第26話
(くっ……! このままだと足手まといになってしまう!)
狐目の武官に担がれたまま、悠晴は屈辱に顔を歪ませる。
それを察しているのかいないのか、狐面の武官はどこか楽しそうだ。
「いやぁ懐かしいな。 昔はよくこうやって運んだものだ」
(な、何をだ?! そして何故この男は嬉しそうなんだ!)
そうしている内にどんどん人気のない所へと運ばれ、いよいよかと悠晴は目を閉じた。
「……さぁ、ここらへんにしようか」
不意に降ろされ目をあけると、そこは本城に入る前の前庭。
正確にはその両隣に立てられた朱色の御殿の中だった。
灯りはないが、格子窓からは外の様子が見渡せ、本城に入る前の白の石階段の上には景禍が立っているのが見えた。
「何故私をここへ……?」
「君は殿下の仲間だと聞いてね、手伝ってもらいたくて連れてきたんだ」
そういって武官は悠晴に貼っていた符を外し、狐面も外して前髪を軽く後ろへ流した。
右目には大きな傷があるが、温和な表情に何故か太旺と重なった。
常に眉間に皺を寄せている父親とは似ても似つかない筈なのに何故だろう。
悠晴の困惑した表情をみて狐面の男は苦笑いをした。
「手荒い事をして済まなかった。 私は梁真瑛。 殿下に命を救われた一人だ」
「梁真瑛……ってまさか、符術武官の?!」
「おや、私を知っているのか?」
「冬家と共に西を守った道士で、その最高位にいた天符上卿のお一人ですよね。 しかし彼らは冬家と共に滅んだと……」
「やはりそうか。 皆、あの世に逝ってしまったんだな……」
物悲しげに目を伏せた真瑛の姿に悠晴は言葉を詰まらせた。
「私は年甲斐もなく生に執着しここまで来てしまった。 だが殿下に主君の汚名を晴らす機会を与えられてね、先に潜入して様子を伺っていたんだよ」
「主君の、汚名を晴らす……?」
「ただこの通り目をやられてしまって昔の様には弓を引けない。 そこで君の力を借りたい」
「……」
「勿論断ってくれても構わない。 危険が及ぶ前にさっきいた二人と逃げる方が賢明だからな」
『逃げる』と聞いて悠晴は膝の上でグッと固く拳を握った。
『裏切りの一族』と呼ばれた冬家に仕えていたなら彼も罪人の筈。
だが目の前にいる男の表情に陰りはなく、己の使命を果たそうと頑なな最愛の人と同じ目をしていた。
そんな人を置いて逃げるなど、自分がなりたい姿ではない。
迷い悩んだ末、悠晴は顔を上げた。
「わかりました。 私で良ければ力をお貸しします」
「良かった! ありがとう!」
「その代わり、この件が無事に終われば私に貴方の符術をご享受願います」
「こんな廃れた道術をか? 君は若いのだからもっと実践向きの術を学んだ方が良い」
「いえ、貴方の前ではこれまでの道術など遠く及ばないと身を持って知りました。 だから貴方について一から学び直したいのです」
「これは嬉しい誤算だな……」
真瑛は困ったように眦を下げた。
「符術は文字を学ぶ所から始まるからかなり道は遠い。 それでも良いのかい?」
「はい」
「わかった。 ならばまずは符術を衰退させた諸悪の根源を討つとしようか」
かつて『西境の楯』と呼ばれ、鬼門を閉ざす守護者として戦地に立った将の瞳に、再び闘志の火が灯る。
その雄々しい横顔に悠晴はゴクリと息を飲んだ。
「景禍が使っているのは『反天火』という禁忌の呪紋。 天より賜った神聖な浄火を穢し業火にするものだ。 誤って悪鬼を封じていた祠を壊した時に見つけたらしい」
「天より賜った神聖な浄火……、まさか『白虎演舞』の恩恵を己の力に変えているのですか?!」
「あぁ。 これまで無事に白虎様の恩恵にあやかれていたのは、まだ景禍が未熟だったからだろう。 だが桂邑に白虎が現れなくなったということは、景禍が白虎様の恩恵を食い潰せるほど強くなったという事だ」
「それで殿下を呼び寄せ、蹂躙しようと目論んでいるのか……」
「だから我々は一秒でも早く景禍が持つ『反天火』の呪紋を霊気の矢で討ち術を止める。 ただそれまで弓を引いたままだからかなり厳しいと思うが、どうだい?」
「……やります。 殿下の深情を穢すなど断じて許さない」
「景禍が犯した罪は数知れず。 だが最大の罪は、神獣の恩恵と戦女神の慈悲を私欲に変えた事。 己を差し出す程度では済まないだろうね」
「この事は殿下の耳にも入っているのですか?」
「あぁ。 正直生きた心地がしなかったよ」
真瑛は遠くを見つめ、静かにそう語った。




