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ただの部活動勧誘のはずなのに

 朝のホームルーム。担任の中村先生が黒板をコンコンと指で叩き、教室の空気を一気に引き締めた。

「えー、今週から部活勧誘が始まります。午前中は屋台出しもありますが、新入生の未来を左右する大事なイベントですから、上級生は責任もって動くように」


 途端に教室の空気がそわそわし始める。運動部の連中はすでに配布用のビラを鞄から取り出して見せびらかし、文化部は「どんなパフォーマンスにしよう」と顔を突き合わせて相談している。


 そんな中、隣の席の幼なじみ――駿がひょいと身を乗り出してきた。

「なあ連、お前んとこ、何やんの?写真部だよな?」

「……まあ、玲がなんかやるんじゃね?」

「大丈夫か?それ」

「まあ………ちょっと……いやかなり…心配だな…」


 いまさらになって気づいた。てか予定とか見てなかった。真顔になって考え込む俺をじっと見て、駿は苦笑する。

「相変わらずだな。俺らサッカー部なんて、もう勧誘試合の準備でてんやわんやだぞ。お前らもちゃんと頑張れよ?」


 ……まぁなんとかなるか。昨日あんなことあったばっかだしな。


 校舎前の広場は、すでに学園祭さながらの騒ぎだった。

 風に乗って漂うのは、焼きそばの香ばしい匂いとたこ焼きの湯気。さらに一角ではジュースが無料配布され、行列ができている。……いや、勧誘で屋台を持ち込むのはどう考えてもルール違反じゃないのか? けれど誰も止める気配はなく、むしろ先生まで買い食いしているあたり、学校側も半ば黙認しているらしい。


 サッカー部は巨大スクリーンを浮かべて去年の試合映像を流していた。歓声の中、ゴールを決めた駿の姿がスロー再生で映し出されると、人だかりから黄色い声が上がる。

 隣ではバスケ部が派手なダンクシュートを実演。ボールがリングに吸い込まれるたび、観客がどよめいた。

 軽音部は校舎前をライブ会場に変え、ギターのリフとドラムの轟音で人波を引き寄せる。演劇部は即興芝居、科学部は手品めいた実験ショー……。


 各部が「これでもか」とばかりに個性をぶつけ合い、広場全体が一大エンタメショーと化していた。


 ――その片隅。


 俺と玲は、場違いなほど地味な木製の机一つを前に立ち尽くしていた。

 机の上にあるのは、分厚い紙束と一枚の張り紙。


 【連様の写真を記録する部】

 その下に、なぜか派手な丸文字ポップでこう書き足されていた。


 ――「みんなでかっこいいご主人様を記録しましょう!! 入部すれば連様はあなただけの王子様!」


「……なあ、玲。これは何だ?」

「部の正式な名称と目的を、わかりやすく表現しただけです」


 玲は満面の笑みで胸を張る。いや、堂々としてる場合か。


「違うって! ただの写真部でよかっただろ!去年まで普通の写真部だったじゃん!なんでいつのまになまえかわってんの!?」


 玲は鼻をほじりながらつまんなそうに言う。

「なんか字面が気に食わなくて」


「んだその理由!これじゃ完全にやばいやつじゃん! 誰も入んないよ!」

「でも、ご主人様の生き様を記録することは尊い営みです。それに心打たれ新入生が入る可能性もゼロではありません」

「ゼロだよ! てかマイナスだよ!てかきたねぇから鼻ほじんな!」


 必死のツッコミも空しく、玲は机の上に積まれた紙束を指差した。


「ちなみにこの束は昨日の『マシロ告白事件』の詳細記録です。配置図から風速データまで完璧に保存しました!」

「はあ!? それマジでやめろっ!」


 連の顔が一瞬で真っ赤に染まる。

 マシロ告白事件――昨日、書類整理中に玲が勝手に紙を並べ替えて「真白LOVE」という告白文を完成させた、黒歴史である。


「わざわざ記録するな! 忘れろ! 脳のメモリから即削除しろ!」

「できません。尊い青春の一ページは、永久保存対象です」

「やめろぉぉぉ!」


 連が頭を抱えると、玲は逆に得意げに腕を組んだ。


「ご安心ください。このデータは新入生向けパンフレットにも抜粋してあります!」

「抜粋!? なんでよりによって部活勧誘にそれが必要なんだよ!」

「人は失敗を重ねて成長します。つまり、ご主人様の失敗は人類共通の財産!」

「いやまだ告白してません~失敗もくそもありませ~ん」

「ハイハイ意気地なし意気地なし」

「こんの野郎、」


 おれがぐぬぬってるとちょうどそこへ、何人かの新入生が通りかかる。玲はすかさず前に飛び出した。


「いらっしゃいませ! こちら『連様の写真を記録する部』略して『写真部』です! 本日の目玉展示はご主人様の秘蔵告白データ!」

「やめろぉぉぉおおお!」


 連は慌てて机を盾にするように立ちはだかり、必死で新入生たちに頭を下げた。


「違うから! 本当に違うから! 俺そんなことしてないから!」

「でも昨日、紙が勝手に並んで『マシロLOVE』ってなったのは事実です」

「それはお前の仕業だろぉぉ!」


 新入生たちは「……あの先輩、告白失敗したのかな?」とヒソヒソ声を残し、笑いながら去っていった。


 連は机に突っ伏し、呻く。

「……俺の評判、今この瞬間で地の底に落ちた」

「大丈夫です、ご主人様。私が拾い上げて保存しておきますから」

「慰めの方向が間違ってる!」


 そんな騒ぎの最中視線の先、ソフトボール部のユニフォームを着た真白が、汗を拭きながらこちらへ歩いてくるのが見えた。


「……っ! 玲! 真白が! 真白が来る! 今すぐこの紙束を隠せ!」

「ご主人様、落ち着いてください。隠すよりも展示した方が――」

「はやくしろぉぉぉぉぉぉ!!」


 連は机の上の紙束を必死に抱え込み、椅子の下へと蹴り込む。


 だが、時すでに遅し。真白が小走りで机に近づき、首をかしげる。

「おーい連!ここ、写真部の勧誘ブースでしょ? なんかすごい声してたけど……」


 爽やかな笑顔。グラウンドの太陽を背負ったヒロインが無邪気に覗き込むその姿に、連の背筋は氷点下まで冷え込んだ。


(ダメだ! 絶対に見せられない! この下には昨日の『真白告白事件』の記録が眠ってるんだ! もし真白が見たら、俺は即・死!!)


 必死に笑顔を作るが、顔面はすでに痙攣中。

「は、はははっ、いやー! なんでもないよ! ちょっと玲が変なポスター作ってさ!」

「変とは心外ですね。『連様の写真を記録する部』は斬新なネーミングだと思います」

「余計なこと言うな!」


 真白はぱちぱちと瞬きをして、ポスターを読み上げた。

「……『連様の写真を記録する部』? みんなでかっこいいご主人様を記録……?」


 沈黙。連は心の中で土下座を一万回繰り返す。

「れ、玲が! ぜんぶ勝手に! 俺は何も知らない!」


 真白はくすっと笑った。

「ふふ、連らしいね。なんか楽しそうじゃん」


 その笑顔に救われたのも束の間、真白の視線が机の下へスッと動く。


(やめろぉぉぉぉ! そこにだけはッ!)


 「ねえ、これ……資料? 見てもいい?」


(まずいまずいまずいまずいッ!!)


 連は反射的にガバッと机にしがみつき、体を張って紙束を隠す。

「だ、だだだだめッ! だめだよ! 全然面白くないから! 見なくていいからッ!」


 真白は目を丸くして、くすっと笑った。

「……そんなに必死になること?なんだっけ連様の写真を記録する部だっけ?」


 横で玲が腕を組み、冷静に補足する。

「いえ、その資料は『昨日の真白告白事件・完全保存版』です」

「おまえ黙れぇぇぇぇ!」


 真白の動きがぴたりと止まりきょとんとする。

「……え、わたし?なにそれ」

「ち、違うっ! 誤解だ! ただのコードネーム! 機密文書! 国家機密!」

「そんなヤバい部活なの……?」


 周囲の部活勧誘の声も、ギターの音も遠く霞む。連の心臓は、今にも肋骨を突き破りそうだった。

頭の中に、走馬灯のように過去のシーンが流れ込んでくる。

 小学校の入学式、桜の花びらの下で真白に「クラス一緒だね」と笑われたあの日。

 中学の体育祭、二人三脚で転んで土まみれになったこと。

 受験前、参考書を貸してくれたときの真白の真剣な顔。かわいい真白。シロシロマシロ


 ――そして現在。机の上に置かれた「真白告白事件・完全保存版」。


「って、俺の青春アルバム、最終ページに爆弾仕込まれてるぅぅぅ!!」


 内心の叫びとともに、白い光景はパラパラ漫画みたいにめくれて消え、現実に引き戻される。

 そのとき、遠くからソフトボール部の仲間が声をかけてきた。

「真白ー! そろそろ練習戻るよー!」


 真白は小さく息をつき、机の下に伸ばしかけた手を引っ込めた。

「はーーい! まいいや。後で教えてよね連!」


 にこっと笑って走り去る。爽やかな背中が遠ざかっていく。


 残された連は、全身の力が抜けて椅子に崩れ落ちた。

「……助かった……。マジで心臓止まるかと思った……」

「良かったですね、ご主人様。危機一髪。今の顔、いい資料になりました」

「撮るなーーっ!」


 シャッター音が軽やかに響き、勧誘会の片隅だけ異様にドタバタしていた。

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