#4ー#5
#4
検索項目
「魔法の本」
「警察庁機密ファイル」
「安田恵介により盗難」
検索結果
「オランダ」
「ブックマウンテンライブラリー」
「飛んでる人」
#5
「夜見、お前馬鹿か?」
何度目かの同じ罵りにも夜見は応えた様子がない。飛行機の中から繰り返して、三桁は同じセリフを呟いているが、知ったことか。
「ん?」
全く動じず、チューリップ畑と風車に見惚れている。すっかり休日気分の夜見は、ピンクのワンピースでうっとりと鼻歌まで歌ってる。
「馬鹿」
「断っても良かったのに?」
司を見ずに言うが、その顔が笑っているのは語調からもよく分かる。
「分かってるのか?」
「何が?」
「情報が少なすぎる。お前を休日扱いにしてオランダまで公費で? あり得ないだろ、普通」
「儲けたと思えばいいんじゃない? 司君のぶんまで支給してもらったし」
「思えるか! 検索結果を見て、何も感じなかったのかよ?」
「感じたよ、きな臭いって」
「盗品がオランダとかあり得ないだろ」
「あり得ないねぇ」
「断る事だってできたろ?」
「できたよ」
「なら、どうして!」
夜見は司を見て、にっこり笑う。
「どんなことが待ってても、名目上休みだもん。司君と一緒の時間を満喫したいのはダメ?」
「意味が全くわかんねーよ」
「そろそろ案内人が来るね」
「案内人?」
「オランダを観光案内してくれる約束になってる」
「それ単純に監視ってヤツじゃねーのか?」
「多分ね」
あっさり認める。司は深くため息をついた。分かっていて動いてる、夜見は。
多分、自分の中で前回の事件が納得できていない。その中で、今回の案件と絡み合う糸を夜見は直感で感じた。
だが最低限の情報の中で示された最低限の単語が「機密」ときた。そして機密ファイルのコード名が魔法の本。つまり、真実はそれより深く、醜い所にある。何より気に喰わないことがある。検索に抵抗を感じたのだ。
『飛んでる人』
なんだ、この曖昧な検索結果は?
有り得ない。検索した時に精神的に押し返す何かを感じた。これは多分、製造元からなんらかの情報を逸らされた、そんな感触だ。
感触。感触。感触?
「は?」
いつのまにか夜見が手を握って、司を引っ張る。
「お、おい?」
「休日っぽいでしょ?」
「お前、緊張感なさすぎだろ?」
「司君は緊張し過ぎ」
「お前が脱力し過ぎなんだよ!」
「そうでもないよ」
説得力が無いーーーーいや、あった。夜見の目が真剣になった。
空をつんざく音と、夜見が司の背を押して這いつくばるのは同時だった。夜見はスカートに仕込んでいた拳銃を取り出す。
勘弁してくれ、と思う。司は平和に暮らしたいと思っている。製造元から逃亡しても、結局はライブラリーからは逃げられない。
「ライフルからの狙撃かな?」
銃をしまう。風が過ぎ去ったかのように冷静だ。
「第二弾が来る可能性は?」
「無いと思うよ。これ以上、あちらは目立てないはず」
「お前、覚悟ができてる感じだな」
「それは司君にライブラリーを起動してもらった時から」
「は?」
時々、夜見は何処まで本気なのか分からない時がある。
「だってライブラリーは、私じゃ手に負えない時の緊急手段だから。それに司君を巻き込むんだから、せめて司君の安全は確保しないと」
「俺のことは俺が何とかするからいい」
憮然として言うが、それが無理なのは司自身が自覚している。司はライブラリーの能力を得た代わりに、代償を受けた。運動能力の低下、精神的に内向的、脳内領域の圧迫による不確定な身体停止。こんな不完全な人間が、まっとうな生活を送られる訳もなく、むしろ今こそ公立図書館の司書でいられる事が不思議だが、それは製造元が手を回している事を知っている。
結局は自由を手にしたつもりでいたが、何一つ自由になっていない。口惜しいがこれは変わらない現実だ。だから人との関わりを極力避けてきたが、夜見との出会いから、この目の前の刑事さんはゼロ距離で司の懐に飛び込んでくる。
「んー、私は持ちつ持たれつだと思ってるよ?」
「は?」
「私は公僕として、やっぱり弱い人こそ守る警察官でありたい。でも、それだけじゃ守れない人がいる。でも私は警察官で、法律に則って職務をまっとうしないといけない。でも司君は、それを飛び越して[諦めかけた]私に光をみせてくれる」
「光って、また詩的だな」
似合わない、と言いそうになって口をつぐんだ。夜見の目が真剣だったからだ。
「今回、安田容疑者の件、彼はその状況を利用されたようにしか思えない。上からの命令も、きっと綺麗な存在のものじゃないと思う。それを分かった上で、私は受けた。多分、上はライブラリーの存在を知っている。だから、私と司君が一緒に行動するのは危険でありーーーー」
夜見は再度、司を見据えた。
「安全」
言い切る。やれやれ、だ。結局は、夜見にいいように誘導されている感もあるのだが、それはそれで良しとするべきか。結局は、自分だって拒否する権限はあった。それをしなかったのは、単純に夜見がどんな立ち回りをするか見てみたかった、というのはあるかもしれない。
夜見だから、という事もある。夜見でなければ、安田容疑者の件も見落としたまま、彼の逃亡をを成功させた事になるのでは、と思うのは買い被りすぎか。
彼女の直感と言えばそれまでだが、絶対に譲らない信念を司は感じる。その信念に心を打たれているのかもしれない。少し陳腐かもしれないが。だが少なくとも、欠陥だらけの自分ではそんな行動力は見いだせない。
夜見は再度、司の手を握った。ぱっと見た目は、恋人にしか見えないかもしれない。気恥ずかしさもあるが、戦慄の方が高い。
「私は完全にオフである事を周囲に伝えるには一番いいと思わない?」
「カモフラージュしてる、と言いたいのか?」
「それもあるし、こうしていたいというのもあるし」
司は夜見を直視できない。訳の分からないモヤモヤに支配されて、思考がぶっとんだ感覚。
「安心するんだ」
夜見の言葉を耳で受け止めつつ、どう返していいか分からない。だいたい、自分たちがこれから対峙すべきものの大きさも分かっていないのだから。
中世の空気を残しつつ、風車がゆったり回っている。軋むような音を立てて、風車は排水作業を繰り返す。海抜ゼロメートルのオランダでは、排水による治水技術は必要不可欠。だが、それを感じさせないゆったりとした時間の流れを感じる。
と、風車の一つで、背筋を伸ばして誰かを待っている素振りのスーツ姿の初老の男性がいた。こちらを軽く伺い、会釈ーーーーではなく敬礼をする。夜見は、一瞬、司に手を強く握り、そして手を離した。敬礼する。
「H県警の君島警部補です」
「H県警OBの矢島です。現在はこの国で、日本大使館にて特例勤務をしております。まぁよろしく」
好々爺とでもいいか、人好きのする笑顔。だが夜見が先程、一瞬強く手を握ってきたワンアクションが司には気になった。
「こちらは私の親友で、司・ライトさん」
「初めまして」
司は軽く会釈をした。彼はにっこり笑う。ただし視線は粘着質だ。それでいて、まるで司にはまるで関心がないような希薄さで真意が見えず、気色が悪い。
「早速ですが、オランダ観光をお願いしてもいいですか?」
夜見が無邪気な顔で聞く。彼は一瞬、眉をひそめーーーーそれを夜見は見逃さなかった。司はあえてポージングしなかったが、夜見は探りを今の一瞬で入れたのだ。お前はどこまで何を知ってるか? と。
それにたいして矢島は、ある程度夜見に課せられた任務について知っていた、という顔だ。日本の警官と、元警官の化かし合いといったところか。残念ながら小娘という評価をいつもされる夜見の方が、何枚も上手の感がある。
夜見は笑顔を崩さない。
ぱっと見た感じは、観光を楽しみに来た今時の女の子を演出しているし、無知で世間知らずな女の子でしかない。それをもし額面通り信じたとしたら、元警察官としてはぼんくらだし、それを見越した上で応対しているのならかなりのクセモノだ。
(夜見?)
安心するんだ、と夜見は言った。
安心しているのは自分だ。見ていないと、とことん無茶をする刑事さんがいるから。関係ないといえば関係ないが、その無茶っぷりに扇動されて自分もいつのまにか行動にうつしている。せめて傍で見守らせて欲しい。頼むから無理はするなよ? それも無理な願いなのは承知している。彼女は行動に移す。司はその行動を支える。矛盾している自分の思考に苦笑いを浮かべながら。
だから、相手を蹂躙しているようでもあるし、答えは最初から決まっていたとも言える。
夜見は躊躇いもなく言った。
「ブックマウンテンライブラリーまでお願いします」
にこやかな笑顔で。矢島の顔が少し引きつった感じがした。夜見の意図を感じ取ったに違いないが、もう遅い。ポーカーフェイスができない元警官では役不足。だがここまでは、まだ挨拶程度。
風車はゆっくり動く。歯車の軋みに、隠された陰謀の兆しを見たような感じがしたのは気取りすぎか。




