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仮初め婚姻譚〜偽りの花婿は虎姫を溺愛する暗殺者〜  作者: 夢屋


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第19話

 呪紋を解く施術を始めて約一時間。


 真瑛は額に汗を滲ませながら、呪力を拡張させている左右の流線を断ち切るように慎重に傷をつけていく。


 そして銀心はその激痛と呪詛返しと思われる発熱に朦朧としながらも奥歯を噛み締め耐え忍ぶ。


「ガゥ……」


 琥珀は銀心が上半身を脱いでいるため顔は上げられないが、銀心が苦しげに呻く度に膝元で不安げに鳴いた。


「大丈夫だから、そんな声出すな」


 幼子をあやすような優しい声が落ちてきて、琥珀も小さく頷きまた顔を伏せる。


「心配いりませんよ。 解(ほど)く作業はあらかた終わりましたし、後は消毒していくだけですから」


「そうか」


「ガゥゥ!」


 真瑛の言葉に二人はそれぞれ安堵の声を漏らす。

 

「痛みはするが確かに身体が軽い。 あんた一体何者なんだ?」


「悪鬼討伐の名門と呼ばれた冬家の道術武官です。 身体に直接彫られた紋でも元は符術ですからね。 厄介ですが術を遡っていけば良いんです」


「遡るって、符術の中身がこんな短時間で読めるのか?」


「えぇ。 この村の家々に貼ってある符も私が書きましたから」 


「符が書ける道士か、今時珍しいな」


「退魔系は知識と霊力があれば使えますが、現地での消耗が激しいですからね。 その点符は霊力がある時に効力の強い紋を書いておけば、現地ではさほど霊力を要しません。 ですから冬家に仕える道士の殆どが封魔系だったんです」


「西の領地を守るからこそか」


「冬家は討鬼によって栄えた一族ですからね。 なので景禍達は疎ましく思っていたのでしょう」


「そうか……」


「もしかして、符が必要ですか?」


「え?」


「貴方様にこのような仕打ちをした者への報復ならお手伝い致しますよ」


 まさかの提案に銀心は顔を顰めた。


「……何故そう思う?」


「あれから約十年、こうして貴方様との再会が奇跡に思えて仕方ないのです。 そしてその美しい猫も吉兆ではないかと」 


「銀雲ではないかもしれないのにか」


「えぇ。 根拠はございません」


 そう言って真瑛はにこやかに頷き、銀心は呆れ声で笑った。


「ハハッ。 あんたも相当腹に溜まってるな」


「そのようですね」


「ガゥゥッ! ガゥゥッ!」


「おや、あなたも賛同してくださるのですか」


 真瑛は跳ねるような声を上げる琥珀の頭を優しく撫でた。


 側近達と意思疎通が取れない中、一人でも味方が多い方が心強い。


 そう思っていたのだが。


「あんたはここに残ってろ」


 琥珀を引き留めたのは銀心だった。


 琥珀は大きな瞳を丸くし小首を傾げた。


「今(・)の(・)あんたじゃ足手まといになる。 大人しく待ってろ」


「ガゥガゥッ!」


「今までと違って力も出せてないだろう。 その状態で行けば真っ先にあんたが狙われる」


「ガゥ……!」


「下手したら連れ戻されるし、二度と外も歩けなくなるかもしれないだろ」


「……」


「あんたには大(・)事(・)な(・)使(・)命(・)があるって言ってたじゃないか」


「!!」


 銀心はきっと神獣になって国を守ることを言っているのだろう。


 こんな時に引き合いに出してくるとは卑怯過ぎる。

 

 だが言い返せない。


 こんな姿になったのも、銀心が心を閉ざしてしまったのも、自分が頑なにそれを守ろうとしたからだ。


 あの時は、いずれやってくる別れの痛みが怖くて仕方なかった。


 だが今はこうして何も話せず誤解が解けないままでいるほうが苦しい。

 

 苦しんでいるのに何も出来ない自分がもどかしい。


 本物の神獣になるまでこんな思いを抱えて過ごす事になるのだろうか。


(本当にこれが私の望んでいた事なのか……?)


「グァーォ……」


 琥珀は耳を垂らし、胸の苦しさを吐き出すように小さな声で鳴いた。


「……わかってくれたか?」


「ガウガウ!!」


「何だよ、まだ納得してないのか? あんたも強情だな」


「ガゥゥ! ガゥゥ!」


 そんな二人のやりとりを見ていた真瑛が桶に張った水で手を洗いながら眉を下げた。

 

「多分一緒に居たいんですよ。 連れて行ってあげればいいじゃないですか」


 真瑛は困ったような顔で、眉間に大きな皺を寄せて唸り声を上げる琥珀を指さした。


「……そういえば、名は何と言うんです?」


「え?」


「猫の名前ですよ。 一度も名前を呼ばないので気になっていたんです。 まさか『あんた』じゃないですよね?」


「……『琥珀』だ」 


 躊躇いがちだが初めて名前を呼ばれ、琥珀は弾かれた様に顔を上げ目を瞬かせた。


 銀心の身体に包帯を巻いていた真瑛もそれを聞いて顔を綻ばせる。

 

「あの麗しき虎姫様と同じ名ですか! まさに吉兆じゃないですか!」


「……どういう意味だ?」


「『昔この地に戦女神が神獣の白虎を連れて舞い降りた。 そして帝を剣に変えて共に戦い、悪鬼を打ち破って秋安国に平穏をもたらした』。 この神話はご存知でしょう?」


「知ってるが、それが何だというんだ」


「もしかしたら戦女神がこの猫を自分の白虎だと勘違いして降りてきてくれるかもしれませんよ?」


「「?!」」


 まさかの指摘に琥珀と銀心は同時に息を呑んだ。


「そんなの、所詮神話だろ……」


 真瑛は包帯を巻き終えると、琥珀の頭を優しく撫でた。


「あの戦禍の中、突如先代の帝姫様がお越しになった時も驚きました。 舞で我々を癒し、共に戦って……あの方がおられたから当主は最後まで剣を持ち、私共も生き延びたのです。 今日という日も、また奇跡だと思いたいのですよ」


 母の事だ。


 琥珀は瑠璃色の瞳を大きくし、ジッと真瑛を見つめる。


 母は何も語らず逝ってしまった。


 だがここには、生きた証が残っていた。


 それが琥珀の胸に深く深く突き刺さった。

 

 

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