第13話
日が落ち明かり無しでは心許なくなった頃、一行は最初の宿場町に辿り着いた。
帝都から約四十里程離れた、街道沿いにある小さな村『蘭関』。
昔は関所でもあったが、老朽化した門楼の建て替えによって関所が移り、今は小さな宿処となっている。
『今はひっそりとしているが、栄えていた名残で名宿が残っている』と隆玄が言った。
煉瓦の色も色褪せひび割れも目立つ門楼をくぐると、確かに店も少なく派手な賑わいはないが、宿ごとの門はきちんと手入れされていて、古びた中にも品がある。
中でも今宵の宿に選んだ清蘭館は村の一番奥にあり、華やかさこそないが古びた門や格子窓には幾多と細工が施されていて静かな気品が漂う。
館主も老年の男だが、深く頭を下げて出迎える所作には少しの乱れもない。
そして一行を見ても騒ぐ事なく、当然のように礼を尽くす姿にこの宿の格式が伺える。
「この度はようこそお運び下さいました。 今宵は心を尽くしてお仕え申します」
「あぁ、よろしく頼む」
琥珀は頭掛けを外し礼を返すと、館主は瞳を大きくした後、更に深々と腰を折った。
そして余計な詮索もせず、言われた通り男女で一室ずつ部屋を貸してくれた。
◇
「町にはこんな素晴らしい宿があるのだな。 驚いた」
湯浴みを済ませ、淡い香を移した白の寝衣を纏った琥珀は、部屋から見える月を眺めながら嬉しそうに呟いた。
そこへ同時に湯浴みを終えた筈の白乃が遅れて部屋に戻ってきた。
「遅かったな。 中々部屋に帰ってこないから心配したぞ」
「ちょ、ちょっと白音に話す事があって、部屋から出てくるのを待ってたんです。 ご心配おかけしました」
「いや、無事ならそれで良い」
屈託なく笑う琥珀を見てホッとした白乃は『そういえば』と大げさに手を打った。
「姫様、さっき銀心が姫様に話があるって言ってましたよ!」
「私に? こんな時間にか?」
「は、はい! 確か中庭の方で待ってるって!」
余りにも唐突な話に琥珀は困惑した表情を見せるが、白乃は構うこと無く琥珀に羽織りを着せて背中を押した。
「さぁさぁ姫様、行ってきて下さい!」
「わ、わかった……」
理由もわからぬまま部屋を追い出された琥珀は渋々中庭へと続く廊下をひたひたと歩いていく。
今夜は琥珀達以外に客はおらず宿内は静まり返っているが、ひんやりとした空気は澄んでいてとても心地良い。
琥珀は虫の鳴き声に耳をすましながら中庭へと歩を進めた。
するとふと視界が開け中庭を望む細い回廊が現れたと思ったら、その先に腕を組み中庭を眺める銀心の姿があった。
琥珀は名前を呼ぼうとしたが、すぐに思いとどまった。
よく見ると彼は自分を同じ格好をしている。
夜だし同じ宿に泊まっているのだから同じ物を着ていてもおかしくはないのだが、何故だろう。
全身にこそばゆい緊張感が走る。
「やっときたか」
「ひぇっ」
ひと足先に銀心から声をかけられ、琥珀は思わず肩を上げた。
挙動不審な琥珀に眉をよせつつも、銀心は構わずこちらに歩いてくる。
「話があると聞いたんだが何だ。 急ぎの用か?」
「え? それは銀心の方じゃないのか?」
「俺は何も言ってない。 ……誰から聞いた?」
「白乃から」
「俺は白音からだ」
((あの双子か……?))
お互い声には出さないが、察した事は同じだろう。
(さっき遅かったのはこれを相談していたからなのか? だが何の為に? どうしよう、銀心が困った顔をしている!)
自分が望んだ訳ではないが、側近達が迷惑を掛けたのは事実。
妙な罪悪感に駆られて琥珀は辿々しく自分の指を弄んだ。
それを見てか、銀心も湿り気のある前髪を掻き上げ小さく息を吐いた。
「どうせ来たんだ。 ちょっとぐらい眺めていくとしよう。 中々美しい庭だしな」
「も、戻らなくていいのか?」
「……あんたが良いならもう少しここにいる」
「そ、そうか。 銀心の、自由にしてく、れ」
「わかった」
そう言って銀心は再び腕を組んで視線を中庭に移した。
『まだいてくれるのか』と内心ホッとした琥珀も、一歩銀心に近づき中庭の方に目を向けた。




