#6
ライブラリーで検索した時に事前に検索していたが、現物を目の前にすると唖然とする。
情報の収集と、実際の体験の差、それの大きさを実感した。
ブックマウンテンライブラリー。
本好きでなくてもドキドキする何かが、この図書館にある。
オランダのMVRDV建築事務所が設計。本の山をイメージし、ガラス張りの中、本棚の間を階段が縫い、その上の本棚の回廊へ登っていく。文字通り、本の山。15万冊の蔵書があり、最上階にはカフェ、また全書をコンピューター検索されており、最新の林檎社製デスクトップを据え置き、ネット検索や業務、また会議や研修でも使用可能。フライングマンという全自動自立型衛生保持掃除機で常に清潔を保つ。文字通り、最新の贅を尽くした図書施設と言える。
とりあえず、これだけ本があったらライブラリー起動には事欠かないが、問題はそれではない。
夜見の第一目的はカフェでコーヒーを飲む事と、矢島OBに宣った夜見である。オランダの各名所について聞きいり、キンデルダイクが19基の風車が群設している事を矢島から聞き出すと
「そこは絶対いかないとね、司君!」
とニコニコ言い出す始末。挙句、図書館から苦労して(司が)オランダの観光書籍をチョイスしてそれに見入る。しかも困った事に司自身は言語はライブラリーを通じて、世界主要言語は介しているのだが、夜見も一通り理解しているようで、それならガイドは必要ないね、の空気をおくびも隠さない。
さすが元キャリア組といったところか。キャリアどころか刑事にすら見えないが、それを夜見自身は意識して行なっている節もある。
結果、30分足らずで、矢島OBは形式上、お暇して頂ける事になった。
「お二人のお邪魔をしてはいけないので、私はこれで失礼をいたしますかね」
かなり表情が引き攣ってるが?
「え、矢島さん、私達そんなんじゃないですから?」
慌ててパタパタ恥ずかしいフリをする。夜見、それなら執拗に俺にくっつくなよ? おかしいだろ、普段なら隣り合わせで座ったりしないだろ?
「いやいや、お若い二人が微笑ましい。私の時代はそんな時間すらなく、事件を追い求めたものですから、本当にお羨ましい限りですよ。最も、あなた方のような恋愛ができる風情ではありませんでしたが」
とりあえず夜見の狙い通り、カップルを演出する事には成功しているらしい。
矢島OBは一礼して、その場を去った。司は軽く息をつく。ずっと品定めをされている印象があったから、やっと緊張感を解く事ができた。
「そろそろ離れていいんじゃないか?」
「ん?」
夜見は離れず、そっと司に体を寄せてケーキを頬張っている。
「もっちょと充電しておきたいな、って」
「意味がわかんねー」
「二重の意味で」
「は?」
「一つは、矢島さんは案内人は辞退してくれたけど、監視は辞退してくれていない事」
「奴はこの図書館にいると?」
「まさか。部下に任せて、次の作戦を練るんじゃない? あの人達は、何が何でも私達に動いて欲しいわけだし。矢島さんは自称オランダの日本大使館勤務らしいし、元H県警らしいから、ライブラリーで後で調べて欲しい」
「了解だ。で、もう1つは?」
まだ何かカモフラージュしなといけない事があるのか?
「こうしてると落ち着く」
「…………」
「本当はきゅうと抱き締めてくらたら嬉しいんだけど?」
「お前は馬鹿か」
もうなんて返していいのか分からない。自分の顔が真っ赤になっているのが分かるが、そもそもこの感情がなんなのか意味不明だ。
「だいたいね、司君は鈍感だよね。女の子の気持ちというものに配慮してくれてもいいと思う」
「はぁ」
ミステリ好きの夜見が何を曰うか。観光冊子に紛れて、ジョン・ディクスン・カーが紛れ、現在読書に入っている。間もなく司の声なんか耳にも入らず、読書に没頭してしまうに違いない。
「安心するのは本当。気を許してるのも本当。だから緊張を溶ける時間は体も心も休めさせてくれたら嬉しいな。今回は最初からきな臭いから」
「こんな任務を受けるからだ」
「だね。でも警察官である以上、まして盗品の回収の指示である以上、拒否権はないんだよね」
「それに一般市民を巻き込むなよ」
「拒否してくれてもいいよ?」
か細い声。おい? いつもの悪戯めかした口調はどこにいった?
「拒否してもお前は変わらないだろ。むしろ危険に突っ込んでいく」
「そうかな?」
「自覚無しかよ!」
「声が大きいよ、ここ図書館」
周囲を見ると、唇に指をあてて「stil!」と言う壮年の男性が目に付く。司は小声で「sorry」と伝えて、夜見に向きあう。
「夜見」
「うん?」
「お前といると退屈しない、今はそれでいいだろ?」
「平和主義者の癖に」
夜見がクスっと笑う。なんと言葉を返していいか分からない。確かに、厄介事はゴメンだ。ただでさえ、製造元の束縛が鬱陶しい。ライブラリーの能力以外では自分の生存価値が見いだせない。製造元の担当者が司によく言った台詞はたまに夢に出る。
『君は欠陥品だ。外の世界では順応できない』
確かに、と思う。正確にはそこまで自分を卑下するつもりはないが、欠陥品にされたのだ。自分の戸籍を奪われた状態では、自由など最初からなかった。だが、製造元は方針転換したのか、司の「自由」に思うままでいい、と宣った。
泳がせてみる、という事か。ライブラリー計画は彼らの重要プロジェクトの1つだが、同時並行プロジェクトの1つでしかない。つまり保留にする、という事なならない。
ただそれは他人に干渉しない干渉されない平和だ。
夜見の行動とはまったくの対だ。彼女は自分を顧みない。ライブラリーの協力がなくても、彼女は独自で乗り越えようとする。そこに危険が自分に降りかかっても。
今回だってそうだ。彼女がライブラリーに関わらなければ、狙撃の的になる事はなかったはずだ。そもそもオランダ行きもなかった。そういう意味では、やはり忌むべき能力だな、と思う。
「あ、また自分を責めてる感じだね」
「別にそんな事はーーーー」
「ない?」
夜見が司を見透かすように見る。
「ならいい」
夜見が満足そうに笑った。よく分からないが、ライブラリーなしで司は夜見に掌握されている気がする。
「お前はこの後、どうするつもりなんだ?」
「カーの『三つの棺』を読むけど? 前から原書で読んでみたかったんだよねぇ」
「そうじゃねぇ! 捜査の話をしてるんだろ!」
「声が大きいよ。ちゃんと聞こえてるよ?」
「お前がゆるすぎるんだよ」
「そういう風に言ったら司君が反応してくれるから、つい楽しくって」
「お前なぁ」
頭痛がしてくる。やっぱり夜見は夜見な気がする。
「結論から言うと、この中から極秘ファイル、えっとコードネームはなんだっけ?」
「お前の仕事だろ!」
憮然としながら、魔法の本の名前を小声で言う。どこで聞かれているか分かったもんじゃないのに、この刑事は。
「きな臭いよね」
「あ?」
「きな臭い。何度も言うけど、機密ファイルってのは、犯罪事件資料では決してないんじゃないか、って思う。ここに来る前に綺麗なものじゃないって言った気がするけど、もっと酷いものを想像してる」
「なんだ、それ?」
夜見の嗅覚は最早、先の先を嗅ぎ分けて、だからこそ矢島を追い払ったという事か。
「どういうーーーー」
「単純に、警察官僚クラスのブラックアクションリストって考えたら、お偉いさんの情報の少なさも分からないでもない」
「ブラックアクション? つまりお偉いさん達の仄暗い犯罪すれすれの記録の行程ってこと、か?」
唾を飲み込む。
「それだと納得がいく。情報が最低限なのも、機密ファイルの内容について一切触れなかったのも、ライブラリーに頼らざるえない状況も、間者、つまり矢島さんの存在も」
「夜見はそれを見越して、任務を受けたな?」
司は夜見をじっと見据えた。
「司君、すごいなぁ」
ニコニコして言う。さも嬉しそうに。そして楽しそうに。
「考えてみてよ、こんな馬鹿馬鹿しい条件で出してきて、任務の中身を正直に言わないのはフェアじゃないと思わない? だいたい、彼らは司君のライブラリーを使わないと、そもそも分からなかった。だったら私は日本の法律に照らし合わせて判断してもいい、って事よね?」
「夜見、それでお前の首が飛ぶかもしれないぞ?」
「正しい事をして? それならそれでもいいよ」
にこっと笑う。そして言う。
「やっぱり司君は私の事を案じてくれる。ライブラリーの事なんかより、司君の存在が私を前に進めてくれる感じするなぁ、うん」
「一人で悦にはいってんな。お前の親父さん、警視総監だろ? もし親父さんがリストに入ってたらどうする?」
「うん、実はそれを期待してた」
「は?」
目が点とはこの事だ。
「警察官というより官僚って感じだから、リストに入ってた方が安心する。そうしたら余計に追求できるし」
夜見の目から笑顔が消えた。夜見から父親の存在について聞く事はごく稀だ。確執があり、夜見の理想の警察官像は祖父の方、という事を聞いたのはH県警の面子達だった。あえて検索もしなかった。これも自分の行動がよく分からないのだが、夜見については自分自身の手で、目で、耳で知りたいという欲求があった。面倒で、できれば関わりたくないと思っているのに、だ。
自分でも訳が分からない。
「結論を言うと[魔法の本]を[警察官僚のブラックリスト]として再検索して欲しい。それから矢島さん事も。15万冊の蔵書を探すなんてナンセンスだし、犯人が本棚に隠すなんて到底思えない」
「了解」
「それと」
「うん?」
「チューして」
「…………」
どこまで本気なのか分からないので、とりあえず旅行雑誌で頭を叩いておいた。
「ヒドイ」
「やかましい。人が真剣に考えてやってる時に!」
「司君はいつも真剣だよ。それが眩しいけどね、私は」
いきなりまともな事を言ってくる。やはり訳が分からない。
「俺は何もできない」
「ライブラリーは司君にしか起動できないのに?」
「司書は俺だけじゃない。開発された奴らは何人もいる。俺はその1つの単なる商品だ」
「私にとっての司君は司君だけなんだけどね?」
司は軽く息をついた。夜見と話していて余計に撹乱された気がする。
「しかし魔法の本というコードネームも気取りすぎだな、悪魔辞典でも良さそうだけど」
「そう? 私はなかなかセンスあると思ったよ。その魔法の本を開いたら、全てが崩落する、禁じられた魔法って事じゃない?」
「禁じられた魔法?」
「多分、かなりの人数の警察官僚がそこにはリストアップされていると思うよ? それはお互いの悪辣な行為に対して、裏切り者を産まない為の踏み絵なんじゃない?」
「踏み絵……?」
「多分、ね」
眩暈がするような話だ。切り替えてやるべき事をやろう。司は立ちあがった。
「どこか目立たない所で検索してくる」
「うん」
夜見はすでにセレクトしたミステリ小説に目を落としていた。苦笑しながら司はカフェを去る。
「鈍感」
小さく呟く。君がなかったら私はここまで頑張ってない。君にライブラリーがあってもなくても、私は今君を欲している。君が必要で、君がいるから壁を叩き壊したいと思っている。君を弄んだ製造元が私には許せない。だから絶対、私が君を守る。それ以上もそれ以下もない。君が私に命を注ぎ込んでくれたんだ。なんでそれが分からない?
目を閉じる。
『お前が警察官なんだろ!』
初めて会った時の、諦めかけた時の司の言葉。
そして今回の安田の事件でかけてくれた
『行け』
声にもならず手を振ってくれた司。
『私は警察官だから、諦められないのだよ』
滅多に帰ってこない祖父が、小学生だった夜見に言った言葉。何もかも奪った犯人に安眠をさせる訳にはいかない。法律に則って、罪を償ってもらうには普通のやり方ではダメで、追いかける方も普通には眠られない。とことん。文字通り、徹底的に罪を許さない。奪われた人は永遠に帰ってこないのであればなおさら。
おじいちゃん。
私は警察官失格だ。
私は日本の法律に則らなくても、司君に危害を加えた人は許せないと思ってる。だから製造元も絶対に許せないし、だからライブラリーにはできる限り頼りたくないのに。頼らないと解決できない事件が多すぎる。
力が、無い。
夜見は立った。
(私は今できる事をしよう)
司の位置は常にGPSで確認している。過保護? 束縛? なんとでも言え、と誰となく当たり散らしたい心境を堪える。
ディクスン・カーの原書を読みたいという欲求を打ち消して。




