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魔法の本  作者: 尾岡れき
8/10

#9





 予定変更しないといけないのは癪だが、もうどうにもならない。本来であれば無事に回収し、御大に収める予定だったが、彼

の許可を得て、隠滅を図ることになった。


 結論、そのほうが安全だからだ。


 こんな爆弾で組織を維持してきたのだから、日本の警察機構は魑魅魍魎だ。リストに書かれている罪や殺人、暴力団との関 係に、密輸、犯罪幇助等無数に列挙がいとまない。


 それこそCompanyのライブラリーを元にして集積した情報である。 魔法の本を手に取る。ライターで火をつけた。無造作にそのまま、放り投げた。図書館は紙の宝庫、これで一緒に炎上してくれる。自分の足跡もろとも、だ。後は、今も館内を走り回っている鼠を射殺すればいい。


「なんて事しやがる」

  聞き覚えのある声に振り向く。司が慌てて、炎上した本を脚で踏むが、油をまいたこの一室の勢いは止められるはずもない。


「丁度良かった。君たちを探しにいく所だったんだ」


「奇遇ですね、矢島さん。私達もなんです」


 夜見がにっこり笑ってステップを踏んだ。矢島に間合いを詰める。が、矢島は警戒して、距離を離す。本棚の回廊の奥へ奥へ移 動させた。


「夜見」


「分かってる」


「いくぞ」


「うん」


 二人の息があった。本来なら警戒すべきだった。司が本棚を倒す。本の雪崩が矢島を襲う。夜見はその本の猛攻を躱し、その 上で距離を詰めた。本に埋もれた矢島の喉元に拳銃を突き付けた。


 司はロープを取り出し、矢島の手足を拘束する。


 全て想定して検索しておいた。ライブラリーを自分の為に使うなど考えたことがなかったが、考えようによっては悪い能力 じゃない。


「ちょっと遅かったな」


  呻きながら矢島が言う。


「元警察官の手口とは思えないね」


 夜見は素直に感想を述べる。


「機動隊所属って事を考えると、おかしくはない。定年後、大使館勤務ってのも表面上の話で、日本とのパイプ役がヤツの本来 の業務だ。今回のは異例中の異例だろうが、な」


「ダブルスパイお疲れ様、って感じね」


「だな」


 引き攣る。ライブラリーの能力はそこまで検索できるのか。


「追う側、追われる側、両方に飼われ、最終的には追われる側に身を委ねた、か。どっちにしろ、陳腐だね」


 夜見がつまらなそうに言う。


「なんとでも言え、見下せ! もう魔法の本はこの世にはない!」


  矢島は哄笑を響かせた。が、二人は何の表情も変えない。


「あなたのボスはCompanyを一時的に買収した訳ね。検索にブロックをかけて、撹乱せよ、と」


「・・・・・」


「でも知ってる?  て言うか、あなたが知らなくても当然だけど、ブロックは設定された項目を導き出す事で、解除できる」


「飛んでる人、とは分かりやすいブロックだ」


 司が淡々と言った。


「検索項目【フライングマン】これで、済んだ。魔法の本は本棚にあったんじゃない。この最新鋭の図書館、ブックマウンテン ライブラリーが誇る最新技術の1つ、全自動自立型衛生保持掃除機に隠した訳だ。それを察知したのは、2時間前。矢島、お前 この意味わかるか?」


「そこから私達はあなたの行動を推測した。まず貴方より先に行動する。その上で、多分、魔法の本について知っている私達を 消したいはず。それか、多分陳腐な方法で証拠隠滅を図る。ならば? どうする?」


 司が動く。別の本棚から本を取り出す。陰に10以上の消火器が並んでいた。一本ずつ動かし、消火活動を始める。


「ついでにフライングマンの経路を貴方は熟知していると踏んだ上で、経路図をライブラリーより入手。各部屋を調査し灯油と 水を入れ替えた」


 矢島は目が剥きそうな程、夜見達を睨んだ。極限状態とはこういう事を言うのか。全く気付かなかった。司の消火活動が終わ

る。


「Companyの話だと、情報を収集できるのは司書のみ・・この短時間でそこまで把握するなど・・・」


「情報を共有する事ができる。あの人達は私を【読み手(Reader)】と呼んでくれているみたいだけどね?」


 夜見はにっこり笑って言う。矢島は項垂れた。


「で、この薄っぺらいファイルが魔法の本って訳だね。ちょっと残念、うちのお父さんはこれには記載がなかったんだもん」


「そこは良かった、って喜んでおけよ?」


「司君は優しすぎるよ。糾弾する時は徹底的に糾弾しないと。この人達は自分の正義だけで動いてる。それに私達が付き合う必 要はない。エゴで人を騙す。人を不幸にする。ここに書かれていた事は完全な犯罪だし、矢島さん、貴方が私達にしようとした 事は、日本でもオランダでも許されないですよ?」


 矢島が呻く。


「お前たち、こんな事してタダで済むと思ってる・・のか?」


「保身という意味なら考えてない。過ちを正道というなら全否定する。私達を害するというなら正面から受ける。その上で法律 に則って表舞台に出してあげる。もう少し考えてみて? Companyすら制御できないライブラリーを司君は制御できる。私と情報を共有できる。今、私達はライブラリーに魔法の本の全文を貯蓄した。分かる、この意味?」


  夜見は公表する、と言っている。


「正気沙汰じゃない!」


「これをした人の正気を私は疑う。この中には殺人や強姦も含まれていた。なんでこれを警察が逮捕しない? 無実の人を投獄 した事を許容する? 冗談じゃない。私は警察官である以上、正義を貫かせてもらう。絶対にこんな事は許さない!」


「もう一つ言うと」


  司が言った。

「本をもろとも焼くとか、最低だろ?  警察官もそうだが、図書館も大衆の為にあるんだぞ。自分さえ良ければいいとか、その 考えで躊躇いなくする行為の方が悍ましいぞ?」


「そういう訳で、矢島さん。とりあえずは放火の容疑で逮捕、オランダ警察に引き渡した後、ICPO経由で警視庁が身柄を拘束すると思います。魔法の本の魔法は私がしっかりページを開きますので、ご安心を」


 夜見は今度こそ、しっかりと矢島に手錠をかけた。青ざめた顔で矢島は二人を見る。 悪魔を見た気がした。


 規則に囚われず、真実のみを見据える事のできる組織人なんていない。だが、少なくとも君島夜見はそれを難なく実行してき た。一般大衆は騙されていればいい。それが今の政治のあり方であり、警察のやり方だ。それを彼女は否定する。


 だから不法な自白強要だってある。ノルマとバランスで警察は動いている。


 警察は完璧でなくてはならない。不純物は隠し通さないといけない。だが、君島夜見はそんな見た目ではなく、人の為であれ

と言う。かつての総監のようではないか。


 だが。笑う。嗤う。


 君島山都元警視総監、元警察庁長官、元法務大臣は悪魔に魂を売ったのだ。


 現君島総監の方がまだ清らかである程に。


 綺麗事では世は回らない。やはりこのお嬢ちゃんは甘ちゃんだ。そして私もCompanyの一員である以上、そう陽の目を大衆に 見させる訳にはいかんのだ。


「Companyの一員?」

 司が目を剥く。言葉にしてしまっていたか。まぁ、良い。

かちり。




 音がした。歯に仕込んでいた毒薬を噛んだ。絶命まで30秒。この世は地獄だらけだ。お嬢ちゃん、あんたの理想も理想像も

すぐ潰れる。苦痛に歪んだ顔で後悔すればいい。どれだけ無謀だったか、と。


 楽しみだ。


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