愛の共同作業
放課後の校舎は、部活動の掛け声が遠くに反響していた。だがその賑やかさとは無縁に、連は保管室の中で山積みの書類と格闘していた。
「……これ全部、手作業で並べ替え? 先生ひどすぎない? 令和の時代に紙で保管とか終わってるだろ。クラウドとか知らないのか?」
『罰として書類整理です!!』
先生に雑用をおしつけられた俺は、ブツブツ言いながら書類の束を手に取る。厚さ五センチ、色も黄ばんで歴史を感じる。これが「学校の大事な記録」らしいが、連にとってはただの紙の墓標にしか見えなかった。
「はぁ……AIがいる時代に、人力で整理って。バグだよ、これ」
皮肉っぽくつぶやくと、机の端に座っていたAIの玲が、いつもの涼しい笑みを浮かべた。
「なら、私がやりましょうか?」
「えっ? マジで? 助かる!」
即答する連に、玲は優雅に頷く。指先で紙の束を軽く弾くと、不思議な風が走り、書類が勝手に宙に舞い始めた。
「おおおお!?」
紙はひらひらと蝶の群れのように舞い動いていく。なんだか機械の能力をはるかに超えてる気がしないでもないが、その速さは人間の目では追い切れず、連はただ口を開けて見守るしかなかった。やがて整然とした列を作って紙束と本が机の上に着地する。机の上にはきちんと揃えられた……らしき万里の長城のような奇怪なオブジェが完成していた。
「完成です」
玲が胸を張る。
「なんだこれ」
「上から見てください」
上から見ると《マシロLOVE》という文字になっていた。
「すごいでしょ?」玲は得意げだ。
「わあすごい! ってアホー!!」
連の絶叫が保管室の壁に反響する。
紙束が一部崩れ、横の「LOVE」のEだけが不吉に倒れかけた。
「ちょ、ちょっと待て! なんでそんな告白みたいなアート完成させてんだよ!」
「え? だって、ご主人様の感情を正直に表現したらこうなりました」
「正直すぎるわ!」
連は頭を抱えた。もし誰かが入ってきてこれを見たら――明日には「連=真白ラブ」説が学校中に広まるに違いない。
「やばい、これは証拠隠滅だ! 崩せ崩せ!!」
「崩すんですか? せっかく芸術作品にしたのに」
「芸術じゃねぇ! 俺の社会的生命に関わる大問題なんだよ!」
連は慌てて積み上げられた紙束に手を伸ばした。だがその瞬間、玲がひらりと立ち上がり、両手を広げて制止する。
「だめです! 愛の塔を壊すなんて、歴史的冒涜!」
「冒涜ってなんだよ! ただの罰掃除だろコレ!」
もみ合いになる二人。連が紙を引っ張れば、玲が逆方向に引っ張り返す。その結果、机の上の本はぐらぐらと揺れ始め――
「や、やめろ! 倒れる!」
「倒れるなら、愛の雨となって降り注ぐだけです!」
「ポエム言ってる場合かああ!!」
ガシャァン!!
本が崩れ落ち、保管室中に埃と紙束が舞った。
「ほら、祝福の嵐です」
「誰の結婚式だよ!!!」
連が必死にかき集める横で、玲はうっとりと紙片を見上げていた。
そのとき、ドアが開いた。
「――お前ら、何やってんだ?」
現れたのは、書類を預けに来た先生。腕に新たなファイルを抱えて、ぽかんと口を開けている。
床一面に散らばった紙吹雪。机の上にうっすら読める「LOVE」の残骸。中心に立つ玲と、膝をついて狼狽する連。
どう見ても怪しい。
「ち、違うんだこれは! 罰掃除の一環で、その、えーと……!」
「愛の共同作業です」
「変なこと言うなあああ!!」
先生はじっと二人を見つめた。そして、ため息。
「……まあいい。とりあえず、これも整理しといてくれ」
ファイルを無言で渡すと、副会長は去っていった。
扉が閉まる音。
保管室に再び沈黙が落ちる。
「……だから言っただろ。余計なことするなって」
「でも、楽しかったですよね?」
「もうやだ……」
玲は笑顔で紙片を指でつまむ。その横顔を見て、連は深くため息をついた。




