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今ここであなたと出会えたことは 本当の家族編  作者: 安田 木の葉
第二章

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017 詩帆ちゃんに対する本気

 稑が教習所に通う日は、いつも誰かしらが迎えに来てくれていた。ここに通い始めてからかれこれ3ヶ月が過ぎたこの日、稑を迎えに来たのは誠だった。5年前、稑が魂狼のみんなと詩帆とでアウトレットに行ったあの日、自分も早く車の免許を取りたいと強く思うきっかけを与えたのもこの誠だった。誠は"これは俺の顔"とでも言わんばかりの、センターフロントに印象的な"L"のローマ字一文字のロゴが存在感を放つ国産の高級車、ステータスもイメージもそのまんま誠のSUVをまるで似つかわしくない教習所の駐車場に停め、稑が教習を終えるのを待っていた。エアコンを効かせるためエンジンを掛けたままのその車からは、空気をバリッバリッと割るような少し大げさで独特なエンジン音が響いていた。


"コンコン、ガチャッ"

「お待たせしました。」


 助手席のドアが開き、そこから聞こえてきた空気に溶け込むような柔らかい稑の声とは対照的に、それよりさらに低く、その車のエンジン音と同じく空気を割るように通る声で誠が応えた。


「おぉ、稑。お疲れぇー。」


 誠はこの度が初めてのお迎えだった。


「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

「おぅ。」


 シートベルトをし終えると、稑は長身の誠とさほど背が変わらない身体を少しすぼめながら落ち着かない様子でそこに座っていた。それもそのはずだ。誠と詩帆は同じ章の右腕ではありながらも、稑にとって誠はいわゆる平社員のお迎えに取締役がきてくれているようなものだった。誠はそんな稑に小さくクスッと笑うとアクセルを踏み込んだ。車はゆっくりと走り出した。


 それからしばらくはその日の教習内容の話で何とかその場を繋いではいたが、ぼちぼちネタも尽き、加えて稑からは何も話題を振ることがなかったため、車内は自然と沈黙になってしまった。


(やっぱり無言て気まずい…。でも、振る話題もないし…。)


 稑にとって誠は、あの鬼教官のような"いるだけで怖いヤツ"というわけでは決してない。ただ誠の存在には、いつもその半分くらいに詩帆もいた。そのため稑が思い付く誠に振りたい話題は、こんな感じのことばかりだった。


"まだ詩帆さんのことが好きなんですか?"

"いつから詩帆さんのことが好きだったんですか?"

"また告白をリベンジしたりするつもりですか?"

"2人で食事に行ったりとかしてるんですか?"

"詩帆さんも、ここに座ったりするんですか…?"


 こんなこと聞けないし、聞くつもりもないのだが、真っ先に浮かんでしまうこれらが会話のキャッチボールを邪魔してしまい、加えて気持ちも不必要に沈ませるため、稑は益々黙り込んでしまった。すると誠が再び話し始めた。


「稑が今必死に免許を取ろうと頑張ってるのってさ、噂に聞くと詩帆ちゃんのためなんでしょ?」

「はい。」

(出たッ!めっちゃ素直君ッ。)


 沈黙明けの誠からの話題も詩帆絡みだったことに稑は一瞬驚いたが、その質問の答えは誠の言う通りだったため、稑は迷うことなくひと言そう答えた。誠はその返事は分かってはいたものの、あまりにもストレートに即答され、何だか胸の奥がチクッとした。しかしそんな胸のうちは微塵もかもし出さず、誠は何食わぬ顔で続けた。


「へぇ。でもさぁ、そうやって、一生懸命頑張って、仮に振り向いてもらえたとするじゃん。でもそれってなんかさぁ…、しんどくない?」

「え…?」


 稑はそれが牽制なのか、それとも本気で自分のことを気に掛け心配してくれているのか分からず、そのまま真剣に考え込んでしまった。すると誠は続けた。


「いや、だってさぁ、それってつまり、これから一緒に居続ける間はずっと頑張るってことでしょ?それって実は、すごくしんどいんじゃないかなぁって。」

「…?…はい。」


 とりあえず、といった様子で相槌を打った稑だったが、やはり誠の言っている本意はよく分からなかった。


「いや、仕事とかならいいよ?むしろその頑張りこそが成長の鍵だしさ。でもそれはオフがあるから頑張れるわけじゃん。でも恋愛とかそういうのはさぁ、オフこそずっと一緒にいるわけでしょ?つまりそこも頑張り続けるってなると、正直なかなかしんどいんじゃないかなぁって。」


 やはり本意は分からない。しかし稑からしたら、それはつまりただの理屈でしかなかった。


「誠さん。」


 稑は前を見つめたまま続けた。


「それでも僕は振り向かせたい、ただそれだけです。そのあとのことなんか、今はどうだっていい。」


 外はもうすっかり暗く、たまに街灯の光が差せば一瞬表情が伺えるくらいの暗がりの中、誠は稑から発する見えない何かを感じた。そして稑はさらに続けた。


「18才の本気、舐めないでください。」


 それを聞くと誠は思わず目を見開いた。しかしそのすぐ後に、分かりやすく吹き出した。


「ハッ、ハッハッハッ。」


 稑は全く笑わなかった。


「ハッハッハッハッ、いやいやごめんッ。」


 誠は尚もそのまましばらくクスクスと笑い続けた。


「いやぁー、つい、やっぱ若いっていーなぁーって思ってさッ。ハッハッハッ、ハッハッ、ハハ、ハハハ…。はぁ…。」


 誠はそれから少し落ち着くと、少し低くなった声色で言った。


「俺、そういうまっすぐなのマジで無理。」


 すると誠は尚もクスクス笑っていた。しかし稑の表情は、やはり何一つ変わらなかった。そんな稑の様子をちらっと横目で見た誠は、あからさまに大きなため息をついた。そして吐き捨てるように言った。


「詩帆ちゃんもさぁ、そういうところが実はウザいんじゃないの?そういう若者あるある的な。分かんないけど。」


 稑は尚も黙っていた。




「ありがとうございました。」

「おぅ。ま、やるからには頑張れよ。あ、免許の方ね。じゃ、おやすみぃー。」


 誠は運転席の窓越しに最後まで嫌味のひと言を言い放ち去っていった。稑は誠の車が走り去ると、ようやく小さなため息を吐いた。


(頑張らなかったら…、僕が誠さんに敵うわけないじゃん…。)

「稑?おかえり。」


 その声に振り向くと、そこには詩帆が立っていた。


「あー間に合わなかったかぁ。直接お礼言いたかったのに…。今日はごめんね、突然行けなくなっちゃって…。でも私要君にお願いしたのに、急に誠さんが行くって話になってて。」

「…。」

(あれ…、また今日も元気ない。)

「稑…?」


 すると稑は塞ぎ気味だった顔を急にシャキッと上げまっすぐ前を見た。そして言った。


「ただいま。詩帆さんは?突発の用事は無事済んだ?」

「あ、うん。おかげさまで。」

「そ、なら良かったッ。あーお腹空いたーー。」


 そう言うと稑はいそいそと玄関に向かって歩き出した。よく分からないがこの一瞬で何かが吹っ切れたことを悟ると、詩帆も小走りで稑の後を追いかけた。


「うんッ、お疲れ様ッ。あゆみちゃんがご飯温めて待ってるよッ。」

「やったぁーーー。」



"稑は何も変わらなくていい。今まで通りでいいんだよ。"



 稑はいつかの新が掛けてくれた言葉を思い出し沈みかけた心を奮い立たせていた。


(そうだ、僕は今のままでいい。今詩帆さんと出会えた、18才の、ありのままの僕で。)




 一方章の家から目と鼻の先にある自宅のマンションに到着した誠は地下の駐車場から乗ったエレベーターの中で壁にもたれ1人打ちひしがれていた。


(ったく…。ウザいのは俺の方だろ…。傷つく自分庇いながら、いつまでも諦め悪く…。敵いっこねぇっつうのッ。)


 誠は前にも後にも進めない気持ちに真正面からぐっさりと完全な敗北を喰らい、さらにはダメ押しに放った悪あがきとも言える稑への負け惜しみのひと言から生まれた言霊に、誠自身も傷付いていた。


(18才の本気かぁ…。いや、違うな。あれは詩帆ちゃんに対する本気だな。いくつだろうが、同じタイミングで出会った時点で、俺に勝ち目はないってヤツか…。ハハハ…。)


 誠は打ちひしがれる一方で、どこか心が軽くなったような、そんな感覚も味わっていた。






閑話


 『詩帆ちゃんに対する本気 番外編』

- 稑がこの冬もう一つ全力で頑張ったこと -


 12月、本格的な冬に突入したある日、稑は遅くなった夕食を1人ダイニングで食べながら、リビングで明と珍しく雑誌を見ながら談笑する詩帆の後ろ姿を眺めていた。するとこんな会話が聞こえてきた。


「私さぁ、男の人がこうやって袖を捲り上げて見える前腕筋が好きなんだよねー。詩帆ちゃんは?」


 稑の耳はすかさずダンボになった。


「うんそうだねー。いいよねー。」(棒読み)


(いいんだ。)


 脳裏にしかとその情報がインプットされると、稑は早速次の日からそれを実践した。歌番組でも、ラジオ番組のゲスト出演でも、雑誌の撮影でも、自身がテレビやネットで取り上げられそうな時は必ず袖を、パーカーを着ていても、ジャケットを着ていても、ひたすら捲った。



 それからひと月が経った頃。


「稑さぁ、最近暑がりなの?あんまりしんどいならみどりさんに衣装のこと相談しなね。」(詩帆)

「うん…。」


 翌日。


「みどりさぁーん。」

「ほぉーいどーしたぁー?稑ぅ。」

「詩帆さんが、袖を捲って見える前腕筋が好きみたいなので、捲りやすい衣装をお願いしたいです。」

「おっけー分かったよぉー。頑張るねー稑ぅ。これからも、ファイトだぞッ!!」

「はいッ。ありがとうございますッ。」


(おい!そっちの相談じゃねぇっつぅのッ!!!)


 廊下からうっかり聞いてしまった詩帆は思わず突っ込んだ。



 2月。


「うわぁ…、今日も捲ってるよ…。もう健気過ぎて泣けてくる…。」


 テレビの画面越しに映る稑を、明は切ない眼差しで見つめていた。




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