第23話
「……どうした?」
熱くなった銀心の指先が琥珀の目尻を優しく撫でる。
そこでようやく自分が泣いていた事に気づいた。
「胸が、苦しい……」
「胸が?」
「駄目なのに……、こんな事望んでは駄目なのに、『もっと生きたい』と思ってしまうのだ」
両手で目元を隠しながらもその下から止めどなく涙は流れていく。
「……やっと言ったか」
銀心は顔を隠しながら嗚咽を漏らす琥珀の両手をそっと剥がし、ゆっくり身体を起こしてやる。
そして向き合い、鼻を啜る琥珀の代わりに頰を伝う涙をそっと拭う。
「それで良いんだよ。 あんたは『神獣』じゃなく『琥珀』のままで、この国の行く末を見守るべきだ」
「でも、でも……!」
幾ら生きたいと願っても、成人を迎えれば否応もなく自分の身体は神獣のものになる。
生きるには『刀剣顕現の儀』を行わなければならない。
どうすれば良いのか考えを巡らせている時だった。
「俺を器にしたらどうだ?」
思いがけない銀心の言葉に琥珀はサッと青ざめ、大きく左右に首を振った。
「絶対に嫌だ! それだけは絶対に嫌だ!」
琥珀は涙を流しながら腕を伸ばし、銀心の首にしがみついた。
「そなたとずっと一緒にいたいのに、そんな事、言ってくれるな!」
「……どういう意味だ?」
「私の中にいる神獣の力が強すぎるのだ。 儀式を行えばそなたは二度と人間に戻れなくなるかもしれない。 そんなの絶対に嫌だ!」
「だから頑なに儀式を拒否してたのか……」
銀心は苦笑いを浮かべつつ、泣きながら大きく頷く琥珀の頭を優しく撫でる。
「それでもこのままだとあんたの願いは叶わないし、あんたが神獣になるなんて俺もごめんだ。 人間のままでいられる可能性が僅かでもあるならやってみる価値はあるだろう」
何故か落ち着いた調子の銀心に、琥珀は食って掛かるように両手で銀心の胸ぐらを掴んだ。
「何でそなたはいつも危ない橋を渡ろうとするのだ!」
「『暗殺者』の性分だな。 それにこれまでのあんたを見てたら思わぬ方向に転がるんじゃないかって気がする」
「思わぬ方向……?」
「ここ数日のあんたはかなり神獣の力を使ってるんじゃないか? 子虎になったり、白虎顕現だってやっただろ。 今なら上手くいくかもしれないぞ?」
銀心は服を掴んでいた琥珀の手をそっと剥がし、その指先を甘く噛んだ。
「今は神獣の力より、あんたのもってる可能性の方が強いと俺は思ってる」
その紫水晶の瞳の奥には『偽装結婚』を持ちかけた時の様な妖艶な光を孕んでいた。
「『死ぬ運命かどうかは自分で決める』って啖呵切ったのはあんただろ。 その賭けに俺も乗ってやるよ」
「……本当に、それでいいのか?」
「あんたの命は俺のものだって言ってるだろ。 本当に辛くなったら、俺を使えばいい」
その言葉の意味に琥珀は胸を詰まらせるが、やがて肩の力を抜くように大きく息を吐いた。
「本当にそなたはどうしようもない男だな。 ……でもありがとう。 そなたの覚悟、受け入れよう」
泣き笑いの表情を見せた後、琥珀は両手で銀心の頰を包むとその唇に自分の唇を重ねた。
ただ固く目を瞑っていたので僅かに逸れてしまい、琥珀は顔を真っ赤にして銀心から視線を逸らす。
今の琥珀にはこれが精一杯だった。
「可愛い事するなよ。 押し倒したくなる」
「馬鹿を言うな!! ほら、さっさと始めるぞ!」
「え、今から?」
「今を逃せばきっと決心がぐらついてしまう。 そうなる前に始めるぞ!」
「『刀剣顕現の儀』ってそんな簡単にできるものなのか?」
「簡単ではない。 互いの覚悟が最後まで揺るがない事が最大の条件だ」
「それは中々な大仕事だな」
「そしてそなたの命の次に大事にしている物を預けてもらう。 それを媒介にしてそなたを『刀剣』にする」
「命の次に……か。 ならこれを使ってくれ」
銀心は暫く考え込んだ後、自分の服の内側を探り玉佩を差し出した。
場を鎮めるような、小さな鈴のような音が鳴る。
「……玉佩、なのか?」
「そうだ。 あんたがくれた、俺の存在証明だからな」
「そ、そうか」
ぽっと頰を赤らめた琥珀に、銀心は追い打ちを立てる様に意地悪い笑みを浮かべた。
「さっきの続きもしたいから慎重にやってくれよ?」
「ば……っ、覚悟が揺らぐような事を言うな!!」
琥珀は顔を更に赤くして拳を握ったが、そこに神獣白虎の気配はなかった。




