第28話
「まさか……、刀剣、顕現を……? 本物、か?」
琥珀の手の中にあった玉佩は消え失せ、代わりに琥珀の半身ほどの美しい直刀へと姿を変えていた。
だがその刃は急所を知り尽くした様な冷徹さを孕み、以前己が送った暗殺者の姿を彷彿とさせる。
「勿論道術ではない。 心月は正真正銘本物の直刀だ」
そういって琥珀は横一閃に振り抜いた。
すると階段下で琥珀を待ち伏せていた武官達が突如叫び声を上げて一斉に吹き飛ばされる。
「何ぃッ??!!」
一瞬の事で何が起こったのか理解が出来ず、景禍と隆玄はこれでもかと目を見開いた。
「大丈夫、斬ってはいない。 心月はちゃんとわきまえてるからな」
琥珀の言葉にハッと、呻き蹲る部下達を見ると確かに誰一人血を流していない。
ただ殆どの者が目を回しとても戦える状態ではなかった。
残された景禍や隆玄の顔から血の気が引いていく。
「さて、今回の件で私は相当怒っているんだ。 何故か分かるか? 隆玄」
名指しされ、『ヒッ』と小さく声を漏らした隆玄はドシンと尻もちをついた。
「十年前、景禍を逃がす手助けをしたのはそなただろ。 いや、戌家かな? 実力で上を行く冬家を疎ましく思っていたのは景禍だけではなかっただろう」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「そなたは前々から怪しいと思っていたんでな。 私の側近が修正された冬家の家譜を見つけた時についでに調べてもらったんだ。 修正した者の筆跡をな」
隆玄は琥珀の笑顔の裏から滲み出る怒りに身体が硬直し、ただガチガチと歯を鳴らす。
「そしたらそなたが書いた報告書と家譜に残された筆跡がよく似ていてな。 上手く隠れて書き換えたつもりだろうが、筆跡の癖までは隠せてなかったようだぞ。 帝都に戻ったら私と一緒に答え合わせをしよう」
琥珀が唇を弧に歪めて笑った途端、心が折れたのか隆玄はぐったりとした様子で頭を垂れた。
そんな隆玄を一瞥した後、琥珀は改めて景禍へと向き直る。
僅かに残っていた武官達を盾にして隠れていた景禍と目が合った。
「おっと今回は逃さぬぞ。 そなたの罪は地よりも深い」
琥珀は澄み切った心月の切っ先を真っ直ぐに景禍へと向けた。
「私欲の為に民を不幸に陥れ、欺きのうのうと暮らしてきたお主を断じて許さん」
その先にあるのは己の心臓だと気づき景禍は息を呑んだ。
「ふ……ふ、、ふふふ……」
すると景禍は肩を小さく震わせる。
「ふ、ははははは!」
そして恐怖を払拭するかのように高笑った。
「小娘が刀を振り回した所で恐れるに足らんわ!! 私には神獣すら飲み込む力があるのだ!!」
景禍は周りで困惑している武官達を雑に振り払い、握っていた大扇を勢いよく開いた。
その瞬間、扇子に描かれていた呪紋から赤黒い焔が噴き上がった。
直ぐ様景禍は大扇を振るうと、焔は瞬時に分散し、無数の蛇となって縦横無尽に琥珀へと襲いかかる。
だが琥珀はそれらが自分の元に届くよりも先に心月の柄を握り直すと、薙ぎ払うかの様に剣を振るった。
ゴォッ!と暴風が吹き荒れると、一瞬にして蛇達は霧消した。
「この程度なら心月が無くとも鉄扇で消せるぞ?」
「くっ……! かくなる上は!!」
余裕の笑みを崩さない琥珀に対し、景禍は苛立ちを滲ませながらも大扇を素早く翻し、鞴の如く風を吹き込んだ。
すると忽ち焔は息を吹き返し、今度は人をも飲み込めそうな程の大蛇と形を変えた。
「さぁ大蛇よ! 喰ってしまえ!!」
「させるか!」
琥珀は全てを飲み込もうと大きく開けた口をめがけて刀を振るう。
だが焔の蛇は長く伸びた朱い舌でそれを弾き返す。
一瞬顔を顰めた琥珀に向かって、焔の大蛇は人の子ども程の大きさの頭を勢いよく振りかぶった。
「うわぁぁぁぁっ!!」
琥珀は攻撃を弾き返すが、面積の大きい大蛇は頭を振るう度に周りを巻き込み建物まで破壊していく。
倒れていた武官達はまるで雨の様に降ってくる崩れた石壁や瓦から必死に逃げ延びる。
更には大蛇の攻撃にも晒され辺りは地獄絵と化す。
(既に動けぬ者もいるというのに、更に甚振るのか愚か者め)
琥珀は心月を短剣に変えて駆け出し、武官達の上に降ってくる瓦礫を破壊していく。
そして景禍に背を向けた瞬間。
「そぉれ! 今だぁ!!!!」
勝利を確信した景禍は恍惚とした表情で大扇を振り上げた。
焔の大蛇は琥珀を飲み込もうと大口を開け、頭上から襲いかかる。
――――パシィン!!
「はぁっ?!」
空を裂く様な破裂音と、間の抜けた景禍の声とがほぼ同時に響く。
すると大蛇は痛みに狂う様にのたうちながらも、形どっていた禍々しい焔はあっさりと勢いを失う。
「よし!」
琥珀は再び心月を直刀に変え残った焔を振り払うと、加速をつけて景禍の元へと駆けつける。
そして本城の入口へと続く階段を上りきり、大穴の空いた大扇を抱え青ざめている景禍を捉えた。
「これで終いだ!!」
琥珀は心月を両手で握り大きく振りかぶると、大扇ごと景禍の体を斬った。
「ぎゃぁぁぁぁぁっっっ!!」
景禍は絶叫したが、その身には傷一つ無く、太刀筋の跡からは血ではなく大量の靄が吹き出した。
それはこれまで景禍や大扇が長年溜め込んできた呪詛や怨念。
一体どれ程浴びてきたのだろう、天へ向かって噴出する靄は未だとどまることを知らない。
その間ずっと呻き声を上げる景禍。
その身体は徐々に衰弱化していき、大きく膨らんでいた身体も服がずり落ちてしまうほどに萎んでいった。
「……『はるか昔、西の大地を裂き空を燃やした鬼がいた』だったかな。 悪鬼は欲にまみれた人間を比喩したものだとも言われている。 今のそなたはまさに神話の悪鬼そのものだったな」
琥珀は複雑な表情で心月を元の玉鳳に戻し、がくんと力を無くし崩折れた景禍を見下ろした。
到底元の身体には戻れないだろう。
命があったのが僅かな救いだった。
「「姫様ぁ!」」
聞き慣れた声に琥珀はハッと我に返る。
次の瞬間、全身に温かい衝撃を受ける。
「「姫様ぁ! ご無事で良かったぁ!!」」
ギュウギュウに琥珀を抱き締めるのは友のように大切な双子の姉弟だ。
「心配かけてすまなかった。 だがもう大丈夫だ」
わぁわぁと泣きながらも琥珀を抱いて離さない二人の背中を優しく撫でる。
「殿下、お見事でした」
そして全身に土埃や煙を被り煤だらけになった悠晴と真瑛が安堵の表情でやってきた。
「そなたらの働きも大変見事だった。 心より感謝する」
美しい笑みを湛える琥珀に悠晴は瞳を輝かせ、真瑛と共に深々と拱手した。
暫くして、白乃が鼻をすすりながら顔を上げた。
「ひ、姫様……、無事に、儀式が出来たんですね! で……、銀心は、今どこに……?」
「……多分ここだ」
「え……?」
琥珀は瞳を伏せ、黒曜石の玉佩を小さく鳴らした。
だがそこに、彼の姿はない。
その意味に皆が息を呑み、辺りが静寂に包まれる。
「そんな顔をするな。 きっと、大丈夫だ」
琥珀は穏やかな声色で、掌に戻った玉佩を握りしめた。




