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仮初め婚姻譚〜偽りの花婿は虎姫を溺愛する暗殺者〜  作者: 夢屋


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第20話

「……ようは、『一緒に連れて行け』ということか」


「こんな古い考えの人間の言うことは気にせずとも構いません。 ただ、一度きりの人生ですので後悔のないようにして下さい。 では私は水を替えてきますので」


 そう言って真瑛は水の入った桶を抱え頭を下げると、静かに家屋から出ていってしまう。

 

 その背中を見送った二人は、深い溜息をついた。


「まぁ、神獣の姿になってるんだから、吉兆であることには違いないのかもしれないが……」


 ふと琥珀が子虎の姿になった経緯を思い返した。


「……琥珀」


 どこか甘さを含んだ声で呼ばれて琥珀はハッと顔を上げた。


 すると銀心が『おいで』と言いたげに右手を琥珀の方に差し出していた。


「ガゥ!」


 名前を呼ばれるだけでこんなにもうれしくて幸せな気持ちになるのか。


 琥珀は初めての感情に戸惑いながらも銀心の胸に飛び込んだ。


 銀心もまた、真っ直ぐに飛び込んでくる琥珀に戸惑いながらも、優しく受け止めゆっくりとその背中を撫でた。


「あんなふうに言われたら、置いていけないよな」


「ガーゥ、ガゥガゥ」


「真瑛って男も、人が良すぎてあんたみたいだ」


「ガゥ!」


「俺には記憶がないって言ってるのに、お構いなしだ」


「ガゥゥ、ガゥゥ」


「……何だよ」


「ガゥゥ! ガゥガゥ!」


「何か訴えてるんだろうけど、やっぱりわからないな。 ……というか、もう話せないんだよな」


 胸の奥から絞り出したかの様な小さな声。


 思いを告げるまではいとも簡単に引き寄せる事が出来た柔らかく小さな身体も、今はない。


 銀心は子虎姿の琥珀をグッと力を込めて抱き締めた。


「こんなことなら、もっと抱きしめておけばよかった……」 


 その言葉を聞いて、琥珀も銀心の胸に額を寄せた。


(私だって、あの時素直に『嬉しい』と伝えておけば良かった)


 神獣ではなく自分がいいと言ってくれる人が現れるなんて思わなかったから驚いた。


(だからせめて、本物の神獣になる迄一緒にいたいんだ)


 言葉が通じないだけでもこんなに苦しいのに、離れてしまうなんてもっと苦しいに決まってる。


(このまま一人傍観しているだけで終わってしまうのだろうか)


 気がかりはまだ沢山あるというのに、もうそれも叶わないのだろうか。


(そんなこと……あってたまるか!)





 その時、ドクン、と心臓が一際大きく鳴った。



 

 正確には、自分の中にある、もう一つの心臓の音。




 琥珀はそっと顔を上げた。


(そうだ、まだ成人していないのだから、可(・)能(・)性(・)は(・)ま(・)だ(・)あ(・)る(・)!)


 自分は神獣ではなく、神(・)獣(・)を(・)従(・)え(・)た(・)戦女神の化身。


 だから悲観するな、思い出せ。


 迷ってる場合じゃない筈だ。


 


 琥珀は銀心の腕の中で『グァーオ』と鳴いた。


「どうした?」


「ガゥ! ガゥガゥ!」


 ジッと銀心を見上げる瑠璃色の瞳に、どこか力強い意思が籠もっているように見えた。


「……やっぱり一緒に行きたいのか?」


「ガゥガゥ! ガゥガゥガゥガゥ!」


「だから危ないと言ってるだろう」


『だから一緒に行ってくれるのだろう?』


「え?」


 涼やかで、凛とした声が耳に届く。


 銀心は目を見張った。


『約束してくれたじゃないか』


「……琥珀?」


『心強くて、本当に嬉しかった』


「琥珀、なのか?」


 名前を呼ばれて嬉しそうな子虎の鳴き声に、人間の琥珀の言葉が重なってくる。


 銀心は恐る恐る子虎のふわふわの両頰を包み、親指で優しく撫でた。


「本当に琥珀なら、早く戻ってこいよ……」


『あぁ、必ずそなたの元に戻る』


 紫水晶の瞳を大きくした銀心の頰に、琥珀は『もう大丈夫だ』と言う様に自分の頰を擦り寄せ銀心の腕から飛び降りた。


 そして家屋の入り口へと向かう。


「銀心様、説得はできましたか? ってうわぁ!!」


「グワーォ!!」


 琥珀は戸口を開けて戻ってきた真瑛の足元をすり抜け外へと飛び出した。

  

「おい、どこに行くんだ!」


 琥珀は一度だけ銀心の方に振り向いただけで、そのまま霧の中へと姿を消した。


「銀心様、一体どうしたのです?!」


「わからない。 頼む、一緒に捕まえてくれ!」


「承知しました!」


 銀心は焦りを滲ませ琥珀の後を追う。

 

(必ず戻る? 本当に? 今度こそ手の届かないところへ行くんじゃないのか?!)


 霧が深く陽の光も僅かな為、琥珀の美しい毛色もまるで見えない。


 それでも銀心は真瑛と共に、必死に琥珀の後を追った。 




 




 



 



 


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