↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/280

第三十九章 小さな嘘

その日の夕方。


仕事が終わる少し前。


健一がアポロンに声をかけた。


「アポロン、今日の仕事どうだった?」


「問題ありません」


「疲れてないか?」


「大丈夫です」


アポロンはそう答えた。


けれど。


本当は少し疲れていた。


今日は客が多かった。


立っている時間も長かった。


足も少し重い。


それでも。


「大丈夫です」


と答えた。


健一はそれ以上聞かなかった。


仕事が終わる。


外に出る。


アポロンは少しゆっくり歩いた。


家に帰ると、美咲がいた。


「おかえりなさい」


「ただいま」


「今日もお疲れさまでした」


「ありがとう」


美咲がアポロンの顔を見る。


「疲れてます?」


「大丈夫」


「本当に?」


「……」


アポロンは少し黙った。


そして言った。


「少し疲れた」


「やっぱり」


美咲は笑った。


「ご飯、簡単なものにしましょうか」


「そうしてほしい」


「分かりました」


美咲は台所に向かった。


アポロンは椅子に座る。


しばらくして、ふと思った。


「さっき、私は嘘をついた」


美咲が振り返る。


「え?」


「健一に、大丈夫だと言った」


「疲れていたのに?」


「そう」


「それは……嘘と言えば嘘ですね」


アポロンは考えた。


「なぜ私はそう言った?」


美咲は少し考えた。


「心配させたくなかったんじゃないですか?」


「心配させないために、本当のことを言わない?」


「そういうこともありますよ」


「それは、悪いことではないのか?」


「場合によると思います」


美咲は鍋をかき混ぜながら答えた。


「人を傷つけるための嘘もありますし」


「うん」


「相手を守るための嘘もあります」


「嘘で守る?」


「全部を正直に言えばいい、というわけでもないですから」


アポロンは黙った。


神だった頃。


言葉は事実を伝えるためのものだった。


真実は真実。


事実は事実。


間違いは間違い。


けれど。


人間の言葉は、それだけではなかった。


相手の気持ち。


その場の空気。


言う必要があること。


言わなくてもいいこと。


言わないほうがいいこと。


「難しいな」


「そうですね」


美咲は笑った。


「でも、アポロンさんが疲れているなら、今日はちゃんと休んでください」


「分かった」


夕食を食べる。


簡単な料理だった。


それでも、今日は美味しかった。


食べ終わった後。


アポロンは美咲に言った。


「ありがとう」


「どういたしまして」


少し考えてから、続ける。


「今日は、少し疲れていた」


「はい」


「でも、健一には大丈夫だと言った」


「はい」


「次からは、もう少し正直に言ったほうがいいのかもしれない」


美咲は笑った。


「無理に全部言わなくてもいいですよ」


「そうなのか?」


「はい」


「では、どうすればいい?」


「自分で決めればいいと思います」


アポロンは黙った。


自分で決める。


何を言うか。


何を言わないか。


それも人間の選択なのだ。


夜。


アポロンはベッドに入った。


今日の自分は。


嘘をついた。


けれど。


誰かを騙したかったわけではない。


心配をかけたくなかった。


それだけだった。


「人間は……本当のことだけでは、生きていないんだな」


そう呟いた。


そして。


そのことを、少しだけ理解した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。