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魔法の本  作者: 尾岡れき
2/10

#2


「正直、眠い」

「言ってる場合じゃない!」

「一般市民を巻き込んで、それでも公務員かよ」


 ボヤく。だが、この彼女がそれで動きが止まるなら、とっくに止まってる。雑用係は辛いのだ、と一応は内心で呟いてみる。奥底では別の声が反芻する。---------- そんなにキライじゃないだろ?

 鼻を鳴らす。不快気に。彼女---------夜見は怪訝そうな顔をしたが、後は意にも介さず地図を睨めっこしている。

 キライ、じゃない。確かに。

 寧ろ、彼女が言う所の「本当に辿り着くまで」とやらを見極めたいとすら思うのだ。

 彼女の一挙一動にワクワクする。とまで言ったら言い過ぎか。さすがにそこまでではない。面倒臭いの感情が強い。


「地図なんか見ても経路はわかんねーだろ?」


 言わなければいいのに、余計な事が言葉にして出た。彼女はゆっくりと顔をあげた。その顔がうっすらと笑んでいる。

 粘り負けた。単純に脱力感に襲われる。


「じゃ、司君が協力してくれるの?」


 満面の笑顔で退路を塞いでくる。さらに脱力。この毒気の無さで刑事というから、多くの人が信じない。


「重ねていうが、一般市民を巻き込んでいいのかよ?」

「コナン君は小学生でも事件に突入してくるよ?」

「漫画の話しじゃねぇよ!」

「レストレード警部は気軽にお願いしてたけど?」

「シャーロックホームズ?」

「ぴんぽーん」

「ぴんぽんじゃねぇ! 俺が言いたいのは守るべき一般市民を厄介事に巻き込むのはどうなんだ、って事だよ!」


 このミステリマニアめ。エラリー・クイーンやアガサ・クリスティーで撹乱してくるときもあるから油断がならない。


「うん、司君の事は全力で守るから大丈夫だよ」


 さらっと言ってのける。しかも全く保証が無い所がミソだ。


「そういうのを悪用っていうんだぞ」

「強要はしてないけど?」

「間違いなく退路は塞いでるだろ、夜見! しかも確信犯的に!」

「あのね」

「あ?」

「司君に名前を呼ばれるの、結構好きなんだよね」

「…今、そんな話じゃないだろ!?」


 何を言い出すのかと思えば。


「私は司君を全面的に肯定してるから。それが、利害の一致、強要と言われても」

「……」

「司君にしかできない事がある。私が警察官だからできる事がある。泣いてる人を見過ごしたり無視する事は私の仕事じゃない。司君の協力が得られなくても私は粘るけど、司君が協力してくれたら嬉しいのは本当よ?」


 温度の高い奴だ。司は小さく息を吐きながら思う何にせよ、か。結局は[やる]のか。そんな自分が腹正しいが、仕方ない。


「本」

「やってくれるの?」

「いいから、本」

「これじゃダメ?」


 と地図を持ち上げる。


「学習しろ。接続条件は【書籍】がある事。地図帳ならまだしも、製本されてない地図じゃ、接続できない」

「探してくる!」


 言うやいなや、疾走の字に相応しく飛び出していく。


 [あれ]は疲れるのだ。条件と制約が色々ある。まして万能ではない。リスクも高い。身体能力も無く、肉体疲労で不能になったらタダのお荷物でしか無い。まして足がつくのも嫌だが、今はそんなことを言ってる場合でもない。知ったことではないが、夜見の言う所の容疑者が逃亡する可能性は時間の経過とともに増していく。

 パタパタと分かりやすい足音をたてて夜見が戻ってきた。手にはしっかりと製本された本を大事そうに抱えている。

 全く世話が焼ける。とおもむろに抱えていた本に目を見やる。絶句だ。

『日本特撮大辞典』とある。場所を考えろ、職務怠慢に程がある。


 H県警、刑事部捜査一課。夜見が所属している部署であり、本来なら司が出入りする事もおかしい話だが、何故か常連化している自分が嘆かわしい。その一課の誰かが所有していたものと思われる。なにから突っ込んでいいのか、という気持ちもしなくもないが、とりあえずスルーしておく事にした。

 本を手に取る。

 本の種類はこの際は問わないのだ。無造作に頁を開く。片手で支え、一方の手の指で頁をめくっていく。


「接続を開始」


 本から光が射す。発する、といってもいいかもしれない。その光の中から、

無数の書籍が飛び出ては消え、現れては霧散していくような繰り返し。


「検索項目は?」


 夜見を促す。慌てて、彼女は単語を並べた。


「笹井惣一、逃走経路」

「多分、不十分だぞ?」

「え?」


 司は構わずに作業を続ける。本が無数に飛び出ては通過していく。夜見は慌てて目と耳を塞ぐ。情報の渦の中では、意識をシャットダウンする事も重要な予防対策だが、それでも突破してくる情報が多い。


 まして今回、夜見は曖昧なワードを司に指定してしまった。考えたら単純な事だ。[笹井惣一]なる人物の[逃走経路]だから、日本全国の同姓同名の笹井惣一さんが現在から過去において[逃げ道]として使用した経路が全て、一致したものから直近で検索された訳だ。もしかしたら、探せば件の[笹井惣一]をヒットさせられた可能性があるが、それはほぼ無理に近い。まして情報を閲覧するのには司ほどではないにしても、体力はもとより精神力がいる。結論から言うと、非現実的な選択肢だ。分かっていて、無理に止めないあたり、司らしい。


 これは夜見の判断ミスだ。検索項目は十分に精査し、的確なものでなくてはならない。深呼吸する。

 夜見達、捜査一課が追ってるのは、強盗殺人容疑の被疑者だ。概要はこうだ。住所不定無職、つまりホームレスの笹井容疑者は、生活苦を理由に高級上宅地で空き巣を始めた。5件、彼は成功し500万相当の被害をもたらした。すでに県警は彼をマークして追いかけている所だった。


 6件目、運が尽きた。住人が在宅だったのだ。

 彼が取った選択肢はーーー逃走ではなく、牙を剥く事だった。

 結果、安田家の祖母・妻・長男・次男を口封じと称して、命を出刃包丁で奪った。その後、逃走、彼を緊急捜査となった訳だが、その後消息がつかめないまま、2週間が経過している。


「もう一回、お願い」

「構わないが、もうそろそろ限界だから頼むぞ?」


 夜見はこくんと頷く。


「検索ワード[笹井惣一][年齢50代、男性、元H市の嘱託職員で現在は住所不定無職][H県H市北区中町3−2の強盗殺人事件の被疑者][出刃包丁][安田家侵入の容疑者][推定時間、2日前の深夜2:00頃]以上」


 一息で言い切り、ため息を着く。警察が収集した情報を整理し、検索項目に上げた訳だが。反芻し思考するのは何故、笹井容疑者の消息は一切不明なのか、だ。それまでの彼の行動経路は明確なのに、だ。

 今は考えても仕方がないのかもしれない。だが、妙に夜見にはそれが引っかかる点だった。

 司は夜見が並べた項目を一字間違いなく淡々と読み上げた。

 本が動く。検索が始まったのだ。だが、今度もおかしい。本は夜見と司を避けるように別れては流れ、光の粒子となって消えていく。


「これは……?」


 夜見が目を丸くした。司は軽く息をついて本を閉じる。


「検索の不一致だな」

「捜査情報が間違っているという事?」

「幾つか、か。それとも全部か」

「だって、そんな!」

「愛すべき一課の連中と足で稼いだ証拠、ってところか? だけどな夜見、情報ってのは嘘も虚偽も思い込みも含めて情報だ。誰の主観に立つかで情報の見方は随分違ってくる。これは何回も言ってるよな?」

「う…うん」

「ライブラリーは情報を収集し貯蓄する。でも問題なのは膨大な情報を如何に探し当てるかだ。検索項目がひとつでもずれたら、それは非該当だ。お前らを否定するつもりは毛頭ないが、ライブラリーが反応しなかったのは事実だ。それは一つ答えだぞ? 検索項目の絞込みを精査したら答えは違うかもしれないけどな」

「うん…」

「分かってるんだろ? でもそれは捜査方針を否定する事に繋がる。よく考えて判断しろよ? ライブラリーは情報を検索する最大のツールだが、それはあくまで補助的な証拠、情況証拠の補完でしかない。ライブラリーの検索結果で一喜一憂するのと事件解決への直結は違うぞ」

「…分かってる」


 夜見は口を噤む。意地悪な言い方なのは司も自覚している。こういう言い方しかできない自分に失笑だが、何よりライブラリーの能力は完全でありながら、扱いが難しいのだ。情報は言ってみたら、一方の価値観と他方の価値観のすり合わせといってもいい。片方は正義で片方が惨禍であるなど有り得ない。両方がそれぞれの正義で動いているからこそ人間の世は難しいのだ。それがエゴと、独り善がりと汚物のような看板を掲げた正義としても、だ。


 司自身、そういう正義を振りかざすシチュエーションに幾度と遭遇してきたからよく分かる。奴らは全て自分が正しいと思っているから妥協点というものはそもそも無い。まぁ、言ってみたら司を含めて全ての人類はそういう分類を受ける訳だが、それが社会としての仕組みであるから仕方がない。




 世界は監視されている。

 しかし監視された情報を統合する術がない。




 矛盾しているが、司が生かされている理由もこれだ。情報は膨大で、視点によって見え方が変わる怪物であり、正しい情報を導くには正しい検索項目が必要だ。 だからこそ、その情報の坩堝を精査する管理人が必要になってくる。


 言うなれば、情報を監視し抽出する技術はあるが、整理・精査・統合する技術は発展途上であり、不完全要素でもある。

 もしも情報を好きに検索できるとしたら、人はどんな事を思うだろうか? 残念ながら司にはその欲求を切断されているから、永久に到達する事はないこもしれない。


 夜見ーー君島夜見は、司のこれを知った時、混乱こそしたが何も変わらなかった。ただ、したたかだとも思った。


『力があるなら使うべきだよ?』


 言ってくれる。ライブラリーが自分自身の力など思った事もなかったから、そしてそんな単純なものでもなかったから口を濁したが、夜見の言うべき所は別にあった、と今なら思う。

 夜見を見る。


(諦めてねぇな、こいつ)


 目は確かに思考している。捜査に間違いはなかった。でも何かを見落としている。証言も動向も裏が取れていた。でも何かが足りない。足りないなら、押してダメなら引いいてみろ、か。でも引いてもどうなるものでも。ぶつぶつぶつぶつ。

 思考が段々言葉になっているが、お構いなしに夜見は考えていた。司はそれを待つ。


「引いて?」

「うん?」

「押してダメなら?」

「引いてみろってさっきお前言ってたな」

「司君!」

「な、なんだよ?」

「私、とんでもない思い違いをしていたかも!」


 夜見が拳を固める。不屈な意志をより固めて。


「どうでもいいが、体力的に後一回が限界だぞ? 覚悟して挑めよ」


 本当はとうに限界なのだが。別に夜見の為ではない・・と思っている。が、よく分からない。きっと彼女は、ライブラリーの力に出会わなくても自分の意志で解決をしていると思う。だが、それでは遅い時があると夜見は言う。


「頼りっぱなしでごめんね」


 夜見が言う。彼女は司の限界に気付いている。


「お前はお前の仕事しろ。ラストチャンスだぞ! しくじって、はいまた明日、って訳にはいかないだろ?」

「勿論」


 夜見は頷く。


「準備は?」

「いいよ」

「なら別の本をもってきてくれ」


 夜見はこくりと頷いて行動に移す。ライブラリーのもう一つの制約、接続に使用する書籍は二度と同じモノは使用できない。同名の別の冊子も不可。ただし、第二刷以降のものは別。世界に本が溢れているが、この条件を設定した製造元は「ライブラリー」にこだわり過ぎる感がある。


 夜見が戻ってくる。手にした書籍は「パソコン裏改造・黒の書」とありさらに脱力。

 どうなってんだ県警捜査一課は? さらに脱力だが、その点は夜見が弁解する。


「あ、これは鑑識課から借りてきたの。最近、パソコンを利用した犯罪も増えていて、でもチンプンカンプンなんだよね。データを抽出して証拠にするんだけど、パソコンはデータ消しただけじゃ本当に消えないのは知ってた?」

「俺もパソコンは苦手だからな」

「ゴミ箱にポイしただけじゃ本当は消えないなんて詐欺だよねぇ。ゴミ箱じゃなくて、秘密の格納庫じゃない」

「もしくはホステス通いの店のライターをさりげなくゴミ箱に捨てて見つかったダメ亭主か」


 いや、今はそんな話題はどうでもいいだろ? 完全、夜見ペースだ。彼女がリラックスしている様相という事は、覚悟を完全に決めたという事だ。

 振り絞って、気力を全て注ぎ込んでいくしかない。

 本を開く。


「接続開始。検索項目」


 ライブラリーが起動し、光が燦々と輝く。夜見は息を吸い込んだ。


「検索ワード[笹井惣一][なりすまし][安田恵介][H県H市北区中町3-2の強盗殺人事件の被疑者][出刃包丁][安田家侵入の容疑者][推定時間、2日前の深夜2:00頃]以上」


 本が動く。光の粒子が溢れ無数の本の流れの中、一冊の本が夜見の手に収まった。夜見は躊躇そなくの情報を読み解く。

 ライブラリーの能力は司を始めとした司書しか読めないはずだったが、ここに例外がいた。

 君島夜見。製造元は彼女を「読み手(Reader)」として関心を示している。それが悪い方向にいかない事を祈るしかない。


「どうだった?」


 息絶え絶えだ。最早、ライブラリーを維持する事で精一杯だ。それを理解している夜見は、コクリと頷いて本を閉じた。一瞬でライブラリーは閉鎖する。それと司が膝をついたのは同時だった。慌てて夜見が駆け寄る。間一髪、司を抱き留めた。


「ごめんね、いつも我が儘ばかり言って」

「わ、ワガママの自覚があったんだな?」

「司君は物言いに遠慮ってものがないよね?」


 少しふくれた表情をわざと作りつつ、でもたいして気にしていないのも夜見のペース。彼女はもう次を見ている。


「検索、一致したな?」

「司君のおかげ。笹井惣一なんて人はこの事件の中ではいなかった。正確にはこの事件の前に殺されていた。安田恵介によって」

「つまり、安田は家族を殺す為に、他人の命まで奪った訳か」

「これはライブラリーでの安田主観の情報だけど、彼は追い詰められていた。本人が手がけていた貿易商社が急下降。というよりは、倒産直前。空巣の後、保険金に手を出すしか無いという陳腐な結末。ちょっと調べたら、それは分かったはずなのに、完全に捜査ミス」


 夜見は唇を噛む。司は軽く息をついた。


「まだ間に合うんだろ?」

「うん」

「ならそれでいいんじゃないか? むしろ急がないといけないんだろ? 保険金の振込はいつになってる?」


 普段なら検索の結果は共有されるが、今回はライブラリーを維持する事で精一杯だった。手間ばかりかけやがって、と毒を吐きたくなるが残念。その気力もない。


「2日前」


 軽く手を上げて、『行け』と振った。

 夜見は首肯して現場へと向う為、体を翻す。脱力だが、冒頭の俺を守るって言った台詞はもう頭に無いだろうなぁ、とかぼやきつつ。

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