第22話
この日、琥珀達は村に残り真瑛の家で身体を休める事になった。
というのも、以前の白虎演舞からさほど月日が経っていない状況で神獣を召喚した為、身体は想像以上に疲弊していて、琥珀は銀心に抱かれたまま眠ってしまったのだ。
「う……ん」
そして夜更けにようやく目を覚ますと、身体が妙に温かい事に気づいた。
不思議に思いながらそっと顔を上げると、すぐ目の前に銀心の整った顔があった。
「?!」
声にならない悲鳴を上げぴしりと身体が硬直する。
すると琥珀を目を覚ましたのに気づいて銀心も薄っすらと目を開けた。
「あぁ、起きたか……」
「あ、あの、これは一体……」
「あんたがくっついて離れないから仕方なくこうしてただけだ」
薄布団から身体を起こし大きなあくびをする銀心を見て、琥珀は慌てて自分の身なりに目をやった。
寝衣は変わらずだが乱れた形跡もなく、どうやら貞操は守られているらしい。
ホッとして息をついた琥珀を見て銀心は口の端を上げた。
「手は出してないから安心しろ」
「当たり前だ! そ、それよりも村の様子はどうなった?」
「あぁ。 霧もすっかり晴れて皆喜んでる。 今は外で星空鑑賞をやってるみたいだ」
「星空鑑賞?」
「少し外を見てみるか?」
そういって銀心は戸口を僅かに開けて外の様子を琥珀に見せた。
「わぁ……!!」
「声は出すなよ? 村を救った英雄が起きたとわかったら殺到するから」
銀心が唇に人さし指を当てるのを見て、琥珀は慌てて口を手で抑え、視線だけ夜空に向けた。
星が隙間なく散りばめられた空がどこまでも続いている。
菊水宮と違ってここには明かりが殆どなく、空を遮るような建物もない。
それが星の輝きを更に際立たせていた。
「まるで落ちてきそうだな……」
琥珀はうっとりとした声で呟いた。
「そうだな。 でもこれがあんたが作った世界だ」
今度は銀心が指さす方を見ると、星空の下で大勢の村人が夜空を見上げる。
大人の側では子どもがはしゃぎ、それを笑顔で見守る大人達がいた。
「これを、私が……?」
「そうだ。 あの時神獣を召喚する判断を下したあんたの功績だよ」
先程の白虎演舞で涙を流し平伏す姿も、満点の星空見上げ喜ぶ姿も、ずっと菊水宮の中で暮らしていた琥珀は見た事がなかった。
「言っただろう。 民を幸せにするのは神獣じゃなく、あんただって」
銀心の言葉に琥珀はとうとう大粒の涙を流した。
そんな琥珀を見て銀心は琥珀の頭を抱き寄せる。
「俺も……、あんたのおかげで思い出した事がある」
「え……? まさか記憶が?!」
すると銀心は笑みを浮かべ、琥珀を横向きに抱きかかえ薄布団の上に下ろした。
「断片的だけどな。 でもあんたの舞を見て、先代の帝姫が冬家を訪ねて来てくれた日の事は思い出せた。 その時に見せてもらった舞はとても華麗で神々しくて、満身創痍だった父も母も泣いて喜んでた。 勿論真瑛も」
「本当、に……?」
「あぁ。 それもあんたが前に見せてくれた舞と同じ演目だ」
「……」
「これだって、あんたのおかげだろ」
銀心は涙を堪え笑う琥珀を抱き寄せる。
「じゃ、じゃあ銀心は本物の『冬銀雲』という事になるのか?」
「そういう事になるな」
「真瑛殿には伝えたのか?」
「いやまだだ。 完全に思い出した訳じゃないから今はしない」
「そうか……。 じゃあまだそなたは『銀心』なのだな」
「? どういう意味だ?」
「そなたが『冬銀雲』になったら、なんだか別の人間になってしまうような気がして少し複雑だったんだ」
「……それは今の俺の方が良いってことか?」
「え? そ、そういう事に……なる、のか?」
すると突如琥珀は冷たい布団の上に仰向けで転がされた。
何が起きたのかと目を丸くする琥珀の上に銀心が圧しかかる。
そして空を掻く琥珀の左手首を掴み、わざと見せつけるように内側の柔らかい部分に歯を立てた。
琥珀は小さな痛みに身体を震わせ、更に顔を赤らめた。
「ここなら虫さされ程度にしか見えないだろ」
「むし、さされ……?」
「前のは悠晴に見せつけてやろうと思ってやったけど、それをここでやったら色々詮索されそうだからな」
そう言って銀心は、さっきから何を言っているのか分からず困惑している琥珀の唇に自分の唇を重ね、意地悪い笑みを浮かべた。
「あんたの身体に跡を残しても許せるぐらい、俺を愛してくれてるんだろ?」
琥珀はこれまでのやり取りを思い出し、銀心がどういうつもりで噛みついて来たのかようやく理解した。
「そなたが勝手にやってるだけだろう!! そ、それに愛してるとは……」
「じゃあちゃんと抵抗しろよ」
「う……」
赤い顔のまま言葉を詰まらせる琥珀に銀心は満足気に目を細める。
そして指で本襟を開き、顕になった鎖骨の下部にもう一度歯を立てた。
そして一つ、また一つと跡が増える度、琥珀の中で燻っていた思いが形になっていく。




