「あります。」


 稑の眼差しから、その思いが伝わった。


「わかった。」


 そこにはたった5年と言えど、滝本家の一員として迎え入れ覚悟を持って接してきた父 章がいた。






閑話


『その後、詩帆の布団に入っていた章に対して…。』


「それより章さん!章さんは妻帯者なんですからこんなことしちゃダメですよ!」

(それより??え、これっていわゆるスキャンダルに分類される案件だと思うのだが…。)

「いや、そのあゆみに"今日の稑は絶対に何かやらかすから見張ってろ"って言われて来たんだよ…。」

(ドキッ、あゆみさん、鋭いッ。)

「で、でもだからって何で布団の中に入ってるんですか!」

「だって…、この部屋で落ち着ける場所はここしかなかったんだよ…。」

「…確かに。」


 落ち着いて辺りを見渡すと、床には服が散乱し、あちらこちらに物があふれ、相変わらず空き巣にでも入られたようなあり様で、その悲惨な状況は以前よりも確実に悪化していた。


「稑、お前…。苦労…、するかもな。」

「いえ、大丈夫です。秒で片付けます。」


 稑は家事のスキルにも火が付いた。


 稑は、夜這いを章から咎められることはなかった。当然許されることではないのだが、高校生の頃にはすでにあゆみの部屋に入り浸っていた章は、自身のことを棚に上げて注意することができなかった。


 その後事の行く末が気になっていたあゆみも2階まで上がって来ると、ちょうど詩帆の部屋から稑と章が出てきたところだった。


「"妻帯者"、稑にしては難しい言葉を使うな。」

「あぁそれは、いつも蓮が事ある度に言うので。」

「そうか。アイツは相当重たいよな。」

「そうなんですよ。昼飯断る理由に妻帯者って関係ないですよね?!あ、あゆみさん!」

「おぉ、あゆみ。務めは果たした。」

「あ、うん。」


 稑は反省の意味も込め気持ち深く頭を下げると自身の部屋に引き上げ、章も先に下へ降りていった。


「私からしたら、あなたたちも相当重たいわよ…。」


 あゆみは当事者として突っ込まずにはいられなかった。



 一方詩帆はと言うと、勉強を教えるため(章の指示)明の部屋にいた。しかし明は勉強など微塵もしていなかった。


「この時の新、絶対に私のこと見てくれたんだよ!」


 明はライブ映像の同じところを何度も再生しながら力説していた。


「へー、そーなんだー。」(棒読み)


(あと3問…。たった5問なのに全ッ然終わんねぇー。)


 しかしそれも章からの指示による明の策略であることを詩帆は知る由もなかった。


“ティロリンッ"


 明のスマホが鳴った。


"終わったよ。ありがとう。"(章)

"ラジャッ!!"(明)




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