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魔法の本  作者: 尾岡れき
7/10

#8

  検索を終了した司は、本を閉じる。矢島庸平、66歳。彼の言う通り、元H県警警部。

その後定年退職をし、現在は恩のある 元警察官のY衆議院議員の便宜で、現在のオランダ日本大使館にSPとして勤務。だだ日本とのパイプの方が強く、大使館のSPは 表面上という要素が強い。


 魔法の本に関しては、やはり検索項目に「飛んでる人」が湧き出てくる。「飛んでる人」を作為的に操作された感覚が強い。 製造元が絡んでる。それを実感した。


 という事は、ブラックリストである確率も高い、という事だ。だが「飛んでる人」とはなんだ? 追検索しようにもキーワードが足らなすぎる。製造元は隠蔽をしたいのだろうか?


「わかんねぇ」


 髪を掻きむしる。わざとか? 意図的か。なら項目から「飛んでる人」そのものを消せば良い。だがそれはしなかった。


 製造元はライブラリーを管理も制御もできないが、司書を活用する事で情報を撹乱する事は可能だ。検索項目にロックをかける。ただし、ロックは特定の検索項目で解除できる。ゲーム感覚だ。


 どっちにしろ「飛んでる人」を追求した方が早い。ちなみにダメ元で、飛んでる人を検索してみた。答えは情報過多。想像通りだ。トップヒットは鳥人間コンテストだった。ロックをかけている以上、それは容易に想像できた。無駄に疲労した感じだ。


「酔狂ですね」


声がして、司は体がびくんと跳ね上がるような驚きで、相手に目を向けた。ライブラリーに集中し過ぎたか。相手は拳銃を 握って立っている。デザートイーグルとは、なかなか大仰じゃないか。その顔には十分に見覚えがあった。製造元の責任者の一人だ。


「このブックマウンテンは、なかなかの芸術作品であり、本好きなら一度は来てみたいと思わせる魔力がある。その一方で、酔 狂な作りと思いませんか? 情報を検索するという意味では非効率だ。だが、それがいいという訳ですよ。非効率に情報との出 会いをあえて選択する訳ですね、なんとも興味深い」


「ご苦労なこった」


「君は君島刑事と出会ってから、検索回数と検索精度が上がってます。こちらとしては有難いのですが、今回は少し困ってます。 両方からの板挟みで、なかなか決定を出せないでいる」


「板挟み?」


「ちょっと考えたら分かります。リストの盗難を依頼した輩と、奪回を願う輩は元々は同じ釡の飯を食ったムジナと言えばご理解頂けますか?」


「そんな事は分かってーーーー」


 と言って司は言葉を切った。製造元が動いたのはそういう事か。


「どちらも製造元にとっては上お得意様、って事か」


「ビンゴ」


 相手はにんまり笑んだ。


「君は粗野でなければ、非常に優秀な人材です。できれば生かしておきたいが、円満に事も納めたい。だいたい、踏み絵のよう にお互いの悪行を記録として残すなんて愚の骨頂です。でも、彼らは同じ絵を踏む事を選択した。何故か? 共犯者を作り出す事こそ、組織を大きくするから。その共犯の罪が大きれば大きいほど、連帯感が大きく締める。もっともこれを最初に考えた張 本人は、全くリストに名前は載ってないんですけどね」


「で、何が言いたい?」


 もったいぶった言い方で、拳銃を突きつけてきた相手を睨む。


「こんなくだらない案件にライブラリーが持ちだされ、挙げ句の果てに彼らに周知の事実となった。監視システムの有効性は私が最も語ってきた所ですが、彼ら俗物に貶められるのは耐えられない。ましてライブラリーは正式稼働するには不安材料があり すぎる。ならば、どうするか?

[Write]

君の命をもってしばしプロジェクトを休止という手が一番いいように思う。そしてリ ストは私達の手に。平和的な解決だと思わないかい?」


 司は相手を見やる。本気でこちらに狙いをつけようとしている。挽回を考えるが、自分の身体能力、ましてライブラリーを起 動させた後では、たかが知れている。


 司は目を閉じた。いつかこんな日が来る。それは覚悟していた。


自分は夜見はなんと言ってくれても「商品」でしかない。相手は自分の利用価値が失せたと言っている。絶対にその日は来 る。それが遠いか近いか、それだけだ。そしてそれが今日だった。完全防音の会議室では、相手の利が勝る。


「もっと粘らないと! 司君はこんな事で諦めてしまうの?」


 夜見の声。ドアが開いた。疾駆という表現が適格か。無数の本を投げつけ、隙を作った。いかに拳銃とは言え、投げられた本の厚みにかなうはずもない。


 そこから夜見の速攻が開始する。


  相手の脚を払い、体制を崩す。拳銃を握っていた右手を踏み潰し、右足の爪先で拳銃を弾いた。そして馬乗りで口腔に拳銃を 突っ込む。この間10秒で、それを為す。


「んぐぅ(何を?)」


「何言ってるかわからないなぁ」


 さらに夜見は拳銃に手をかけた。

「私ね、あなた達には感謝してるのよ? 

  司君と出会えた事は普通の出会いじゃ無理なのは百も承知だから」


「んぐんぐんっぐんんっぐ?(ライブラリー狙いか?)」


「それと同時に、あなた達に出会いたいと思ってた。司君に苦しみを与えた貴方たちに、それなりの事を与えたくて」


「んふぐ?(正気か?)」


「何言ってるか全然わからない」


  にっこり夜見は笑う。その手を司は衝動的に抑えた。


「司君?」


「夜見、ダメだ。それは警察官の仕事じゃないだろ」


  相手は今を勝機と見て動く。が、それを夜見は見越して一回、口腔から拳銃を抜く。

そして問答無用で、銃床で頭を殴った。 多分、彼は一瞬、失神しかけた。躊躇いない。


「あ、あなたという人は・・」


  相手の言葉は聞かず、夜見は手錠を備え付けの床に完全固定されたデスクにくくりつけ、

男を捕獲する。


「司君に感謝するのね。私、あなたを殺していいかな、って思ってた」


「・・貴女は警察官でしょ?」


「人間よ。だから感情で動く。それなりに規律は則ってるけど、あなた達だけは別。司君の苦しみはこんなもんじゃないよ?」


「夜見、おい!」

「司君、ごめんちょっと黙ってて」

  男にしか目を向けず。


「【Company】よね?」


  男は無言でこちらを見る。夜見は引き金に手をかけた。

「夜見!」


「如何にも」


 男が答えた。司は目を点にする。


「この子ならやりかねませんので、正直に答えるのが得策と判断しました。小娘だと思っていたのに、ここまで芯が強いとは想 定外ですよ。ライブラリーの検索精度はやはり問題ですね」


「そんな事は聞いてない。名前は」


「コールネームは【教授】といいます。犯罪学にはそれなりに精通し、政財界にもそれなりにCompanyの【教授】で顔が利きま すよ?」


「司君にラブラリーを与えたのが、あなた達Companyよね?」


「イエス」


「君島山都元法務大臣の暗殺にも関わってるわよね?」

  教授は眉をひそめた。夜見の表情を伺う。そして小さく息をついた。


「ノー」


 夜見は再び、拳銃を握る手に力を込める。


「貴女の仄暗さが理解できました。ある意味、Companyでは逸材ですね。しかし残念ながらCompanyで、直接的に殺しを行う事は稀です。[Write]に検索をしてもらえば近道はあるかもしれませんよ?」


「・・私は司君を利用しない」


「貴女なりにルールを決めて司書と向き合っているわけですか。しかし彼は[司書]であり、だからこそ[write-off rule]という コードネームをつけた。意味は減価償却規則です。わかりますか?

私達はライブラリーの開発に経済的に取り組んだ。雇用も 多く創出した。ビジネスとして、世の知的探求に貢献をしているのです。彼はライブラリー実用に向けたプロトタイプな訳です よ」


「そんな事は聞いてない」

「いい顔だ。実にCompanyに欲しい。もっと貴女とデートと洒落込みたい所ですが、いいのですか? 時間がない」


「なにを?」


「我々が、司君の検索にロックをかけた意味ですよ?」


 司君、と教授が言うと白々しさと悍ましさを感じたが、今はそれを言ってる場合じゃない。


「待て、夜見。製造元は板挟みと言ってた。元は同じ飯を食ったムジナとも。つまり・・・追いかける側と、回収し逃げる側が いると・・・」


  二人は顔を見合わす。


「如何にも。だから君たちは[飛んでる人]を速やかに探したほうが得策ですよ?」


  と、何事も無いかのように手錠の鍵穴を指でなぞる。それだけだった。それで解錠する。さすがの夜見も愕然とした。


「貴女の覚悟は確かに受け取りました。と言うよりは想いでしょうか?  君島元法務大臣の訃報はよく存じ上げてますが、あの 案件はそんな単純なものでは無いですので、いつかまた、お茶でも飲みながらという事にさせてください」


「な!」


「それと敬意を評して、司君と今後は呼びますが、彼はライブラリーの中でも優秀な逸材です。本当は人質にして、貴女の動向を探ってみたかったのですが、貴女の行動は私の計算をはるかに上回って

早かった。愛は地球を救うのかもしれませんね」


「募金なんかしないくせに」


「無論です」


  教授はにっと笑った。指をパチンと鳴らす。その刹那、夜見は司の手を引いて外に出た。

ドアを締める。ドアの隙間から、強烈な光が漏れ、鈍い音がした。


「無茶苦茶、こんな所で閃光弾を使うなんて」


あの男らしい、と司は思う。だがやはり、それ以前に夜見の行動力の速さに驚く。教授は少しでも足止めをしたかった。そう いう事か。ドアを開ける。もう教授の姿は無い。


「こっちの方が完全密室だと思うんだけど、どうやってーーーー窓から? ここ三階よ?」


「まぁ、彼なら」

  脱力して座り込む。そんな時間もないのだが。夜見も一緒に座り込んだ。 司は深呼吸する。


「調べよう。まだ何とかなる」


「司君、ごめん」


「なにが?」


「なんか、私の一番汚い所を司君に見られた気がする」


「じーさん、云々の話か?」



「私の中では絶対、自分自身で真実に近づくつもりだった。Companyという組織がおじいちゃんに接近していた、そこまでは調べたから。警察官になったのは情報を得る為の手段だった。でもそこから全く分からなかったのに。なんか悔しい。色々、そんな自分を見られたのが」


「そうか・・・」


  なんと声をかけていいか分からない。だから自分なりに言えるのはこれだけだ。


「いいんじゃないか?」


  司は言った。


「え?」


「いいと思うって言ったんだ。仕事するにそれぞれ理由があって良いだろうし、俺は意欲ってものがないから信念をもってる夜見は、やっぱり眩しい。やっぱりお前は警察官なんだなって思った。夜見は否定してくれるが、俺は自分自身が商品であるとい う観念からやっぱり抜け出せないんだ。さっきの夜見の凄みはすごかったが、逆になんかほっとした。夜見の中に触れあっれ た、って事かな? お前はお前の目的を果たしたらいい。俺は自由が欲しいし、夜見の隣が欲しいから足掻く。今はそれでいい と思ってる」


「卑怯だなぁ」


「何が?」


「今、絶対無自覚に言ったでしょ?」


「だから何が?」


「でも嬉しいから、額面通りに受け取るよ」


「だから何が?」


  訳がわからん。夜見は笑顔を浮かべている。なんか夜見が満足そうだから、それで納得する事にした。


「足掻くぞ、調べるぞ」


「整理しよう、なにか見落としてない? きっと」


「多分な」


 ここまで来たら徹底的に足掻いてやる。

  ああ、単純かもしれない。ただおじいちゃんの為だけに警察官を志望した。強くなろうと思ったのも、事件解決に向けては血生臭さが避けられないと思ったから。


  だから一番警察官に不適格で、祖父が知ったら嘆くかもしれない。

  それがどうだ、この非力な男子は夜見に何よりの力をくれるじゃないか。


 そして彼は無自覚なのは承知の上で、夜見の隣が欲しいから足掻くと宣った。自分の親すら他人な感じがしていた夜見が現在、一番素直になれる相手だ。


 彼がライブラリーであろうがなかろうが、どうでもいい。

 ただ彼無しでは、真っ直ぐ行けない気がする。 だったら彼ととことん行ってみる、というのは手だ。

おじいちゃんだけじゃない。Companyが犯罪組織であり、司の足枷であるというなら、

Companyを潰す。それでいいじゃないか。


 衝動的にそう思う。


 きっと過ちになりかけたら、この相方が問答無用で止めてくれる。だから安心だ。私は警察官だ。でも一人の女の子だ。両方とも司なら肯定してくれる。


 (だから私が司を肯定する)


  司の存在を。 司がいてくれないと、今の夜見は壊れてしまう。短絡に全てを破壊してしまう、そんな気がするから。 足掻くぞ、と司は言った。つまり諦めない、という事だ。


 だから私は諦めない。


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