第12話
道中は琥珀が銀心に対して不信感を募らせた事以外は順調にすすんでいく。
そして太陽が高く昇ったところで、最初の停留場となる町が決まった。
車内の側幕を開けて琥珀は目を輝かせる。
「すごい、人がたくさんいる!!」
どこを向いても人、人、人。
重なり合う話し声や笑い声、複雑に混じり合う食べ物や香辛料の香り、大小様々な形の荷車の車輪が軋む音。
町の熱気をヒリヒリと肌に感じた琥珀は今にも駆け出しそうな勢いで馬車から降りた。
城下町の富陽と同じく運河が近くを流れているため、商人達が集まりそれを求めて様々な業種の人間が集まる活気に満ちた町だった。
これだけ人がいれば帝姫が紛れていても誰も気づかないだろう。
「白乃! 早くいこう!!」
「琥珀様、待って下さい! ちゃんと護衛も連れて行かないと!」
自分と同じ装いの白乃の後ろにいる銀心が目に止まり、琥珀はあからさまに顔を顰めた。
そして銀心に聞こえないよう白乃にコソコソと話しかけた。
『……絶対に一緒じゃないと駄目なのか?』
『勿論です。 私一人では琥珀様をお守りできませんから』
『白音は?』
『白音は隆玄様の買い出しについていって怪しい動きがないか見張らなきゃなりません。 そして悠晴様は荷物番。 銀心以外いないでしょう。 それとも悠晴様に代わってもらいます?』
『……それはそれで難しい選択肢だな』
「どうかしましたか?」
背後から突然優しく声を掛けられ琥珀と白乃は同時にビクリと肩を上げた。
振り向くと悠晴が爽やかな笑顔で立っていた。
「何かお困りでしたら伺いますよ。 何なら私が町を案内しましょうか?」
「それは俺の役目だ。 下がってろ」
そして更にその横で銀心が両腕を組み無表情で立っていた。
一触即発の緊張感を察した琥珀と白乃は顔を引き攣らせる。
「……ぎ、銀心、一緒に頼む」
「あぁ」
琥珀の言葉に銀心は余裕の笑みを浮かべる。
その表情に琥珀の胸がドキリと高鳴った。
不本意だがここは大人しく引き下がらねばもっと険悪になってしまう。
今はそういう事にしておこう。
そうして琥珀は深々と頭掛けを被り目立たないよう町へとくり出した。
「すごい! あの人は武闘家か? あんな重そうな荷物を乗せて自分の力で引いてるぞ!」
「あの方はきっと商人ですよ。 あの荷車をそのまま店にして商売するのかもしれませんね」
「あそこは人の行列ができてる。 何か見世物でもやるのか?」
「あそこは粥店ですね。 ほら、中から碗を持った方が出てきてます」
「……町の者は皆外で食べるのか?」
「いつもじゃないですよ。 楽しく食べながら町を歩いたりするんです」
「楽しくか……、町の者は皆そんな事ができるのか……」
常に用意された物を食するだけの琥珀にとって、それはとても新鮮な光景だった。
どこか羨望の色が混ざる視線に気づいた銀心は、ポンと優しく琥珀の頭に手をおいた。
「ここで少し待ってろ」
そう言って銀心は同じ店舗の軒先に向かい、そこで揚げ物を売っている店の者と交渉を始めた。
暫く談笑をしているかと思えば、店の者が慣れた手つきで揚げていた細長い何かを紙に包み始める。
銭を渡しそれを受け取った銀心は再び琥珀達の元へ戻ってきた。
「ほら、食べてみろ。 白乃も一緒に」
「え、大丈夫なの?」
「あぁ。 かかっているのは粉糖だけだし、店先で揚げてあるものだから毒の混入はまずない」
白乃の問いにもあっさりと答えた暗殺者は二人に揚げたての油状を手渡した。
目を輝かせる白乃とは逆に、琥珀は目の前で熱々の湯気が立つ油状を眺め困惑する。
「こ、この熱そうなものを、ここで立ったまま、食べるのか?」
「あぁ。 やってみろ」
いつもより柔和な笑顔に琥珀の胸がまた縮こまる。
そして先に食べ始めた白乃を見てから、恐る恐る端をかじった。
「熱っ! ……でも、美味しい!!」
二口目はもう少し大きく口を開けてかじれば、更にじゅわっと油が滲み出てくる。
だが粉糖のお陰で油っぽさは口に残らない。
むしろそれがコクになって琥珀も目を輝かせながら食べ進めていく。
「どうだ? 口にあったか?」
「んんっ! ん、うん、うん!」
「琥珀様、食べながら喋っちゃだめですよ?」
「ん? ん、うん!!」
「別に良いだろ、今は旅人なんだから」
またもや銀心の手が琥珀の頭に置かれ、今度は優しく撫でられる。
それを見ていた白乃は『んぐっ』と油状を喉に詰まりらせそうになった。
琥珀に向ける銀心の眼差しが、これまで以上に優しくなってる事に気づいたのだ。
勿論琥珀は気づかず油状を嬉しそうに頬張っている。
そんな二人を見て白乃の胸に一つの疑問が浮かび上がる。
(銀心は、どこまで姫様の事に知ってるんだろう……)
琥珀は生まれた時から菊水宮で過ごし、食事も毒見の後からなので冷めた料理を口にするのが当たり前。
しかも帝姫としての所作も立派にこなす彼女が今、庶民と同じ様にして食べているのだ。
その笑顔をもたらしたのが琥珀の命を狙う銀心だった。
(銀心の事だから、きっと姫様の『やってみたい』に気づいたんだろうな。 察しがいい上に、それを叶えようとすぐ行動に移す。 あの気遣いの仕方、警戒を解くって次元の話じゃないわ)
読書が趣味の白乃もまた年頃の娘。
仕事に追われ疲弊した心身を満たしてくれるのは、侍女達の間で流行っている恋愛小説。
それを夜な夜な嗜んでいる白乃には、二人が纏う空気が他と違うものだと容易く察しが付いた。
琥珀に関してはそれが好意からくるものだと知っているが、銀心の場合は断定出来ない。
無自覚なのか、それとも意図してやっているのか。
今の銀心の表情からは残念ながら読み取れなかった。
(銀心は、きっと姫様が神獣になる事を望んでるって知ってる筈よね。 その方が排斥派にとって好都合だし、銀心もそこに関わってるから何も言わない。 姫様の気持ちを弄んで刀剣顕現をさせないように仕組んでた、と思ってたけど……)
今刀剣顕現を行えば、間違いなく帝姫が治める時代になる。
排斥派としてはそれだけは阻止したい筈だ。
なのに銀心の行動からはそれが感じられない。
ならいっその事、主人の決意を変えてくれないだろうか。
覚悟を決めていても、琥珀にはあの姿のまま、『国を守りたい』と思いとどまって欲しいのだ。
(だからって銀心に『刀剣顕現の儀を受けろ』と言うの? 儀式を行えば銀心はどうなるかわからない。 何より姫様はそれを望んではいない。 どうすれば、どうすれば変わってくれるんだろう……)
「白乃?」
琥珀に名前を呼ばれ白乃はハッと顔を上げた。
「大丈夫か? 目が赤いが喉にでも詰まったか?」
「あ、は、はい! ちょっと口に入れ過ぎてしまいました!」
「わかるぞ! 美味しいからつい進んでしまう。 銀心、ありがとう!」
「大した事じゃない。 あんたの機嫌が直ったならそれで十分だ」
「あっ……」
食べ物に釣られた事にようやく気づき、琥珀は頬を染めて目を泳がせる。
それを見て銀心はまた目を細める。
(どうしよう。 やっぱり二人共が幸せになってほしいよ……! よし、白音にも相談してみよう!!)
白乃はゴホンと咳払いをしながら、目尻に浮かんだ涙を指で拭った。
「白乃、本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。 それより琥珀様、あっちのお店のも美味しそうですよ! 行ってみましょう!!」
「お! 今度は何だ?」
「甘い蜜が掛かったお団子が串に刺さってるんです。 銀心に毒見してもらって食べましょう!!」
「それはいい考えだな!」
「おい、俺の意見は?」
「姫様の心を弄んだ罰よ。 今は護衛なんだからちゃんと務めを果たして頂戴」
「……仕方ないな」
溜息をつきつつも、楽しそうに並んで歩く二人を眺めながら行くのも悪くない。
二人の間にもまた、主従関係を超えた強い絆があるのだろう。
それを邪魔するのは無粋だと、銀心は肩をすくめて微笑んだ。




