第25話
通された客間は身体を休めるのに十分な広さがあるが、深紅の絨毯、黒塗りの柱、長い低卓の背後に炎鳥を模した文様が描かれた重々しい屏風が威圧感を与え、寛げる空間では決してなかった。
そもそも外から施錠されているので、明らかに軟禁されている状態だった。
「くそ! 彼奴等姫様に手を出したら承知しないからな!!」
「白音、落ち着きなさいって。 それにあんまり大声出すと怪しまれるわよ」
「そうですよ。 ここは我々に考える時間を与えてもらったと考えましょう」
そう言って悠晴は備え付けの長椅子に腰を下ろし大きく溜息をついた。
「そもそも私が軽率な発言をした所為です。 まさか殿下を陥れるような事を企ててるとは知らず……」
「いえ、自分達も事情を説明していなかったのもありますから」
白音が顔を曇らせると、悠晴はそれを晴らすような清々しい笑顔を見せた。
「先に申しておきますが、私は殿下に尽くすと心に決めておりますのでそこは安心して下さい」
悠晴の言葉に白音達はホッと胸を撫で下ろす。
この状況下で道術に精通している人間が一人いるだけでとても心強い。
「それにしてもあの二人、姫様をどうするつもりなんだろ。 それに業火の道術って……」
「古くから危険視されてきた道術です。 威力としてはとても素晴らしいのですが、怨念や後悔、中には魂を薪にして業火を生み出す術でもあるので景禍殿が余程のもの好きなのかと……」
「魂って、まさか、銀心も……?」
「どういう事です?」
「あいつの背中に呪紋が彫られてるんです。 裏切ればひどく苦しむみたいで……」
「もしかしたら紋が導火線になっているのでしょう。 ただ生身の身体に紋を刻むのはそれこそ禁忌です。 同じ道士として捨て置けませんね」
「じゃあやっぱり銀心は無理やり暗殺者に……? だったら私、許せないよ!」
悔しげに目尻に涙を浮かべる白乃を宥めるように白音が背を優しく撫でた。
そして悠晴も難しい顔で溜息をつく。
「悠晴様、何とかして戦う方法は無いですか?」
「術を封印してしまえたら良いのですが、封魔系は私も専門外です。 そもそも封魔系は符が書けないと使えませんし、既に廃れた道術ですから」
「それじゃ自分達ではどうすることも出来ないのか……」
そこへコンコンと扉を叩く音が静かに響いた。
ガチャン、と錠が外れる金属音がしたのち、両開きの扉を開けて狐面の武官が拱手して入ってきた。
「失礼致します。 こちらに趙悠晴という名の道士がいると伺ったのですが……」
「……私だが」
「貴方が悠晴様ですか。 景禍様がお待ちです。 ご同行願います」
「悠晴様お一人でですか? 私達は?」
「もうすぐ殿下もお越しになりますので、お二人はもう暫くここでお待ちください」
狐面の武官はニヤリと口を弓の様に歪め深々と拱手する。
悠晴は白音達の方に向き直り、凛々しい笑みを浮かべた。
「何かしら情報が得られるかもしれません。 お二人はここで待っていて下さい」
「悠晴様……」
「私の身に何かあれば父上が黙っておりませんから下手な事は出来ませんよ。 大丈夫です」
「……わかりました」
そうして悠晴は狐面の武官の後について部屋を後にした。
その様子をジッと眺めていた白音は、扉が閉まるなり拳で低卓を思い切り殴りつけた。
「クソっ! これじゃ彼奴等の思うツボじゃないか!!」
「白音!」
「……ッ! ご、ごめん……」
今度は白乃が白音の頭を優しく撫でて宥める。
「悠晴様は国内でも指折りの道士なんだからきっと大丈夫だって!」
「そうだよね、きっと大丈夫……、ってあれ?」
「どうしたの?」
「今の武官、悠晴様の顔……知らなかったよね」
「そういえば……本人が名乗ってやっとわかったって感じだったわね。 道術武官なら絶対知ってると思うけど……」
「……まさか、また別の間者か?!」
白音は急いで扉を開き、左右廊下を見渡すが既に人の気配は無い。
「どうしよう、変な奴に捕まってたら……」
「ねぇ白音……」
「何? 姉上」
「扉、開いてる」
「え?」
白乃に指摘され、白音は自分が握っている扉の両縁を交互に見て目を丸くした。
「何で? もしかしてさっきの武官、鍵をかけ忘れたのか?」
「そんな事ってある……?」
双子は顔を顰め首を傾げるが、これ以上の幸運を逃す手はない。
「わかんないけど今のうちに逃げよう!!」
「うん!!」
そう言って二人は他の武官がいないか確認しながら、朱の柱が果てなく並ぶ廊下を急ぎ足で駆けていった。
◇
一方悠晴は、自分の一つ前を歩く狐面の武官に戸惑いが隠せなかった。
(この男、すぐ制圧できると思っていたのにまるで隙がない……)
その男は身長も高く肩幅もあるが、痩せているので圧倒できると踏んでいた悠晴だったが、穏やかに見せつつ警戒を張り巡らせる背中を見て悠晴はギリッと奥歯を噛んだ。
悠晴は太旺という強大な壁を打破するため、独学で道術を学んだ。
そして自分の力だけで頂点を目指そうと幾度と討伐隊に入り術を極めていく。
その努力が実を結び、今では名の知れた道術武官として近衛軍の殿を務める程に強くなっていた。
なのに自分の前を歩く武官から、その努力をあっさりと打ち砕いてしまうような威圧感を感じていた。
この男、一体何者なのか。
背中にジトリを汗を滲ませながら悠晴は大きく息をついた。
「私を連れて行ってどうするつもりだ?」
「景禍様は貴方を自分の部下にしようとお考えのようです」
「何を馬鹿な事を!!」
「お静かに。 他の者に怪しまれますよ」
「……っ!」
視線だけ後ろに向けた武官に釘を刺され、悠晴は思わず息を呑んだ。
「まぁ怒りたくなるのも仕方ありません。 ただ逆らえば業火の餌食になるか傀儡にされるでしょう」
「そんな事、許される筈がない」
「全くです。 ですが景禍様は常識すら凌駕する力を持っています。 一人で何とかできる問題ではありません」
「……」
「ですから、このまま大人しく私に付いてきたほうが身の為ですよ」
すると悠晴は符を使って霊気の弓を作り出し、青白い炎を纏った矢じりを狐面の男に向けた。
「断る。 ここで私を解放しなければその身体、鎧ごと打ち抜いて磔にしてやる!」
怒りを滲ませる悠晴の言葉に狐面の武官はゆっくりと振り返ると、クスリと薄い笑みを浮かべる。
「弓を扱う道士か……、中々いい目をしてる」
不意を突いた筈なのに、動揺させるどころか褒められてしまった悠晴は困惑した表情を見せた。
「あの御方が一目置くだけあるようだ。 だが――――」
「?!」
一瞬の隙に視界から武官の姿が消えた。
途端に身体が大蛇にでも睨まれたかの様に身体が動かなくなる。
「なっ……?!」
ただならぬ霊気を察し悠晴は視線だけ動かすと、狐面の武官が自分の足元に跪いていた。
そして悠晴の足先には黄色い紙が貼られている。
(まさか……、符術?!)
「ここは敵の手の中。 ここはまだ大人しく私に従っておきなさい。 大丈夫、悪いようにはしないから。 よっと」
静かにそう告げ、狐面の武官はひょいと動けなくなった悠晴の身体を肩に担いだ。
「?!」
身を捩ろうとしても符術の所為で声も出ないし身体も動かない。
「やはりこの方が連れ去ってる感が出るな。 さぁ、行こうか」
そう言って狐面の武官は誰の手も煩わせる事なく悠晴を目的地まで運んでいった。




