第14話
鈴虫の声だろうか。
計算されたかのように並ぶ花木に隠れてリーン、リーンと小さな音が聞こえてくる。
目の前に広がる景色は作り込まれているのに、白砂利と池との調和も取れていて窮屈さは感じない。
寧ろ眺めていると胸の内が澄むような心地になる。
「本当に、ここは美しいな」
「あぁ、そうだな。 寒くはないか?」
「大丈夫だ。 私は年中あったかいのだ」
「年中?」
「あぁ。 母に聞いた。 『多分神獣がいるから』だって」
「へぇ……」
一瞬銀心の声が落ちたように聞こえたが気の所為だろうか。
ふと気になって銀心に目を向けると、銀心も同様にこちらを見ていた。
月の光を吸い込んだように輝く紫水晶の瞳は余りにも美しく、琥珀は息を呑んだ。
「ならちょうどいい。 俺は少し寒いんだ。 抱き締めさせてくれ」
突然銀心が琥珀に向かって両手を広げた。
普段なら言うより先に仕掛けてくるくせに、この時は何故か甘えるようにこちらをジッと見ているだけで動かない。
「わ、私で暖を取るつもりか?! い、行くわけないだろう!」
「『民を守るのが私の存在意義だ』って言ってただろ。 いいのか? 今ここで俺を温めないと民を見放した事になるぞ?」
「私の命を狙う奴が言うことか!」
「今は夜だから暗殺行為は禁止だろ? だから今の俺は善良な民だ」
「ぐぬぬぬ……」
なんてずるい言い方をする暗殺者だ。
琥珀は何度も唸りながら悩んだ末、自分から両手を広げた。
「わかった! わかったからそっちから来い!」
「え、良いのか?」
「そなたが言ったのだろう!! いらないやらやめるぞ!!」
顔を真っ赤にしながらも、身体の大きな銀心を受け止められるようしっかりと両手を広げ琥珀は待ち構えた。
その堂々たる姿に銀心は思わず破顔した。
「何だそれ、男前過ぎるだろ」
「良いから早くしろー!!」
「悪かった悪かった」
銀心は笑いを堪えながら、両手を広げて待つ琥珀の脇下に手を滑り込ませ、小さな身体を自分の顔の高さまで持ち上げた。
「ひゃあ!!」
いきなり身体が宙に浮き、琥珀は慌てて銀心の顔に抱きついた。
すると胸元から小さく笑う声がする。
「はー、あったかい。 この温かさと柔らかさは最高品質だな」
「こら胸元で喋るな! 擽ったい!」
「はいはい、大人しくしますよ」
銀心ははぁ、と穏やかな溜息をついた後、宣言通り琥珀の身体をしっかりと抱きしめたまま動かずにいた。
そして琥珀は手を離す機会を逃し、そのまま銀心の頭を抱きしめる状態で抱えられる羽目になる。
なんだか思っていたのとは違うが、本人が満足したなら良しとしよう。
そうして二人は暫くそのまま、何も語らずにいた。
耳に届くのは虫の音と互いの息遣いの音だけ。
まるで自分達以外に誰もいないかのように感じる。
だが、どこか淋しくもあった。
「……なぁ銀心」
「何だ」
「そなた、また何かあったのか?」
銀心が顔を上げると、夜空のように深い瑠璃色の瞳と目が合った。
「いつもは勝手に触れてくるのに自分から強請るなんておかしいぞ」
「……そうか? たまには気分が変わっていいだろ」
悪びれる風もなく笑う銀心に琥珀はムムムと頬を膨らませる。
だが自分の直感は間違っていない筈。
「こういう時は大体、自分の心に空いた穴を埋めたい時だ」
朱色の小さな唇から紡がれた言葉に銀心は更に大きく目を見開いた。
「抱きしめるついでに聞いてやる。 話してみろ」
凛とした瑠璃色の瞳の中に映る自分を見て、それが自分の為の言葉だと理解する。
「……どう、なんだろうな」
どこか寂しさに似た声を漏らし、銀心は琥珀を抱いたまま回廊の床に腰を下ろした。
そして今度は自分の膝の上に座らせた琥珀を閉じ込める様に抱き締めた。
琥珀は自分と同じ淡い香の香りに包まれ、胸の奥をせかされるような疼きを感じた。
「……聞いてもいいか」
「な、何だ?」
「あんたは本当に、神獣になるつもりなのか?」




