決着
召喚士と主精霊を失い、統制を失ったヨルムンガンドを放置し、アキラは軍を反転させた。王国への帰路を塞ぐ二手に別れたガルーダ軍のうち、右翼を突破しての脱出を狙う。
右翼の指揮官は勇将である主精霊アウルムだった。当然アキラはこちらの指揮官はユウトであることを願っていたが、情報を得るには時間が足りず運試しになってしまった。
しかし、敵はこちらの半数である。アキラは自信とともにワルキューレによる攻撃をかけた。
接触からわずか一時間後、アキラ軍はアウルム軍を圧倒していた。
一ヶ月前、手も足も出なかったスパルナをワルキューレは逆に完封し、ガルーダに取りついての斬撃で火力をうばう。無力になったガルーダにフェンリルが肉薄し、あり得ない短時間で墜としていく。
アウルムは常に逆転の可能性を探していた。しかし、何もない。
会敵時の違和感、前方に現れたワルキューレは、逃げてきたにしては整然としていた。ヨルムンガンドに勝ったにしては、現れるのが早すぎた。
あの違和感だけを手がかりに瞬間逃走し、ユウトとの合流を選ぶことは予言者でもないアウルムには不可能だった。
そして、黒い髪の乙女――彼の命を刈る者が現れる。アウルムは彼女に名乗る。
「来たか。ガルーダの主精霊、アウルムだ。貴様だけは墜とさせてもらう」
「ワルキューレの主精霊、カティア。参る」
カティアはアウルムのエーテルブラスト充填部を狙う。そのままではフェンリルを何体も失うだろう。
アウルムがエーテルボルトを連射してきた。これまで数え切れないほどのミニオンを墜としてきた猛攻。
カティアは、盾で受け、また盾の慣性を利用した体捌きですべてをかわす。
間合いを詰める。本来ならタイタンに通らないエーテルボルトを近距離から撃ち、翼の要所にダメージを蓄積する。
アウルムはエーテルをふかし、弧を描いてカティアの背後に回り込んだ。すれ違いざま鉤爪を繰り出す。一カ月前のワルキューレなら死角から致命の一撃になっただろう。
しかし、カティアは向き直ってファルシオンで斬り払う。なんとその反動で推進。返す刃でアウルムの喉元を抉る。
エーテルブラストは、封じた。
「⋯⋯!」
アウルムは万策つきた。後は迫るフェンリルに屠られるのみか。その一体の背にアキラの姿を見た。
この男か。わずか一ヶ月でワルキューレを最強の精霊に変え、包囲戦術の常識を覆し、ガルーダを完敗に塗れさせた。
「殺す価値がある」
わずかに残った戦士の血が沸騰する。
狙撃⋯⋯!
1キロ先の獲物を見つける猛禽の視力で狙いを定める。残されたエーテルボルトを、慎重に練る。
思えば、召喚士を殺そうとしたことはなかった。狙撃が卑怯だからではない。召喚士は戦場で新たに召喚するわけでもなく、指揮官として脅威でもなかった。つまりは、殺す意味がなかったのだ。だが、この男は違う――
――カティアはアウルムの狙いに気づいた。
アウルムは、彼を追い詰める自分ではなく、遠くを見ている。最後に残されたエーテルボルトを慎重に構え、狙っている。遠くにいる、狙うべき存在――
そう言葉で考えたわけではない。ただ、直感した。
「マスターを……アキラ様を狙っている……!」
目を見開き、体内のエーテルをすべて解放する。
近くにいたスパルナの残骸を強く蹴りつけ、その反動をすべて加速に変える。鋭く折れる軌跡を描き、アウルムの背中へ。
――文字通りの瞬間の後、二つの翼の間にファルシオンが突き立てられていた。
次代の戦を変え損ねた、アウルムはそう悟った。
まだ命はある。しかし、もうエーテルを操ることはできない。その巨躯は、ゆっくりと漂流を始める。
最期に見るのは彼の死神――そう呼ぶには、あまりに美しいカティアの姿だった。
「……見事だ。先日の非礼を詫びよう」
アウルムは心から賞賛した。
「……靭い……疾い……そなたは、黒い彗星……」
幾息かの後、銀色のエーテルブラストがアウルムを二条、三条と貫いた。
その巨躯は光の粒子となり、散っていった。
アウルム、撃墜。
ワルキューレとフェンリルから、抑えきれない歓声が湧き上がる。
生き残ったガルーダたちは、ユウトとの合流を目指して落ちていく。
王都への道はアキラ達に開かれた。
歓喜の渦の中で、ジルは「ざまぁ」とは言わなかった。
誰よりも静かに、アウルムへ戦士としての敬意を表しているのだろうか。
良い子。
「トロイア会戦」はこうして終わった。
ワルキューレはこれまでと同じく、戦場を敵手に委ねて後退した。
ただし、勝者として。
――六日後、王都に生還したワルキューレたちを迎えたのは賞賛ではなかった。また非難、粛清でもなかった。
軍事国家・皇国が周辺国各国に宣戦布告し、王都は政治的混乱にあったのだ。
斜陽の軍事国家、皇国――
かつて、保有する戦闘精霊スローンズの威力により世界に覇を唱えた。
しかし、悠久の刻は皇国に永遠の繁栄を許さなかった。
その原因は、辺境から新たな作物がもたらされ、各国が豊かになり人口と軍事力を増したことにある。
皇国はその流れに乗れず、他国の発展の分、優位を失った。
スローンズの活動のためには古来からある神聖麦マナ=グラナの栽培を国家規模で行う必要があったのである。
百年前はマナ=グラナは国民の食物として十分であり、それでよかった。しかし、他国が新作物により人口を増すと、皇国の落伍は隠しようがなくなった。もはや増産のための農地は無かったのである。
皇国元老院は限られた農地から増産を引出すべく国民の力の大部分を注ぎ、国民は重労働に耐えたが、生産は頭打ちであった。
そして元老院は事態を打開するため、禁法による単体戦闘精霊セラフィムの運用を開始し、周辺国へ侵攻したのである。
王国軍は帰還したワルキューレに休む間も与えず皇国戦線への転属を命じた。
その日、神聖歴九百四十二年初秋、長竜の月九日。
歴史書は新たな一章を記し始めた。




