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123.再び王都へ (ふたたびおうとへ)

遠くの方から、人々がひそひそと話す声が聞こえてきた。

かなりの人だかりができているようだった。


荷台の片隅、干し草にもたれてうたた寝していたライネル。

まどろみの中で、ゆっくりとまぶたを開く。


「おい、ライネル。もうすぐ着くみたいだぞ」


「……ううん。そうか。やっと王都に戻ってきたんだな」


伸びをしたライネルは、顔をしかめながらあくびを漏らした。


その時、馬車が止まった。


前の方から聞き覚えのある足音がした。

港町ポート・テルから一緒だった商人が歩いてきたのだ。


「ライネルさん、ここから先はお一人でも大丈夫そうですか?」


「え……た、多分……?」


ライネルは頭をかきながら、曖昧な表情を浮かべた。


半年前、初めて王都を訪れた時は

ピアベル村のパイルグさんのおかげで

その親戚にあたるステイラー子爵の屋敷へ、そのまま向かったのだった。


そのせいで、王都の地理はまだほとんどわかっていなかった。


それでも。


ライネルは荷台から軽く飛び降りると、明るく笑ってみせた。


「ここまで乗せていただいて、ありがとうございました。

おかげで楽に来られました」


「いえいえ。どうかお気をつけて」


商人は軽く頭を下げて背を向け、

ライネルもまた静かな通りへと、ゆっくり足を向けた。


その時、胸元から聞き慣れた声がささやく。


「ライネル、大丈夫なのか?」


「ん?」


「もう少し奥まで送ってもらった方がよかったんじゃないか?」


カミの声は心配でいっぱいだった。

だがライネルは肩をすくめる。


「まあ、そうなんだけど……

せっかくだし、王都も少し見て回りたかったんだよ」


「はあ……」


予想していた答えだったのか、カミは大きくため息をついた。


「結局そうなると思った。

じゃあ私はまた、ずっと隠れてろってことだろ?」


「少しだけ。ほんとに、少しだけ見て回るから」


ライネルは笑って、なだめるように言った。


その時だった。


「ライネルさん!」


遠くから誰かが彼に向かって叫んだ。

ライネルの視線が自然とそちらへ向く。


黒いショートヘアの女。

その後ろには、制服を着た王国兵が何人か続いていた。


「カミ、ちょっと中に入ってて」


「もうかよ……?」


だが状況を察したカミは

ひらりとライネルの肩から飛び移り、胸元へと身を隠す。


女は近づいてくると、やや鋭い表情のまま口を開いた。


「ライネルさんで間違いありませんか?」


ライネルはぎこちなく笑って答える。


「は、はい……そうですけど。もしかして、僕のことをご存じなんですか?」


「私は王都冒険者学校長の副官、ミカです」


黒髪の女は冷ややかな口調で告げた。


「今すぐ、私と一緒に学校へ来ていただきます」


言い終わるや否や。


「お乗せしろ」


ミカの指示で、少し離れた場所にいた馬車が

音を立てながらライネルの前で止まった。


「どうぞ、ライネルさん」


「あ……はい!?」


わけもわからぬまま馬車に乗せられるライネル。

扉が閉まり、馬車が走り出すと。


向かいの席には静かに腰掛けたミカの姿があった。


学校まではそう遠くない距離。

だが、馬車の中に流れる空気は

どんな長旅よりも重く、よそよそしく感じられた。


しばらく間を置いてから、ライネルがおそるおそる口を開く。


「あの……

もしかして、僕が来ることって前からわかってたんですか?」


「もちろんです」


ミカは短く答えた。


「……そうなんですね」


ライネルは少し頭をかきながら、視線をそらした。


「でも……

どうしてそれが……」


「詳しいことは、学校へ着けばわかります」


ミカは視線すら向けず、きっぱりと言葉を切った。


その口調と態度。

ライネルはすぐに悟った。


この人……僕と話すつもりはないんだな。


そうして気まずい沈黙だけが流れる中、

馬車はいつの間にか目的地に着き、止まっていた。


がたん。


扉が開くと同時に、ミカがすぐ言った。


「降りてください」


馬車を降りた瞬間、

ライネルの目の前に広がったのは巨大な建物群と、

あちこちから響いてくる気合いの声だった。


「ここが……

王都冒険者学校……」


ライネルはその壮大な光景を見つめながら、小さくつぶやいた。


「こちらへ。学校長がお呼びです」


ミカは短く言って先に立つ。

ライネルはその後を追って建物の中へ入っていった。


廊下をしばらく歩き、

ようやく辿り着いた一枚の扉の前。


ミカは静かに足を止めると、

扉を三度、こんこんと叩いた。


「ミカです。ライネルさんをお連れしました」


しばらくして、

内側から扉が開き、二人は部屋の中へ入った。


部屋の中央、机の前の椅子に腰掛けていた一人の女性が

長い赤髪を揺らしながら、ゆっくりと立ち上がる。


王都冒険者学校長、ヘレニア。


その威厳ある雰囲気とは裏腹に、

口元には軽い笑みが浮かんでいた。


「ようこそ、ライネル」


一瞬たじろいだように、

ライネルは慌てて頭を下げる。


「ら……

ライネルです」


ヘレニアはそんな彼を興味深そうに眺めると、

くすりと笑って言った。


「どうしたの?

何だか……ずいぶん戸惑った顔をしているけど?」


ライネルはぎこちなく笑いながら答えた。


「いえ、ただ……

『学校長』って聞いたから、てっきりおじいさんかおばあさんくらいの人だと思ってたんです」


「ぷははは! それは面白いね!」


ヘレニアは豪快に笑い出した。


「それで……

私はこんなに若く見えるんだから、感謝しろってことかい?」


「あ……

い、いえ……そういう意味じゃなくて……」


ライネルが慌てて両手を振ると、

ヘレニアは傍らに立つミカへ顔を向けた。


「ミカ」


短く名を呼ぶと、

もう下がってよいというように視線で合図する。


ミカは静かに頭を下げ、

何も言わず扉を閉めて退室した。


部屋の中に、再び静けさが戻る。


「ライネルのことは、いろいろ聞いているよ」


ヘレニアが静かに口を開いた。


「仲間から、ずいぶん厚く信頼されているみたいだね?」


「仲間って……

アイラとモネロのことですか?」


ライネルが慎重に聞き返すと、

ヘレニアは頷いた。


「そうだよ。二人とも、とてもいい子たちだ」


「……

い、今……

今この学校に二人ともいるんですか?」


ライネルの瞳が大きく揺れた。

その声には、はっきりとした緊張が混じっていた。


だがヘレニアは、意味深な笑みを浮かべたまま席を立つ。

そして自ら茶器をひとつ取り、ライネルの前へ置いた。


「まずは飲みながら話そうか?」


「は、はい……

ありがとうございます」


ライネルはぎこちなく頷きながら

紅茶をそっと持ち上げ、一口飲んだ。


その瞬間。


「それと、君の懐にいる友達も

そろそろ顔を見せたらどうだい?」


「……!」


ライネルの目が見開かれる。


「えっ……

どうして……」


言い終わる前に。


「うはは! やっと解放か! やっぱり外の空気は最高だな!」


小さな声とともに、

胸元から羽をぱたぱたと震わせながら飛び出してきた存在。


カミだった。


「カミ……!」


ライネルは慌てた顔でカミを見る。

だがカミは得意げな顔で笑ってみせた。


「何だよ」


カミは腕を組んで、ぶっきらぼうに言い放つ。


「どうせあの女、最初から私がいるって知ってたんだろ?」


「はあ……」


ライネルは目をぎゅっと閉じ、片手を額に当てた。

そしてすぐにヘレニアへ真顔で向き直る。


「このトカゲ……

いや、こいつはモンスターじゃないんです。

見た目はこうですけど……」


「トカゲとは何だ、ライネル!

この体はドラゴンだって何度言えばわかるんだ!?」


カミがむっとして叫んだ。


ヘレニアはその様子を見て笑みをこぼす。


「ふふふ……

面白い子たちだね?」


そっと茶器を置きながら言った。


「まあ、いいさ。

世の中には不思議なことなんていくらでもある」


そこでようやく、ライネルは少しだけ肩の力を抜き、安堵の息を吐いた。


「ふう……」


「ともかく。

ここへ戻ってきたことを、改めて歓迎するよ、ライネル」


ヘレニアはやわらかく笑いながら頷いた。


「小さなドラゴンの君もね」


「ははっ! ついにだな。

この私を真っ先に見抜く人間が現れたってわけだ!」


カミが羽をぱたつかせ、ますます得意げになる。


ヘレニアは茶器を置き、

そのまま本題へ入った。


「入学試験の時、一緒にいた仲間たち。

アイラとモネロ、その二人のことが気になっているんだろう?」


ライネルの指先がわずかに震えた。


「はい。二人は……

今、どうしてるんですか?」


「まず。

アイラはこの学校を去ったよ」


「え? それ、どういう……

アイラが学校を出たって……

何かあったんですか……?」


ライネルの声が一気に鋭くなる。


だがヘレニアは落ち着いた目で彼を見つめながら、言葉を継いだ。


「アイラは君を待っていた、ライネル。

毎日、毎日……

祈るみたいに君が来るのを待っていたんだ」


「…………」


「でも結局、

君に何かあったんじゃないかと思ったんだろうね」


「だから君を探すために……

自分の意思で学校の外へ出たんだよ」


「…………」


ライネルは黙って目を伏せた。

首筋に冷たい汗が伝う。


「どこへ行ったかは……

わからないんですか?」


「見当はついている。

だけど今は教えられない」


ヘレニアは慎重に線を引いた。


「それからモネロ。

彼は今、別のチームと一緒に任務に就いている」


「……モネロ……」


「彼もずっと、君が戻ってくることを考えていたよ。

一人になっても、

いつか君が戻るかもしれないって、この学校に残ることを望んでいた」


ライネルは唇をきつく結び、うつむいた。


しばしの沈黙の後、ヘレニアがゆっくりと言葉を継ぐ。


「どうあれ、

君の仲間たちは全員無事に人間界へ戻っていて、

それぞれの場所で最善を尽くしている」


「……そうですか」


「だから仲間たちのことは、

少しくらい肩の力を抜いてもいい」


ヘレニアの言葉に、

ライネルは静かに頷いた。


だが、その次の瞬間。


ヘレニアが急に真剣な顔で椅子に腰を下ろし、

向かいのライネルをじっと見つめた。


「それで」


「ここからは」


ヘレニアは視線を据えたまま、静かに言った。


「君自身の話をしようか」


「僕自身の……

話ですか?」


ライネルがわずかに身を固くする。


ヘレニアは芝居がかったような笑みを浮かべ、頷いた。


「そう。ライネル、君のことだ」


「もっと正確に言えば、

『魔族の魔力を持った人間』について、かな」


「……!」


ライネルとカミ。

二人の視線が同時にヘレニアへ向く。


「それを……

どうして知ってるんですか?」


ライネルが慎重に問う。


「うーん、誰かから聞いたわけじゃない。

自分の目で見た、と言った方が正しいかな」


ヘレニアは余裕のある口調で、茶器を軽く傾けた。


「じゃあ……

どこかで僕を見たことがあるんですか?」


「あるよ。かなり近くでね」


ヘレニアはやわらかく、だが意味ありげに微笑んだ。


「それに、君の隣にいる小さなドラゴンくんとも

顔見知りと言っていい」


「カミと?」


ライネルが戸惑ったようにカミを見ると、

カミはぱちぱちと瞬きをしながら小声で言う。


「私……

知らないぞ?

初めて見る顔だと思うけど……」


「ふふ、覚えていなくても構わないさ」


ヘレニアは何気なく笑った。


「ともかく、それ以来

少し君のことを調べさせてもらった」


「調べた……

って?」


ヘレニアの声がわずかに低くなる。


「人間が本来、扱えるはずのない魔力。

原初的で、本能に近い力」


ヘレニアの瞳が細く絞られた。


「念動術は、今の時代では伝説としてしか残っていない力だ」


「それを……

人間である君が扱っている?」


部屋の中に、妙な沈黙が落ちた。


ヘレニアは静かに立ち上がった。

そして無言のまま書斎の中央を、ゆっくりと歩き始める。


一歩、二歩、五歩。


こつ。


靴音が床に強く響く。

ヘレニアの足が止まると、その視線がまっすぐライネルを射抜いた。


「君は、本当に人間なのかい?」


その問いに。


ライネルは息を止めた。


自分が普通の人間とは違うことくらい、

薄々わかってはいた。


けれど、こうして真正面から追及されると、

どう答えればいいのかわからなくなる。


「そ、そんなの、当たり前じゃないですか!」


ライネルは慌てた顔で両手を上げ、

額と肩を同時に触ってみせる。


「見ての通り、角も翼もありません!

魔族みたいな見た目だってしてないですし!」


ヘレニアは眉を寄せ、小さく首を振った。


「私が思うに」


彼女の声が落ちる。


「君の内側には、まだ隠れたままの

別の何かがいるんじゃないかと思うんだ」


「……!」


ヘレニアの鋭い眼差しが突き刺さる。

まるでライネルの奥底にある何かを見抜こうとするような目。


だがライネルは、とっさに目をそらした。


だめだ。

これは……

今、話してはいけないことだ。


本能が警告のように囁いていた。

その奥にあるものだけは、口にしてはいけないと。


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