第21話
ザッザッザッと、土埃を巻上げ子虎が村を駆け回る。
(広い場所……、舞が舞えるぐらいに広い場所はどこだ?)
人の時よりも目は利くが、何せ瘴気が濃い。
長く走ればその分だけ瘴気を吸って肺を痛めてしまうだろう。
それでも琥珀は足を止める事無く広い場所を探して走り回った。
(景禍め、私がどんな思いで国を守ってきたと思ってるんだ!!)
己の欲の為に民を悪鬼の瘴気に晒すなど許せる筈がない。
瑠璃色の瞳の奥に煌々と怒りを灯し走っていると、不自然な程に広い空き地に出てきた。
円形に踏み固められたその場所は市でも開けそうな程の面積があるが、周りには家もなくひどく淋しげだ。
(きっと昔は大勢の人で賑わっていたんだろうな)
琥珀は呼吸を整え、円の中心に座り目を閉じた。
村の中を走ってわかった。
この村にはちゃんと人が生きている気配がある。
井戸から水を汲む音。
細い炊煙が上がる家。
まだ湿り気の残った洗濯物。
(救いたい。 かつて西地で戦ってくれていた者達を……!)
琥珀は呼吸を整え、円形に広がる空間の中心に座り目を閉じた。
そして厳かに、地を鎮めるように手をついて力を込める。
(神獣よ、頼むから力を貸してくれ。 我々の力をみせてやろう!)
琥珀は自分の中にいる神獣へと強く呼びかけた。
――『いざ顕れよ 白き虎』
すると琥珀を囲むように地面から淡い金色の輪が浮き上がり、それが大きな柱となって空へと勢いよく突き上がった。
『銀の息吹で夜を裂け 鋭き爪で凶を絶て その咆哮で邪を払え』
金の柱は一瞬で霧を霧散させ、上空で徐々に形を成していく。
そして現れたのは日の光を存分に吸い込み威風堂々とした白銀の虎。
白虎演舞の時と同様、白虎を空へと放つと琥珀は再び『人間』の輪郭を取り戻す。
蘭関に居た時の格好のままだが、白い衣も美しい銀の髪も、まるで金を降らせたかの様に美しい光を帯びている。
琥珀は自分の小さな手を眺め笑みを零す。
「さぁ、行くぞ!!」
そして戦女神の如く、剣を振るう様に袖を翻した。
白虎は戦女神の意に応えるかの如く咆哮を上げた。
その声を聞きつけ、村の者達が家から飛び出し空を見上げて息を呑む。
それは琥珀を探していた銀心や真瑛も同様に。
――『静かなる威よ堂々と 白き裁きを地に刻め』
白虎が空を駆けると冷たい霞は裂かれ、そこから温かい陽の光が差し込んでくる。
『さすればひらりと花は舞い 香が満ちれば禍は沈む』
その切れ間からはらはらと舞い落ちるのは薄紅色の『奉納の花』。
『咲けよ清花 神の花 芽吹け命よ この庭に』
掴めぬ花は民の頬を伝う涙と共に地に落ちて、枯れた大地と心を潤していく。
『百花色づけ 邪は退きて 戦女神の祈りに鎮め』
扇子を持たずも手首の返しで袖がしなやかに流れ、人を伏せさせるような眼差しは胸の音すら奪ってしまう。
そこにいるのは可憐な姫ではなく神獣を従える戦女神。
苦しみを断ち切り安寧をもたらす象徴は人々の心に強く刺さった。
上空を駆けていた白虎が姿を消すと、琥珀はふぅ、と小さく息をついた。
だがすぐに妙な気配を察して辺りを見ると、いつの間にか琥珀を囲むように大勢の村人が両膝をつき顔を伏していた。
いつもは菊水宮の御殿で一人舞を終える為、こうした人々の生の反応を見たのは初めてだった。
琥珀は目を見張り、そしてその中で今にも泣きそうな顔で立っていた銀心と目が合った。
「琥珀……っ!」
名を呼ぶとほぼ同時に駆けてくる銀心を見て琥珀は息が詰まりそうになった。
そして存在を確かめるかの様に強く強く抱き締められ、安堵で心も解けていく。
「今度こそ神獣になって消えるんじゃないかと思った」
「ちゃんと『そなたの元に戻る』と言っただろう?」
だが身体に回された手が僅かに震えているのを察して、琥珀は『すまなかった』と小さく呟き銀心の胸に甘えるように頰を寄せた。




