第7話
あの夜から銀心の様子が変わりつつあった。
どこか冷めた目をしていたのに、警戒心丸出しの琥珀を見て穏やかに笑う事が多くなったのだ。
だからといって暗殺行為を止めた訳では無い。
只それも琥珀をからかうだけのものへと変わってきている。
側近達は、そんな二人に懸念を抱きつつそっと見守るのだった。
そして奉納の舞を終えて二週間が経った頃。
他方から白虎演舞の視察を終えた者達から謁見の要請があり、琥珀と黄花がそれに応じた。
正殿の一番奥にある玉座の前で帝姫を待っていたのは二人の男。
一人は近衛軍の将を務める武官、悠晴の父でもある趙太旺だ。
墨色の礼袍には胸と背に交差する双剣の紋が金糸で描かれていて、優男の悠晴とは真逆の寡黙な男。
そしてもう一人は辺境軍の将を務める武官、白髪混じりの髭を鼻下に蓄えた戌隆玄である。
彼は濃紺の礼袍に鷹を模した紋を劉家と同じく金糸であしらっている。
古くからの名門ではないが、先々代が軍功を上げ現在の地位を築いた豪族である。
その隆玄が今にも噛みつこうと言わんばかりに声を荒げる。
「殿下、もう一度『白虎演舞』を行っていただきたい。 このままでは桂邑が悪鬼達に攻め入られてしまいます!」
「……どういう事だ?」
「先日の白虎演舞は完遂しておりません。 最西の地、桂邑には白虎が姿を見せなかったと部下から報告を受けました」
まさかの報告に琥珀達は驚愕する。
その内の一人、太旺が眉を寄せて口を挟む。
「隆玄殿、それはなにかの間違いなのでは? 私が見た白虎演舞はこれまで同様大変素晴らしいものでしたよ。 あれほど力強く天を駆ける白虎が最西に辿り着かなかったとは到底思えませんぞ」
「そんなことはない! 貴様、私の部下の目が節穴とでも言いたいのか!」
「二人共、一旦落ち着いてくれ」
言い争いになりそうな二人を止めて、琥珀は溜息をついた。
「白虎が姿を見せなかったというのが本当なら何かしらの手は打たねばならんな……」
「それでしたら殿下、『刀剣顕現の儀』を行っては如何です?」
すると今度は太旺がジッと琥珀を見据え提案をした。
刀剣顕現の儀。
それは戦女神が帝と剣を作ったとされる儀式を指す。
伝承では悪鬼を倒す為の剣を作ったとされているが、実際は戦女神の神力によって帝を剣に変えて共に戦ったと言われている。
それからは戦女神の神力を受け継いだ姫君は夫を迎えると、儀式を行い共に悪鬼と対峙するよう盟約を結ぶしきたりになった。
しかしそれができるのは成人となる十六歳まで。
その期限が過ぎると姫君は戦女神の眷属である白虎にその身を明渡し、次の帝姫が生まれるまで自身が神獣となってこの国を守る事になるのだ。
琥珀は十六歳になるまで、あと二ヶ月をきっていた。
「儀式はしないと何度も言っておるだろう。 それに後二ヶ月もすれば私の身は神獣白虎のものになる。 それまでどうか辛抱してもらえぬか」
「何故です? これまでは相手がいなかった故に不可能でしたが、今は婚約者を迎えたのです。 儀式を行えばいつ何時悪鬼達が襲ってこようとも、そのお姿のままで戦う事ができましょう」
「……」
「何故そう頑なに拒否されるのですか?」
食い下がる太旺の進言に琥珀は目を伏せ小さく左右に首を振った。
その様子を見て隆玄は口を弓なりに歪めた。
「ならば尚の事桂邑まで来ていただかなくては困りますな! 殿下が神獣に身を捧げるまでの間に悪鬼達の襲来があれば大問題です!」
「……確かにそうだな。 悪鬼がそこまで来ているというのなら私が直接出向こう」
するとずっと静聴していた黄花が声を荒げた。
「いけません!! 貴女様がいなくなったら帝都はどうなるのです!」
「最西まで行って戻っても十日もかからないだろう。 その間菊水宮と帝都の警備は太旺に任せる」
「ですが……」
「勿論太旺を信用しての話だ。 もし排斥派のように不審な動きをすれば、白虎となってそなたの首を食い破りに馳せ参じよう」
琥珀の冷酷な瞳にゾクリと背筋を震わせる太旺の隣で、隆玄は益々口角を上げた。
「それはそれは大変有り難い。 殿下に来て頂ければ、辺境軍の士気も上がります」
そう言って隆玄は居住まいを正すと、両膝で跪き深々と頭を下げた。
琥珀はそれを一瞥して『そうか』とだけ呟いた。
「準備が整い次第すぐ向かう。 皆の者、よろしく頼む」
「「「御意」」」
隆玄を除く二人は苦渋の顔を浮かべたまま拱手し、謁見は終了となった。




