トロイア会戦
戦いはオレ達が正面の帝国ヨルムンガンド軍に向け急進し、攻撃をかけることで始まった。タイタン同士の戦いは、小型のフェンリルではヨルムンガンドにたいして、やはり不利だ。ある程度のところで接近をやめて、ワルキューレで攻撃する。
城での作戦会議で決め、訓練をやってきた通り、ワルキューレたちはこれまでのロングスピアを廃止し、装備を替えた。
右手には片手で持つ曲刀ファルシオン、左手には肩から膝まで覆う大きな盾を装備している。ファルシオンは未使用時には刀身は無い。戦う時にのみエーテルで刀身が形成されるエーテル・ファルシオンだ。ロングスピアのような実体の刀身をエーテルで強化するものより若干威力は劣るが、重量がない。非力なワルキューレでも素早く振ることができる、だけではない。無重力下でも反動なく振るうことが出来、取り回しが圧倒的に向上している。
この装備と訓練の効果が今日、占われる。
出撃――
戦闘精霊が加速するには、出撃中は補給できないマルクト粒子を放出する必要があることは、すでに説明した。
出撃のための敵方向への加速は、無視できない消費になる。
オレが来る前からワルキューレは、フェンリルの前脚で押し出されて出撃する方法をとっていた。
乙女たちが次々と投射されていく。
「カティア、出ます」
「ジル、行きまーーす!!」
どう見ても、あのシーンだよな。
思わず例のBGMが鼻歌、というか鼻歌には乗りにくいのでスキャットになった。
ごめん、カッコよく言いました。小学生のようにズンズン〜と歌った。
本営護衛に残ったリーゼが、呆れたように言う。
「その歌、頭の悪い人みたいなんで、止めてもらっていいですか?」
(……リーゼさんの意見は、ロマンというものの効果を最初から無視してるんですよ。
優秀な人の考え方とは言えないと思います)
◆
ヨルムンガンドの召喚士、タムラは三十三歳。七年前に帝国に転生して以降、召喚軍司令として着実に任務を果たしてきた。
アキラ軍の急進を知っても驚きはしなかった。アキラ軍の情報も入っている。ハズレと言われてる。タイタンのフェンリルは小型で戦闘力は劣る。ミニオンのワルキューレはタイタンを攻撃する能力はあるが、運動性がなく、ミニオンで迎撃すれば問題ないという。
「一か八か突破に出たか。可哀想だが二日遅いな。」
タムラは自分の軍がアキラに負ける訳がない、とは思っていない。そのように軽薄であれば七年生き残れなかっただろう。戦場のことである。アキラが何か奇策を考えていれば同数であるヨルムンガンドが劣勢に立つ可能性もある。
そうなってもタムラには保険があった。アキラのすぐ後ろにユウトのガルーダがいるのだ。アキラが何をしようが、ヨルムンガンドが完全な危機になる前にガルーダが側背をつき、包囲は完成する。タムラはそこは余裕をもっていた。
しかし、その余裕は十分後には違和感に、二十分後に苛立ちに変わった。こちらのミニオン、ピラニアがあまりにも押されている。
鈍重と言われていたワルキューレがあり得ないほど素早い。ピラニアが背後から攻撃しても迎撃して墜としさえしている。
「粒子をバカ使いしているのだ」
タムラは結論した。粒子とは推進剤にあたるマルクト粒子である。なるほど初陣の召喚士らしい愚かな策だ。
「しばらくやり過ごせ。息切れしたところを撃ち墜とせ!」
タムラの対処はしかし外れた。ワルキューレが粒子切れになる様子はない。ピラニアを後退させたことでタイタンのヨルムンガンドに被害が広がった。
カティアは高揚感を感じていた。
最弱と侮られてきたワルキューレが戦場を支配している。
この状況をアキラの策がもたらしたことは否定しようがない。
白い戦士が赤い大きな盾を持って行ったと彼がいう、盾を重心にして反動で体を振るジグザク動作。これまで、敵方は今も、マルクト粒子を噴射してここ一番でしか出来ない回避動作を常に、牽制として行うことができる。帝国軍のピラニアはワルキューレに狙いを定めることができず、一方的に撃墜された。護衛を失ったヨルムンガンドはワルキューレに肉薄され、ファルシオンで次々深手を負っている。
(あの男⋯⋯)
召喚の日、自分が不潔な――酒と女官の臭いを振りまいているのにも気づかず、気休めを言うだけだった頼りない男⋯⋯。
カティアの中の高揚感は別の熱に変わろうとしていた。
右側にピラニアを見つけた。
カティアは左手の盾を手放し、ドアを開けるように盾の端を押す。反動で彼女の体は盾の後ろに隠れ、体と盾が回転する。敵に向き直り、盾の裏面にも設けられた持ち手を握り直す。 アキラが発案し、カティアが洗練させた動作だ。これだけのために以前は粒子を消費していた。
ワルキューレ全員はこの動作を訓練し、ある程度は出来るようになった。アキラはずいぶんと喜んでいた。
「エースの学習コンピュータデータ(?)がリョウサンガタ(?)にイショク(?)された!」
こちらが全く分からない言葉を連発していたアキラの子どものような目。
「⋯⋯」
先ほどのカティアの中の熱は、彼女が気づく前に、消えた。
ヨルムンガンドの主精霊、ケトスは彼の召喚士と同じ苛立ちの中にあった。もはやピラニアは駆逐されてしまい、ヨルムンガンドたちはワルキューレに取りつかれファルシオンにより傷を負っていた。
光学センサーに当たる目や、音響センサー、エーテルブラストの発射部である口を次々破壊されている。
しかし、ケトスの感情は苛立ちにとどまり、破滅を予期はしていなかった。撃沈されているヨルムンガンドは殆どいなかったのだ。所詮はミニオンの攻撃だ。表層を破壊してもタイタンを沈めることなどできない。
「今は耐えろ!ガルーダが来てくれる!そうなれば逆転だ!」
ケトスの考えは正しい。ミニオンの攻撃力でタイタンを沈めることは極めて難しかった。
タイタンがミニオンの母艦でもあることは、すでに述べた。
機動兵器に対する母艦は、一発の被弾で爆散するような脆い存在であると、読者はイメージするかもしれない。
しかし、それは誤りだ。
核融合炉を動力源とし、光線砲を主武装とする宇宙戦闘艦がそうであるように、タイタンには致命的な急所はない。
その巨躯に相応しい、圧倒的な耐久力を有しているのである。
理由もまた、宇宙艦艇と同様だ。
まず戦闘精霊の動力源は、マナを活性元素エーテルに変換するエレメンタル・コアである。
これは核融合炉と同じで、稼働中に破壊されても暴走することはなく、ただ静かに動作を停止する。
水素が引火したところで核融合とは比較にならない小さなエネルギーしか発しないように、マナが破壊を引き起こすことはない。
また推力を得るためにエーテルを作用させて放出するマルクト粒子も宇宙艦艇の推進剤と同じく、不活性な物質である。こちらはエネルギーに触れてもほとんど危険はない。
そしてタイタンが体内に貯蔵するエネルギーも、きわめて小さい。
宇宙艦艇がコンデンサーに電力を蓄えているのと同様に、武器や推進に使用する数十秒分のエーテルを蓄えているのみである。
一回の戦場で使用する燃料と火薬をすべて積んでいる二十一世紀の艦艇とは、全く異なる。
だからこそ、タイタンであるヨルムンガンドは「沈む」までに時間がかかる。ガルーダの側背攻撃は十分間に合うはずである。
しかし、その前提はアキラの第二の策により打ち砕かれる。
前線のワルキューレからアキラに報告が入った。
「ワルキューレ隊は目標を十分に達成」
アキラは命令を下した。
「フェンリルは紡錘陣形!突入する!」
散開してヨルムンガンドのエーテルブラストをやり過ごしていたフェンリルは陣形を収束させ、突撃した。
小型のフェンリルが格上に前代未聞の突入を敢行。反撃を受け壊滅するだけの自殺行為であるのが常識だ。
しかし、ヨルムンガンドの反撃は弱々しかった。ワルキューレによる機能破壊、取り付いてのファルシオンによる精密攻撃で攻撃能力を奪われていたのだ。
あり得ない距離に近づき、アキラは攻撃命令を発する。
フェンリルによるエーテルブラストのゼロ距離射撃――!
乱射を受けてヨルムンガンドは次々に沈んでいった。
アキラは会心だった。感涙すら込み上げていた。人型兵器と軽巡洋艦による機動部隊が、大艦巨砲の大軍を駆逐したあの伝説の戦役!それが自分の戦術により実現しているのだ。
「召喚士タムラ、アーク・ケトスともに撃破!」
前線のワルキューレに報告が入り、乙女らしい歓声が起こる。
「もう帝国はボロボロだね!やっつけるよ〜!」
ジルが勇躍する。しかしカティアは冷静に言う。
「必要ないわ。みんなをまとめておいて」
本営のアキラにも報告が入る。
「掃討は必要ない。ワルキューレを戻して移動縦陣。ガルーダの右翼を狙うぞ。」
ここまでは会心であったが、会戦はまだ半分といったところだった。




