作戦会議が、がが、ガガガん文庫
放課後。部活勧誘会の喧噪が遠のき、俺と玲は部室――といっても物置をちょっと片づけただけの六畳間――に腰を落ち着けていた。西日が差し込む部室は、まだ新しい木の匂いとチョークの粉っぽさが混じった空気をまとっていた。
「作戦会議~!」ドンドンパフパフと、玲が両手を打ち鳴らしながら叫ぶ。
「さて、ご主人様」
「……ああ明日、小坂さんが来るんだよな」
「そうです。小坂嬢ちゃん、見学に来るそうです。どう迎え撃ちます?」
「迎え撃つな! 普通に歓迎するんだよ!」
俺のツッコミを無視して、玲はペンを持ち出し、ホワイトボードに大きく「作戦会議」と殴り書きした。
「でも活動って言っても、何もやってないしなぁ~」
「無職ですもんね」
「無職言うな」
すかさず、玲は横に「蓮様=無職」と書き足す。
「はぁ、お前なんか案出して~」
「わかりました!」と、玲は得意げに胸を張った。
「第一案。ご主人様の魅力をフル活用し、入部を即決させる」
「却下!」
「第二案。部室に罠を仕掛け、逃げられないようにする」
「犯罪かよ!」
「第三案。ご主人様が涙ながらに『君が必要だ』と――」
「やめろぉぉぉぉ!」
机を叩いた拍子に紙束がずれて、「LOVE」の文字が半分見えた。あぶねえ。
「……いいか玲。俺たちに必要なのは健全で真面目なプレゼンだ。学校生活を記録して残す、っていう真面目な活動方針をだな――」
「つまり『ご主人様の観察日誌・改』ですね」
「聞けよ!!」
玲は腕を組むと、いつの間にか取り付けた片眼鏡をくいと上げた。まるで賢者のような顔をしているが、その実態はただのトラブルメーカーだ。
「で、どうするんですか。明日の見学。今のままじゃ、部の存在意義が“ご主人様観察日記”ですよ?」
「どうしようなぁ~全然思いつかん。あとそれはお前のせいだろ。俺は止めてる」
「止める素振りをしているだけにしか見えません」
「屁理屈言うな!」
机をバンと叩いたところで、ガラリと扉が開いた。
「おーっす! お楽しみの作戦会議タイム、始まってる?」
「……お前か、駿」
入ってきたのは、俺の幼馴染・駿だった。
スポーツバッグを肩にかけ、ジャージの上着を半分脱い胃だままのラフな格好。いつもの調子で笑っているが、その笑みのせいで俺の胃痛は二割増しになる。
「なんのようだよ」
「いやー、明日一年の子が見学に来るんだろ? 面白そうじゃん」
「面白半分で首突っ込むな!」
「幼馴染の危機は助けるって決めてんの」
「お前が助けたこと、一度でもあったか?」
「心の支え的なやつ」
「嘘つけ!」
玲がすかさず口を挟む。
「私は駿先輩、歓迎です。なにせご主人様を弄るときの人数が増えますから」
「やめろ!」
「三人寄れば文殊の知恵と言いますし」
「俺を困らせる方向に頭脳を集結させるな!」
駿は机に腰を下ろし、にやにやと俺を見やる。
「で? その新入生ってどんな子?」
「……真面目そうな、背の低いショートカットの子だ」
「へぇ。お前、やっぱそういうの好きだったんだ」
「なんでそうなる!?」
「いやいや、俺らの幼馴染カテゴリーに真白ちゃんっていう例があるからさ。系統近いなって」
「そんなんじゃねぇよ!」
机に突っ伏した俺を、玲が淡々と眺めている。
「なるほど。つまり“真白さんのミニ版”」
「言い方やめろ!」
「じゃあ“ポケット真白”」
「もっとやめろ!」
「いいネーミングだな」と駿が拍手する。会話は一向に前へ進まない。俺は額を押さえ、深呼吸する。
「……とにかく。明日は小坂さんに変な誤解を与えないこと。それが最優先だ」
「でも現状、部誌の九割が“ご主人様ラブ”です」
「それを処分しろって言ってんだろ!」
「証拠隠滅ですか?」
「違う! 整理整頓!」
駿がクスクス笑いながら机を叩く。
「いいなぁ。これが校内で噂の“真白告白事件”の真相か」
「勝手に噂にするな!まだ広まってない!」
玲が冷静に補足する。
「どちらも保存済みです。永久保存フォルダに」
「削除しろぉぉぉ!」
俺は机に突っ伏し、呻いた。
「……なぁ、俺、この部活やってて大丈夫かな……」
「大丈夫大丈夫、おもろいから」駿が肩を叩く。
「おもろいって」はぁとため息をつく
夕陽が部室をオレンジ色に染める。俺の胃はすでに限界を迎えつつあった。
「それにさ」駿が急に真面目な声を出した。
「……お前、続けたいんだろ? この部活」
「え?」
「くだらないことやっててもさ、楽しそうにしてるの、俺知ってるから」
「いや、べつにそんなこと……」
一瞬、空気が気恥ずかしくなった。
その隙を逃さず、かしゃりとシャッター音が響く。
「はい、感動のシーン激写!これも記録しておきます」
「はい玲ちゃんナイス~」
「消せー!」
2人の笑い声と俺の叫びが部室に響いた。
こうして無駄に盛り上がった作戦会議は、結局まともな結論を出さないまま終わった。
そして俺の胃痛だけが、確実に進行していったのだった。




