ハズレ召喚士軍、包囲される
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神聖歴九百四十二年初秋、長竜の月三日。
王国と帝国の境にある街、トロイア近郊。この地で、王国の召喚士ユウト、同じくアキラ、帝国の召喚士タムラ、それぞれが率いる三軍が対峙した。
歴史書は戦いの結果をこう記す。
『王国軍は内紛により遠征能力を喪失し、王都への撤退を余儀なくされた』
内紛の発端は、六日前にさかのぼる。
裏街道を進むアキラ軍が敵の召喚士軍を発見し、遠征軍司令部はユウトを援軍に送ることを決定した。
王国騎士団長に呼びつけられた夜、ユウトは上から目線の声でこう命じられた。
「ユウト殿。アキラ殿の軍が裏街道で苦戦するのは目に見えている。
貴公の軍で救援に向かえ。早めに合流し、敵を押し返せ」
ユウトは丁寧に頭を下げつつ、提案した。
「恐れながら、アキラ殿が敗退してから動いた方がよろしいかと。
敵戦力が減じたところを叩けば、損害を最小限に抑えられます」
騎士団長は鼻で笑い、地図を強く叩いた。
「それが各個撃破というものだ、わかっておらんのか?
敵が二人、こちらも二人とする。
こちらが二手に分かれ、一人ずつで戦ったらどうなるか?
最初は二対一。一人も倒せぬまま、こちらは敗れるであろう。
そして次もまた二対一だ。
そなたは、そのような愚策を申しておるのだよ。
分かったら、さっさと行け」
ユウトは黙って一礼した。
だが、胸の奥で屈辱が熱くくすぶった。
演習で圧倒的な差をつけた自分が、たかが騎士団長に「基本も知らん」「愚策」と面と向かって罵倒される。
アキラの尻拭いをしろと言われているも同然だった。
城での日々も、決して華やかではないと彼は感じていた。
初日の宴会こそ豪勢だったが、その後の食事は普通の騎士以上、伯爵未満といった程度だ。
肉は出るが、香辛料の効きは控えめで、果物の種類も限られていた。
自室も貴族待遇ではあったが、そこは基本的に中世である。
暑さで寝苦しい夜に、エアコンなどあるはずもない。
ユウトは一度、大きな鉄缶に氷を入れてよこせと要求してみた。
だが「費用がかさむ」という理由で、あっさり断られた。
そんな折、彼は試しにスパルナの一部を「バイト」に出してみた。
商隊の護衛や、辺境の魔物退治だ。
結果は予想以上だった。
補給を一切必要としない戦闘精霊は、依頼主にとって都合が良すぎる。
報酬がどんどん積み上がり、ユウトは自前で上等な葡萄酒や絹の衣服を揃えるようになった。
そして念願の「氷エアコン」も、自費で作らせることができた。
大貴族たちは、陰でこう囁いていたらしい。
「召喚士など兵力だけ持っていて、領地がない。
片手落ちなのだから、黙って控えておればよいのだ」
彼らは決定的な点を見落としていた。
召喚軍はマナを糧とする。兵站が要らない。
領地からの税収など、必要ないのだ。
王国に従って何の得があるのか?ユウトの不満は大きくなっていった。
その頃、帝国からの内通の使者が密かに接触してきていた。国軍のかなりの割合を占める指揮官である。当然そんな話はあるだろう。
「帝国では召喚士をもっと高位で迎えます。
侯爵に準ずる待遇、独自の領地も用意する。
貴公の軍の価値を理解せぬ王国の飼い犬にしておくのは惜しい」
ユウトは王国から離反すると決めた。
アキラ援護の命令に従い、本隊と軍を分離した直後のことである。
打ち明けられたアウルムが静かに口を開いた。
「あなたは面白い。よく気づかれた。
あの国は戦の理を分かっておらぬ。
我らが風下に立つ理由などないのです」
ユウトは切れ長の目を細め、心の中で呟いた。
そうだ。何が各個撃破だ。
戦場しか分からない猪は、あいつらの方だ
「わかった。帝国に乗り換える」
アウルムが翼をわずかに広げ、満足げに頷く。
「そうです。賢者が愚か者の、強者が弱者の下になるなどあってはならない。
まずは、あのハズレ召喚士を確実に始末し、帝国への手土産と致しましょう」
ユウトは地図を指でなぞった。
「軍を二分する。
前後三方から包囲して退路を完全に断つ。
帝国の召喚士が引きつけている間に、我々が包囲を完成させればいい」
アウルムは静かに応じた。
「承知いたしました」
——読者はここで、ユウトとアウルムを「各個撃破の危険を理解しない愚将」と思ったかもしれない。
しかし、戦場にはもう一つ、重要な概念が存在する。
包囲機動である。
再び、敵味方それぞれ二人で戦う例を考えてみよう。
一方が二手に分かれ、前後から挟み撃ちすればどうなるか?
別れた側が勝つであろう。
各個撃破と包囲機動。
どちらが勝るかは、結局「場合による」のだ。
ユウトは王国に離反の「軍使」を立てた。
謀叛、裏切りではない。
王国と対等な勢力として、愚か者との同盟を破棄するのだ。
こうして彼は、着陣前に正式に陣営を変えた。
戦場で刀を交えることもなく、ただ静かに、王国を捨てた。
――歴史書には、この戦いについて次のような記載もある。
アキラ軍の幹部は戦いに至った経緯にたいして述べたという。
「何が『合従連衡は武門の常、着陣に至る前の決断ゆえ赦されよ』だよ!ここまで近づいてたら一緒だっての!あの『ピー!』頭、顔見たらぶっ飛ばしてやるんだから!」
リーゼが眼鏡の位置を直し、淡々と指摘する。
「ジル。今は戦況の整理を優先してください」
「だってムカつくんだもん!あそこはね、アークの鳥野郎だって最低なんだよ!
『訓練などせずに閨房術でも学んだらどうだ?』とか言ってくんの!
『ピー!』串刺しにして特大ちょうちんて言って売ってやる!」
◇
ちょうちんは焼き鳥のゲテモノ寄りのアレか……
女子校など女しかいない環境の女は、信じられないほど下品になるというが、どうやらワルキューレも同じらしい。
いや違う。
どうやらオレは、重大な危機にあるらしい。
前方には帝国の召喚軍「ヨルムンガンド」がすでに展開を終えている。そして後方、王国側からはユウトのガルーダが迫っていた。
ヨルムンガンドはその軍のタイタンであり海蛇のような姿をしている。大きさはガルーダとフェンリルの間ぐらいだが、その分、ミニオンのピラニアにもタイタンを攻撃する力があり、戦力的にはガルーダとほぼ同じだろう。
「ゴホン……二倍の敵に前後から挟まれてしまった。こうなっては損害を減らすことが第一。即時撤退するしかなかろう」
咳払いでジルの剣幕を区切って、王国の武官が言った。懲罰隊の指揮官というか監視とオレたちの軍監を兼ねる地方貴族だ。
オレは反対だった。
「もう敵に近づき過ぎてしまいました。追撃を受けて損害が出るでしょう」
しかもユウトは軍を分けて退路を塞いでいる。ヨルムンガンドを一度振り切っても、ユウト軍のどちらかに捕捉され、再び殿軍を出すことになるだろう。それは、きつい。
「貴重な戦力を温存するためだ。殿軍に損害が出ることは仕方ないのではないのかな?」
自分たちは優先で逃がしてもらえると思っているのだろう。
オレは静かに口を開いた。
「活路はある。ここで戦います。カティア、戦術A・Sだ」
カティアが短く頷く。
「同じ考えです」
「やった〜さすがカティア!あの…!」
対面が眼鏡の位置を整え、するどい目つきを送る。
「……」
ナイス、リーゼ。
貴族の指揮官が机を叩いて立ち上がる。
「バカな!お前らは用兵を知らん!
我々は脱出する!護衛をつけてもらおう!」
戦いの前に騎士に護衛をつけろ?
そんなだからユウトに逃げられるんだ。
オレは苦々しく思った。しかし、
「承知しました。ワルキューレを十名つけましょう。兵士百人分です」
「カティア!」
めずらしくリーゼが鋭く言う。
オレもこれには賛成だった。この戦術をやるなら戦力は一人でも惜しい。
しかしカティアは動じず、淡々と言った。
「問題ありません」
結局はこの戦術を選ぶこと自体が、戦力の「見切り」なのだ。どこまで削れば崩れ、どこまでなら成立するか――その境界線を正確に読み切れる者でなければ、選べない一手だった。そしてその見切りにおいて、カティアに勝る者はここにはいない。
「あなたがそういうなら……」
リーゼは引き下がった。オレも同じだった。
軍議はまとまった。
貴族たちは脱出し、オレたちは軍を展開させる。
神聖歴九百四十二年初秋、長竜の月三日。
王国と帝国の境にある街、トロイア近郊――
新生したワルキューレたちの初陣、「トロイア会戦」はこうして始まった。




