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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
囚われの精霊編
60/76

30話 賢者の裁決

 僕たちは魔の森へと帰還し、今回の騒動は一件落着。

 

 ――したはず。

 けれど、未だに僕の周りは騒がしかった。

 

 

 ***

 

 

 我が家の食堂にて。

 

「うむむむ……」


 クレアは数枚の紙にかじりつきながら、唸っていた。

 

 ファルシウェンから戻って既に二日が経って、僕とクレアはこの数か月においていつも通りといえる午前の講義をしていた。

 そして今はクレアに対して、ここ数日の騒動のせいで直前までに教えた知識が抜けてしまっていないか確かめていた。

 要するに僕は、抜き打ちの試験を彼女に課したのだ。



 ――講義を始めるとき。


「合格基準は九割五分だよ」

 

 僕がそう言いながら試験用紙を渡すと。

 

「…………えっ」

 

 彼女は呆然と、手渡された紙に目を落としたのだった――。

 

 

「あんた、性格が悪くなったんじゃないかしら……」


「……クレア、いじめられてる?」


 悩みながら解答欄を埋めているクレアを見ながら、ウェルティナとフィアルテが口々に僕を責めるように言った。

 

 悲しいことに、師匠の愛の鞭は不評らしい。

 

「いやいや、そんなわけないだろう。僕が可愛い弟子に酷なことを強いると思うのかい?」


 そう言うと、即座に。

 

「思うわ」


 僕の契約相手が裏切っていた……。

 

「……そうなの?」


 ウェルティナの裏切りに、僕の言葉を信じようとしていたフィアルテまでもこちらを疑惑の目で見つめてくる。

 

「フィアルテ、騙されないでくれ。ウェルティナは口八丁手八丁にて君を丸め込もうとしているんだ。そして今もおそらく、ありもしない罪で僕を責め立てようとしているんだ……」


「あんたねぇ、それじゃあたしが悪の審判者みたいじゃないの……!?」


 ウェルティナが憤然と食って掛かった。

 

 しかし、僕の言はすべて事実に基づいている。

 ならばこそこれを機に、フィアルテをウェルティナの暴虐から僕を守る盾、もとい僕の味方にしてしまおう。

 後輩たるフィアルテには、ウェルティナも強くは出れないはず。

 ついに僕はウェルティナの魔の手を封じ、安寧を手に入れて見せる……!


「そう、そして悪の制裁者でもある……! フィアルテ、僕と共にウェルティナの言いがかりを正そう」


 僕は、フィアルテに向かって手を伸ばした。


「……なんと……!」


 ウェルティナやベーチェルよりも大人しく落ち着いた雰囲気を持っているフィアルテだが、これでも生まれたばかり。

 それゆえにとても純真な彼女は、僕の言葉を真に受けていた。

 

「フィ、フィアルテ違うのよ。こいつの方があなたを惑わせようとしているのっ!」


「さあ、僕の手を取るんだ。フィアルテ……!」


 僕とウェルティナの間で、フィアルテの目が行き来を繰り返す。

 彼女の内心では、同じように信頼の針が振れているはずだ。

 

 僕とウェルティナは、固唾を飲んで彼女の決定の行く末を見つめた。

 

 そこに――。

 

「あの、賢者様」


 今まさに食堂に通りかかったらしいアイラが、廊下から僕に向かって話しかけてきた。

 

「なんだい、アイラ? 今、僕のこれからをかけた賽が投げられたところなんだが」


 真剣さを醸し出しながら先を促すと、彼女は一歩後ずさりながらも聞いてくる。


「ではお手間は取らせないよう、ひとつだけ。ベーチェル様はどこにいらっしゃるのでしょう? 昨日お菓子作りを間近でみたいとおっしゃっていたので、今日一緒に作ることを約束していたのですが……どこにも姿が見えなくて……」



 …………あ、これは危険だ。


 

「さ、さあな。そ、そこらへんを散歩でもしてるんじゃないか?」


 アイラに目を合わせないようにしながら、そう返す。

 

 しかし僕が流す冷や汗を、ウェルティナは目ざとく見咎めたらしい。

 じーーーーっと、彼女は僕を見つめてくる。

 

「……あやしいわね。あんたなにか隠してるでしょう」


 彼女がそう言って僕に詰め寄ると、芋づる式に他の面々も僕にじっとりとした視線を向けてくる。


「……賢者、あやしいの?」


「賢者様?」


「師匠?」

 

 冷や汗が、ダラダラと流れるのを感じる。

 だが、言葉を上げたなかに一名、やるべきことがある弟子が混じっている気がしたが……。

 

 僕は、気力を振り絞って否定の言葉を出そうとする。

 

 ――しかしそのとき、僕の隣の椅子に置かれた袋がゴソゴソと動いた。

 

「……それ、なにが入っているのかしら? 今動いたような気がするのだけど」


 ……。


「ちょっと、失礼しますね。賢者様」


 あ、ちょっと待て――と僕が声を上げる前に、いつの間にか接近したアイラはスルリと袋を掴んでいた。

 

 そして袋を開いて覗き込んだ彼女は、顔を上げるとひどく冷たい眼差しで僕を見つめると言った。

 

「賢者様、これはさすがにどうかと……」


 ウェルティナ、フィアルテも袋を覗き込むと声を上げた。


「ああ、ベーチェル! なんでそんなところに!」


「……捕まってる、の?」


 ゴソゴソッ。

 まるで存在を訴えかけるかのように、袋の中身は大きく動いた。

 

 ……そう、袋の中身は、ベーチェルだ。

 そして、そこに押し込めていたのは他ならぬ僕である。

 

 ウェルティナが僕へと視線を向けると、笑みを見せた。

 それは、僕にとって鳥肌が立つ笑顔だった。

 

「ねえ、なんでベーチェルがこんなところに縛られて入っているのかしら?」


 笑いながら、煙にまくことなど許されないような気配をウェルティナは発する。


「……僕が、そうしたからだ」


 僕は白旗を揚げて、白状した。


「へえ、なぜかしら?」


 ウェルティナは間髪入れずに、理由を問いかける。


「なぜか、か……。それはだな……」


 僕は決意を固めると、大きく息を吸った。

 

「ベーチェルがいると、クレアの講義や修行がまったく進まないからだ!!」


 そして、声高に言った。

 帰還した日は休みにしたけれど、昨日はもう講義や修行を開始しようとした。

 しかし――。

 

「あいつが目の前でかまってかまってと飛び回るものだから、なにもできなかった……」


「……ああ、そうだったわね」


 昨日のベーチェルの様子を思い出したのか、遠い目をするウェルティナ。


「だから今日は前もって、邪魔にならないよう大人しくしてもらおうと……」


「手元に捕らえておいた、と」


 半眼になりながら、アイラが僕の言葉を締めた。


「わからなくもないけど……それはちょっとどうなのよ、あんた」


 ウェルティナが、僕をげんなりと見つめた。

 うん、僕も少しは良心が傷んだ。しかし、こうでもしないとベーチェルは止まらないと思ったんだよな。

 

「とりあえず、アイラがベーチェルを見ててくれるなら解放しようか……。≪戻れ≫」


 僕がベーチェルの拘束を解除すると、袋から自由の身になったベーチェルが飛び出した。

 そして彼女はウェルティナに抱き着くと、僕を指さしながら言う。

 

「ウェルティナ姉さんーー! 賢者がねー、ひどいんだよぅ。クレアが大事だからー、ぼくは邪魔だって……。暗かったよー、怖かったよー」

 

 なんだか、悪意のある言い方に聞こえるのだが。

 最後の方は棒読みに聞こえるし、不自然だ。

 

 そしてなぜか、クレアが「だ、大事。私が大事」と赤くなった頬を抑えて身をくねらせていていた。。

 ……まあ、それは置いておこう。

 

「よしよし、ベーチェル。そうね、あいつがひどいし悪いわね」


 妹分の泣きつきに、ウェルティナがこちらをジロリと見る。

 ……その隣で、舌を出しているベーチェルには気づかずに。

 

 やっぱりベーチェルめ、やつは確信犯だ……。

 

「ほら、あんたは一言くらい謝りなさいよ」


 ……ベーチェルがその気なら、どうなっても僕は悪いとは思わないぞ。


「……僕は、一言だって謝らない。なぜなら僕は悪くないからだっ」


 

 眉を吊り上げたウェルティナは、聞く耳をもたずに僕の耳を引き延ばしたのだった。

 


 ***


 

「理不尽だ。なぜ、いつも僕だけ……」


「あんたは、少しくらい年相応の対応をしたらどうなのよ……」

 

 大人な対応をしろと、暗にウェルティナは言う。

 しかし、それをいうなら――。

 

「そっくりそのまま、ウェルティナに返すよ」


 ビシリ、と空気が凍った気がした。

 

「……あんたは、ほんと、懲りないわね」



 再び、暴虐は僕を襲った。

 

 

 ***

 

 

 僕は、耳を抑えながら机に突っ伏していた。

 

「し、師匠。大丈夫ですか?」


 おろおろと、僕にクレアが言葉をかける。


「ああ、大丈夫、だ」


 そんな弟子に、僕は痛みを堪えて言った。


「それよりも、フィアルテはなんでクレアの後ろに隠れているんだ?」


 クレアの頭の後ろにくっついて、隠れているつもりらしいフィアルテの真意を尋ねる。

 

「それが……」


 クレアが促すようにすると、フィアルテは顔だけ出して僕に聞いてくる。

 

「……わたしも捕まえない? 閉じ込めない?」


 ああ……なんてことだ。

 

 ……フィアルテの前で、僕はなんてことをしていたのだろう。

 彼女は、それこそ数日前まで囚われの身だった。

 それなのに、その心の傷を無神経に触れてしまったのだ。

 ベーチェルを抑えるために安易な方法へと走ったことに、今更ながら後悔の念を覚える。

 

「すまない、フィアルテ。絶対に、僕は絶対に君を捕らえることなどしないよ」


 フィアルテに目を合わせて、言う。

 そして、僕はクレアの頭に手を乗せた。

 

「それに君には、もうクレアがいる。僕が信じられなくても、クレアなら信じられるだろう?」


 フィアルテは頷く。

 

 次に、僕はクレアに聞く。

 

「クレア。君は、僕を信じてくれるかい?」


「もちろんです、師匠!」


 彼女はその青い瞳で力強く――これでもかと言うほどに――信頼を伝えてくれる。

 僕は彼女の信頼に応えるように、ゆっくりと頭を撫でた。

 

「君の信じるクレアは、僕を信じてくれている。だから君も、僕を信じてほしい」


 思いのすべてを乗せた僕の言葉は――。

 

「……そう、だね。クレアはこれ以上ないくらい、あなたを信じてる」


 クレアは顔を赤くしながらも、フィアルテを止めることはせずに見守る。

 

「……だから、わたしもあなたを信じるよ」


 ――フィアルテに確かに届いた。

 彼女のやわらかな笑顔が、それを証明していた。

 

 ウェルティナもベーチェルも、先ほどまでのことなどすっかり忘れた様子でそれを穏やかに見ていた。

 

 

 ***

 

 

 その後。

 またしても講義が進んでいないことに、僕は気づいた。

 よって、講義中の室内は精霊の立ち入りを禁止することを決定する。


 しかし、あとから振り返れば後の祭りではあるが……。

 僕が頭を悩ますのは、これからだったのだ。

 ――部屋から放り出した精霊たちが、結託して報復に乗り出したために。


 ……そのときのことは、思い返したくない。

 

 

 


蛇足になりかけてるかもしれない、エピローグまるいちでした。

次話で囚われの精霊編の幕を閉じようかと。


これからも拙作をよろしくお願いします。

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