125.補助教師 (ほじょきょうし)
カミはいつの間にか、生徒たちの前であれこれ妙なポーズを取っていた。
尻尾をくるりと丸めて腰に巻きつけ、
二本足でぴょこんと立ち上がり、
舌をぺろりと出して羽をぱたぱたさせる姿。
「……あいつ、何やってるんだ」
ライネルは頭を抱え込みながら、心の中でため息をついた。
あいつなりに可愛いと思ってるのか。
俺にはただ妙ちくりんにしか見えないんだけど。
生徒たちの間から、きゃっきゃと笑い声が上がった。
「わあ、本当に生きてるドラゴンだ!」
「これ、ぬいぐるみじゃないの?」
「動いた! 本当に動いてる!」
カミはますます調子に乗ったように、
今度はその場でくるくる回りながら小さく叫んだ。
「るるる、るるる、ドラゴンだぞ〜!」
「…………」
ライネルは心の底から恥ずかしくなった。
止めようとして一歩踏み出しかけた、その時。
「みんな座れ。静かに、静かに!」
がらり。
教室の扉が開き、
少し席を外していた教師シリアンが入ってきた。
「何でこんなに騒がしいんだ? まだ授業も始まってないのに」
彼は持っていた棒で教壇をとんとんと叩き、
子供たちの視線を集めた。
そしてすぐに、ライネルの方へ顎をしゃくる。
「ライネル。前に出てくれるか?」
「……え?」
戸惑いながら、ライネルはおそるおそる前へ出た。
生徒たちの間には、すぐにざわざわと囁き声が広がる。
「どこの家の出なんだ?」
「クラスは何だろう?」
ひそひそと声が飛び交う中、
ライネルは教室の前まで歩いていき、ぎこちなく笑って口を開いた。
「あ、はじめまして。僕は……
ライネルといいます」
声は小さかったが、教室の中は静まり返っていた。
「C級冒険者です。
ちょっと事情があって……
遅れて合流することになりました」
その言葉に、何人かの子供の目が大きくなる。
「それから……
こいつは……」
カミは抱え上げられながらも両腕をぴんと伸ばし、
まるで舞台の上のアイドルみたいに手を振っていた。
「カミっていいます。僕の使い魔です」
その瞬間、教室がまた一度ざわついた。
「さっきまでおもちゃだと思ってたのに……」
「本当にドラゴンなの?」
「すごく可愛い……」
ライネルは一度咳払いをして、付け加えた。
「見た目はこんなですけど、ドラゴンです。
よろしくお願いします……」
カミが肩に乗りながら、胸を張って叫ぶ。
「この我が身は偉大なる古代の——」
「あ、ちょっと待って。待って」
ライネルはカミの口を手で塞いだ。
「お前は静かにしてろ。空気おかしくなるから……」
ライネルは小さく咳払いをした。
「とにかく、みなさんと会えてうれしいです。
これから頑張ります」
そう言って頭を下げるライネル。
それで挨拶は終わり、
シリアンが自然にその後を引き取った。
「さて、みんな。今ので聞いたな?」
彼は教壇に手を置いたまま、はっきりと言った。
「この方が新しく来た補助教員、ライネル先生だ。
これからしっかり学ぶように」
「はーい——!」
生徒たちは素直に返事をしたが。
「……?」
ライネルの表情はぴたりと固まった。
ちょっと待て。補助教員?
今、先生って言ったか?
頭の中が真っ白になる。
王都で暮らす条件として、何か役目を与えられるんだろうとは思っていた。
でも。
生徒として入ったんじゃなかったのか?
動揺がそのまま顔に出たのか、
シリアンが少し眉をひそめて尋ねた。
「ライネル、もしかして……
事前に聞いてなかったのか?」
「あ、いえ……僕はただ……
仲間を探している間、学校で暮らせるようにしてもらえたんだとばかり思ってて……」
「何だよ。全然話が通ってないじゃないか」
シリアンは額を押さえ、小さくため息をついた。
「まあ、とにかくこのクラスを俺一人で受け持つのは結構きつくてな」
彼は首を横に向け、教室の子供たちを一度見回した。
「ちょうどよかった。名目上はC級冒険者なんだし、
これからは若葉たちの指導も手伝ってくれ」
ライネルは頭を抱えた。
僕が先生になるって?
こんな展開……
全然予想してなかったんだけど。
呆然と顔を横に向けたライネルが、小さく呟く。
「いったい、何がどうなってるんだ……」
彼が受け持つことになった子供たち。
全員、名門家の出身だった。
正確には、家の後継者争いから外れた子供たちだ。
貴族たちの当主教育から外された子らが、
冒険者教育という名目のもとで、この学校へ送られてきていた。
政治の道具ってことか。
ライネルはすぐに察した。
家が自分で育てる気すら失い、
それでも使える駒にするために、ここへ押し込んだ子供たち。
そして、そんな子供たちの授業を、
自分が担当することになったのだ。
「ところで、僕は何を教えればいいんですか?」
ライネルが近づいて慎重に尋ねると、
シリアンは大したことでもないように肩をすくめた。
「とりあえずは空気を掴め。
子供たちと一緒に授業を受けて、実技の時にお前の腕を少し見せてやればいい」
「そうなんですね……」
「じゃあ席に戻ってくれ。授業始めるから」
ライネルは頷き、教室へ戻った。
授業はすぐに始まった。
シリアンの声は明瞭で聞き取りやすかったが、
内容は予想とまるで違っていた。
冒険とは自由な生き方の選択。
そんなロマンはどこにも見当たらない。
子供たちの表情はほとんどが無表情だった。
机の上には筆記の代わりに
練習用の計算書や、家ごとの協定に関するノートが置かれている。
「理論上、傭兵団との契約は必ず事前に文書化が必要だ。
家門と王国の条約条件によって……」
ライネルは教壇の脇に座ったまま、小さく呟いた。
「これ、冒険者教育じゃなくて……
ただの人質養成所じゃないか」
しばらくして。
退屈だった座学が終わると、教室は一気に騒がしくなった。
「カミ、さっきのポーズもう一回やって!」
「羽をたたむ時が可愛かった!」
「何だよ、可愛いだなんて……
この我が身は偉大なる——」
カミはわざとらしく咳払いをしてから、手をひらひら振った。
「まあ、仕方ないな。特別にもう一度見せてやろう!」
小さなドラゴン、カミは
変なポーズを連発しながら、すっかり子供たちの人気者になっていた。
その隙に、
ライネルはそっと立ち上がり、シリアンのところへ歩み寄る。
「僕は仲間たちと一緒にB級冒険者になるために、ここへ来たんです」
慎重に切り出すと、
シリアンは軽く頷いた。
「ああ、知ってる」
「じゃあ……
今やってるこれが、B級冒険者になるための過程なんですか?」
「いや」
短く、きっぱりとした返事。
ライネルの眉がぴくりと動く。
「じゃあ、僕は何でここにいるんですか?」
シリアンは教壇にもたれ、腕を組んだまま
意味ありげな笑みを浮かべた。
「それは学校長の意向だからだ」
彼は一度肩を揺らした。
「時間が経てば、お前にもわかるさ」
その時。
「おや、お客さんみたいだな?」
シリアンが顎で扉の方を示した。
ライネルが振り向くと、
扉のところに見慣れた緑の短髪のルエンナが立っていた。
「……また来たのか……」
ライネルは大きく息を吐いてから、静かに歩み寄った。
「ルエンナさん、まだ授業終わってませんけど……
もう来たんですか?」
「ちゃんと授業してるか、監視しに来たんです」
無遠慮な物言い。
変わらない視線。
ライネルはわずかに眉を寄せて尋ねた。
「ルエンナさんも……
知ってたんですか?」
「何をです?」
「僕がここで子供たちを……
担当する教師だってことを」
ルエンナは眼鏡を指で押し上げた。
「もちろんです」
「それを……
どうして僕には言ってくれなかったんですか?」
ライネルの声が少しだけ低くなる。
するとルエンナは冷めた目で見ながら、淡々と言った。
「言ったところで、何か変わるんですか?」
「……何ですって?」
ライネルの眉間がわずかに寄る。
戸惑いではなく、苛立ちが滲み始めていた。
ルエンナは無表情のまま、さらに続けた。
「どうせライネルさんは、ここで暮らしながら仲間を待つんでしょう」
彼女は少し首をかしげ、断固とした目で言葉を続ける。
「その間、学校で奉仕するのがそんなに不満なんですか?
この学校はあなたに住む場所と食事を提供しているのに」
「でも僕は、B級冒険者になるためにここへ来たんです」
ライネルは我慢していた言葉を出した。
「自分の実力をもう一段上に引き上げるような任務や教育を期待していたんです。
子供たちを教えるのと、いったい何の関係があるんですか?」
ルエンナは少し口を閉ざし、
息を整えるように一度目を閉じてから開いた。
「だからこそ、学校長はあなたをここへ入れたんです」
「どういう意味ですか?」
ライネルが眉をひそめて問い返すと、
ルエンナは苛立ち混じりの長いため息を漏らした。
「はあ。本当に察しが悪いんですね」
彼女は眼鏡を直しながら、皮肉っぽい口調で続けた。
「あなたがどんな人生を歩んできたかなんて、私には興味ありません。
でも、一つだけ忠告しておきます」
ライネルの目がわずかに揺れる。
「学びに上下はありません」
「…………」
「あなたが今、何を学ぶべきなのかは、
あの子たちと過ごしていれば自然とわかるはずです」
その瞬間。
キーンコーン。
授業再開を告げる鐘の音が、教室の廊下に響いた。
ルエンナは腕時計をちらりと確認すると、顔を背けた。
「席へ戻ってください。
私は報告しなければならないことがあるので、これで」
「もしかして、その報告って僕のことですか?」
ライネルがおそるおそる尋ねると、
ルエンナは睨むように見て言った。
「夢でも見てるんですか?
私がそんなに暇そうに見えます?」
そして最後に、ゆっくり首を横に振って付け加える。
「自分の担当業務だけでも山ほどあるんですから」
こつ。
足音を残して、彼女は廊下の奥へ消えていった。
「ライネル、話が終わったなら戻ってくれないか?」
呆然と立ち尽くしていたライネルへ向かって、
シリアンの声が教室を横切った。
「あ、はい……」
ライネルはゆっくりと向きを変える。
ルエンナとの会話が、頭の中でぐるぐると回っていた。
学びに上下はない。
だから学校長は僕をここへ。
席に戻ったライネルは、少しうつむいて口をきゅっと結ぶ。
「ここで……
いったい何を学べっていうんだよ……」
その瞬間から、
シリアンの声は耳に入らなくなっていた。
◇
授業が終わりに近づいた頃、
教室の前に再びルエンナが姿を見せた。
ライネルは椅子から立ち上がり、慎重に言った。
「ルエンナさん。
僕、一人でも部屋に戻れます」
「わかっています」
「僕、何か罪を犯したわけでもないし……
誰かに見張られてるみたいで、正直落ち着かないんです」
「それもわかっています」
しばし沈黙。
ライネルはもう我慢できず、問いかけた。
「いったい、学校は僕に何を求めてるんですか?」
その瞬間、
ルエンナの表情が変わった。
これまでとは違う、重い眼差し。
「あなたが人類の敵かどうかです」
「……何ですって?」
ライネルは足を止めた。
目を見開いて聞き返す。
「僕が人類の敵って……
僕は人間ですよ?」
「あなたの魔力は、人間のものではありません」
ルエンナの言葉は断定的だった。
「それに」
彼女は視線を逸らさずに続けた。
「学校長様が見た、あなたのあの姿。
それだけでも十分な理由になります」
ライネルの瞳が大きく揺れた。
「どんな……
姿ですか?」
ルエンナはそこで言葉を濁した。
そして短く顎を上げる。
「まあ、いいです。
それはここで過ごしていれば、そのうち自然にわかるでしょう」
そう言って背を向け、廊下の奥へゆっくり歩いていく。
気づけば二人は、ライネルの部屋の前まで来ていた。
「明日も迎えに来ます」
ルエンナはいつものように感情のない口調で告げた。
肩に乗っていたカミが、ちらりと様子をうかがう。
「お前、顔色悪いぞ?」
ライネルは顔も向けないまま、小さくため息を漏らす。
「ただ……
僕が何をしたっていうんだって思ってさ……
こんな扱いを受ける理由が、全然わからなくて」
「そりゃ、お前は普通の人間じゃないからだろ。
だから特別扱いされてるんじゃないか?」
「僕が、違うって?」
ライネルはゆっくりと、自分の両手を見下ろした。
見た目は普通だ。
だが、その内側を流れる魔力だけは。
「ひとまず、ここで過ごしてみよう。
王都なんだから……
何かしら情報は手に入るはずだ」
「そうそう。監視されてても、情報集めくらいはできるからな」
カミが窓辺へぴょんと飛び移った。
「それに、監視が問題なら」
カミは前足で窓を指す。
「出ればいいだろ?」
「……え?」
ライネルが顔を上げる。
カミは平然と言った。
「飛行魔法でぴゅーっと飛んで行けば、それで終わりじゃないか?」




