第24話
琥珀が攫われ、後を追う様に蘭関を旅立った白音達一行は、その二日後ようやく桂邑へと辿り着いた。
それは西の領地で白虎が現れたとの報告があった二日後のことだった。
桂邑は一度悪鬼の襲来を受け滅びかけた地域ではあるが、町には既にその面影はない。
ただ本城の石垣には焼け跡や亀裂の入った箇所が多数残っており、当時の状況を静かに物語る。
「……白音。 白音ったら!」
「え?! ……姉上、何?」
「何?じゃないわよ。 また考え事?」
「あ……うん、ごめん」
「……何かあったら話してちょうだい。 姫様が連れ去られたのだって、私の責任でもあるんだし……」
「それなら自分にも責任あるんだからそんなふうに言わないで。 それに姫様ならきっと大丈夫だよ」
「……白音はまだ銀心の事、信じてるの?」
「信じてると言うより、あいつの行動にはきっと裏がある。 その裏を掴んで早く姫様を連れて帰りたい。 どのみちここで長居するのは危険だ」
桂邑は秋安国最西の地であり、悪鬼の襲来に何度も晒されてきた場所だ。
先日まで白虎演舞の恩恵がなかったというのだから安心はできない。
すると端木景禍が大勢の武官を率いて白音達を出迎えた。
景禍はまだ四十代ではあるが口上の髭は勿論殆どの髪は白く染まり、実年齢よりもかなり老けてみえる。
そんな彼は太い眉と月のように細い目で恭しい笑みを浮かべ拱手する。
「ようこそお越しくださいました。 ささ、長旅でお疲れでしょう。 我が城でどうぞその身をお休め下さい」
歓迎してくれているようだが、景禍の後ろで控えている武官達は顔に目元を覆う狐の面、黒装束の上から黒鉄の鎧を纏い、その威圧感に白乃は思わず息を呑んだ。
「……おやおや、殿下は何処へ?」
「まさか、姫様はまだ到着していないのですか?」
「えぇ。 皆様こそ殿下と別行動とは一体どういう事です?」
「……殿下なら先日不埒な輩に連れ去られた」
「何ですと?!」
想定外だったらしく景禍は目を大きくするが、悠晴の怒りが滲む声色に景禍はすぐに状況を理解し、絶望した様によよよと項垂れた。
「不埒な輩……、まさか突如辺境からやってきた殿下の婚約者でしょうか……」
「えぇ。 しかも殿下は幼い白虎に姿を変えられています。 一刻も早く奴を見つけ出し、殿下を救わねばなりません」
「幼い白虎に?! それは道術か何かですか?!」
食い気味に聞いてくる景禍に悠晴は僅かに身を引いた。
「……原因はわかりませんが、殿下は間違いなく不憫な思いをしておいででしょう。 まだここに来ていないのであれば、我々はこのまま戻って殿下を探しに行ってまいります」
「そのお気持ちはわかりますが、そんな疲れた身体ではいざ殿下を救い出そうという時にお力が出ませぬぞ」
「しかし……」
「我が精鋭の道術武官にお任せください。 必ずやあの男の化けの皮を剥いで殿下をお救いいたしましょう」
薄ら笑みを浮かべる景禍を白音は悠晴の背後からジッと伺っていた。
(景禍殿は銀心の正体を知ってるみたいだな。 ということは隆玄殿だけでなく景禍殿も排斥派で間違いない)
銀心が居なくなった直後、白音達は急いで隆玄にその事を報告すると、銀心が言っていた通り隆玄は取り乱した様子で『今すぐ桂邑へ向かいましょう!』とその日の内に蘭関を出る事になった。
だがその道中、隆玄が指先を噛みながら『あの野郎、抜けがけするとは……』と呟いていたのを聞いた白音は胸をざわつかせた。
そして景禍はというと、悠晴が『不埒な輩』といった事に対してすぐに銀心の名を上げた。
婚約者を奪われた悠晴ならまだしも、事情を知らない領主が帝姫の婚約者を侮辱するような発言は不敬にあたる。
それをあの場で言い当てたのだ。
(全く、景禍殿は思慮が浅い。 あんなのでよく領主が務まるな……)
といっても景禍自身も道術が使え、桂邑で抱えている道術武官の数も国内で最多だ。
軽視できる相手ではない。
(銀心はこれを教えたかったんだな。 正体をばらせば呪紋に縛られて体調を崩す筈なのに……)
白音はいまいち銀心の行動が理解出来ず、頭をガシガシと掻いた。
(もしかして排斥派に差し出すんじゃなく、戦えなくなった姫様を匿うつもりだったのか……? それならまだここに来てないのも頷ける。 でもついこの前白虎演舞が見れたんだから、もう人間の姿に戻ってる可能性も高い。 銀心のやつ、どこで道草くってんだよ!)
これで親密な仲になっていたら一発殴ってやりたい。
そう意気込む白音を、突如狐面の武官達が取り囲むように集まってきた。
「恐れ入りますが帯刀などはこちらで預からせて頂きます。 ご不快でしょうが、これも領民を守る為の定めでございますゆえ」
「そうです、この地に平穏が訪れようとも警備に手を抜く事はいたしません」
薄気味悪い、抑揚のない声にゾクリと背筋が震えた。
そして有無を言わさず武官達は白音や悠晴の持つ帯刀などを回収していった。
その様に景禍は満足げな笑みを浮かべ拱手した。
「ではでは皆様はごゆるりと。 私はこれから武官達と殿下を探しに行って参ります」
「景禍殿! お待ち下さい!!」
引き留めようとする悠晴の前に、今度は隆玄が狡猾さを滲ませた笑みを向けた。
「ここは景禍様にお任せしましょう。 何せあの御方は業火を操る道術使い。 どんな手を使ってでも姫様をここまで連れて戻られますよ」
「業火を操る……?」
悠晴は僅かに顔を顰めた。
その隙に狐面の武官達は白音達を取り囲む。
「おい! どういうつもりだ!」
「ご心配はいりません。 皆様はどうぞ首を長くしてお待ちください」
「この……!」
すると悠晴が白音の手首を掴み引き止めた。
『白音殿、ここは大人しく待ちましょう』
「え……?」
焦りを滲ませる白音に対し、悠晴は眉を寄せながらも静かに首を左右に振る。
『ここには白乃殿もおられます。 事を大きくすれば彼女にも危険が及びます』
白音はハッと白乃の方に視線をやると、震える両手を握りしめる白乃の姿があった。
「わ、私なら大丈夫。 でも、悠晴様の言う通り、ここは大人しく、しておきましょう」
唇を噛みしめ瞳を潤ませる姉の姿を見て、白音は息を呑んだ。
(そうだ……、姉上だって守らなきゃだ)
白音は大きく深呼吸をしたのち、白乃を背に庇うようにして隆玄に向き直る。
「わかりました。 よろしくお願いします」
普段温和な彼の眼差しは、研ぎ澄まされた刃のように鋭くなっていた。




