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122.壊された予言 (こわされたよげん)

「今のエルフと人間の関係は、

決して良いとは言えません。」


中央の老エルフが、低く静かな声で言葉を継いだ。


「軽々しく動けば、

かえって混乱を招くだけです。」


「たとえ王都へ警告を送ったとしても、

彼らがどこまで本気で受け止めるかは……

わからないのです。」


「…………」


会議室の中が、しばし静まり返る。


そして、続いた言葉。


「彼らは忘れたのです。」


「三百年前、

この世界が滅亡寸前にまで追い込まれたことを。」


「その記憶はすでに歴史の一頁となり、

中には

『むしろあの時代の方がよかったのではないか』などと、

愚かしいことを口にする者さえおります。」


「…………」


「ありえない……

そんな馬鹿げた……」


アイラは怒りに満ちた顔で、ぎゅっと拳を握りしめた。


「残念ながら、それが現実です。」


今度は左側の老エルフがアイラを見つめながら、ゆっくりと頷いた。


「人間は、我々のように長くは生きません。

世代を重ねるごとに記憶は薄れ、鈍っていくのです。」


「戦争も、恐怖も、死も。

まるで過去の影のように、意味のない話へと変わっていく。」


「それが今の人間なのです。」


「…………」


アイラは言葉を失い、唇をきゅっと噛んだ。


「じゃあ……

私たちにできることって、本当にないんですか?」


こらえきれず、アイラが問いかける。

その目には戸惑いと焦りが入り混じっていた。


「魔界から人間界へ渡ってくるのを、

ただ見ていることなんてできないじゃないですか!?」


老エルフは静かに髭を撫で、それからようやく口を開いた。


「もちろん、方法がないわけではありません。」


「すでに裂け目は開いています。

それを完全に開くために、魔族たちは人間界の拠点で魔力を集めようとするでしょう。」


「…………」


「それを遅らせること。

そして同時に、ゆっくりと、静かに人間界へ『危機』を知らせていくこと。」


「それが今、我々に取れる最も現実的な選択でしょう。」


「でも……

そんなやり方じゃ、

進み方があまりにも遅すぎる気がします……」


アイラは語尾を濁し、うつむいた。


「アイラ。」


フェイオが低い声で彼女を呼ぶ。


「お前は人間たちと共に育った。

だから、エルフたちが抱いている感情を完全には理解できないだろう。」


フェイオは隣に座るルイドアンとシレンへも顔を向けながら続けた。


「ルイドアン。シレン。

お前たち二人も同じだ。」


「今、人間とエルフの間には深い誤解の溝がある。」


「そんな状況で軽々しく動けば、

より大きな不信と衝突を招くだけだ。」


「じゃあ、どうすれば……」


「確かな証拠だ。」


フェイオの声が、さらに硬くなる。


「それを掴まなければならない。」


彼は重く、揺るがない口調で言い切った。


「まず我々が、この一連の真相を証明できる記録か痕跡を確保することだ。

王都だろうと人間界だろうと、動くのはその後だ。」


「…………」


アイラはその言葉を静かに噛みしめるように受け止め、しばらくうつむいた。


「じゃあ……

ムリムリプの予言書は?」


静まり返った会議室の中で、アイラが慎重に尋ねた。


「その予言書に書かれていたことって……

本当だったんですか?」


問いが終わる前に、ルイドアンの視線が静かにアイラへ向く。


けれど、返ってきたのは首を横に振る仕草だった。


「アイラ……

残念だけど、あの予言書は偽物だ。」


「……!」


「最初から、お前みたいな特別な存在……

ハーフエルフという獲物をおびき寄せるための餌だったんだよ。」


「……そんな……

そんなことって……」


衝撃に打たれたアイラは深くうつむき、何も言えずに手を強く握りしめた。


その時。


三人の老エルフが軽く咳払いをすると、ゆっくりと立ち上がり、フェイオたち一行へ頭を下げた。


彼らは静かに会議室を出て行き、

その場にはアイラ、フェイオ、ルイドアン、シレンだけが残された。


「……アイラ、そんなに元気ない顔してどうした?」


ルイドアンが隣の席からそっと彼女を見ながら尋ねた。


「依頼は成功したんだし、

報酬だってかなり大きいはずだ。

そんなに落ち込むなって。」


冗談めかしてアイラの腕をつんつんと突いたが、


彼女の表情には、なお重い憂いが残っていた。


信じたかったもの。

寄りかかりたかった『予言』。


それがすべて偽りの罠だったという事実。


虚しさと、

自分自身へ向けられた無数の疑い。


そして。


『私はいったい何者なんだろう』という混乱が、静かにアイラを呑み込んでいた。


「あ、そうだ。シレン。

お前はこれからどうするつもりなんだ?」


ルイドアンが会議室を出ようとしていたシレンへ声をかける。


シレンは少し立ち止まり、静かな声で答えた。


「……しばらく孤児院へ行く。

片づけておくべきことが少し残っている。」


「そっか。

次の依頼が入ったら連絡するよ。」


ルイドアンが片手を上げ、軽く振った。


「孤児院、ですか?」


顔を上げたアイラが、おそるおそる尋ねる。


「神官として奉仕しに行かれるんですか?」


「ああ、それは……」


ルイドアンがその問いを代わりに受け取り、笑いながら言った。


「シレンのやつ、孤児院育ちなんだよ。

まあ、俺もだけどな。」


「……本当ですか?」


「ああ。

俺たち二人とも、王国所属の保育院で育ったんだ。」


「徹底的に『王国』のために使える人間を作るための施設だった。」


「そこで俺は冒険者に、

シレンは神官に進んで、それぞれの道を歩いたってわけ。」


「ルイドアンさんって、

もともと冒険者だったんですね?」


アイラが慎重に口を開く。


ルイドアンは肩をすくめて笑った。


「まあ、とりあえずはな。

結局、二回も辞めることになったけど。はは。」


「どうしてですか?

何があったんですか?」


アイラが不思議そうに聞く。


「…………上の連中の政治ごとにうんざりしたんだ。

それだけさ。」


彼はため息交じりに続ける。


「王国って場所はな。

表向きは冒険者を英雄みたいに扱ってるように見えても、

中身を覗けば結局、全部貴族どもの将棋盤なんだよ。」


「ほどよく使って、壊れたら取り替える。

忠誠を見せれば褒める。そうでなければ切り捨てる。」


その言葉を聞いて、アイラは胸が詰まるような気持ちになり、静かに頷いた。


「まあ、それでも……

任務の幅を広げるために、

王国の金色C級バッジを取ろうと、一時的にまた戻ったことはあるけどな。」


ルイドアンは小さく笑った。


「でも、俺は王国の冒険者なんかに未練はない。」


「本当の冒険っていうのは、自由じゃなきゃ駄目なんだ。

利害に絡め取られた瞬間、それはもう冒険じゃない。」


「それよりシレンのやつはさ……」


ルイドアンはゆっくりと足を止め、顔を上げて空を見た。


「王国神殿所属で、

誰よりも女神の愛を実践して、犠牲になってきた男なんだよ。」


「なのに、愛を説く連中が、

シレンが人を治して回るのを見て

『ただでやるな』って本気で怒鳴ってたらしい。」


「えっ? どうしてですか?

それって神官の役目じゃないんですか?」


アイラが目を丸くして問い返す。


「そうだよな。

本来はそうであるべきだ。

でも現実は……いつだって違う。」


ルイドアンは長く息を吐く。


「治療を無料でやられたら、神殿の収入が減る。

理由はただそれだけだ。」


「そんなの、おかしいです……

偽善じゃないですか。」


アイラが呆れたように首を振る。


「俺もそう思ったよ。」


ルイドアンが苦く笑った。


「本気で愛を語ってるくせに、先に金勘定をするなんて、どう考えても変だろ?」


「それでシレンも、心底嫌になったんだろうな。」


「結局、王都の神官職を辞めて、

俺たちと一緒にワーカーの仕事をするようになった。」


「自由な神官。

それが今のシレンってわけだ。」


「正直、ちょっと惜しい気もするけどな。

あいつ、あのまま神殿の道を進んでたら、

今頃はかなり上の地位に座って、偉そうに暮らしてたかもしれないのに。」


ルイドアンは肩をすくめた。


「馬鹿だよな。ほんと、馬鹿だ。ははは。」


「……いいえ。」


アイラが首を振り、はっきりと言った。


「私は、全然そうは思いません。」


「むしろ……

すごく立派だと思います。」


アイラの眼差しがまっすぐになる。


「自分の信念のために、

苦しい道を選んだんですよね。」


「…………」


ルイドアンはしばらく黙ってアイラを見つめ、それから吹き出すように笑った。


「はは。

シレンのやつ、

今の話を聞いてたら絶対喜んだだろうな。」


「あとでちゃんと伝えとくよ。」


「ともかく。」


ルイドアンが後頭部をぽりぽり掻きながら続ける。


「シレンは依頼が終わって報酬をもらうと、

必ず孤児院に顔を出して、子供たちに必要な物を山ほど買ってやるんだ。」


「俺にはさっぱり理解できないけどな。」


「本当に……

心のあたたかい方なんですね。」


アイラが静かに笑いながら言った。


「ああ。

優しすぎるのが欠点なくらいだ。

病気って言えば病気かもな……」


ルイドアンが苦笑しながら肩をすくめる。


「まあ、それはさておき。」


彼は再び顔を向け、尋ねた。


「しばらく俺たちワーカーチームは休みなんだけどさ。

お前はこれからどうするつもりなんだ?」


「……ライネルっていう友達を、

探しに行かなきゃいけないんです。」


アイラの目に再び強い光が宿る。


「まずは王都へ戻って、

チームの仲間だったモネロを先に探します。」


「ふむ。

そいつ……

名前だけは覚えてるな。」


ルイドアンが小さく呟きながら頷いた。


「でも……」


アイラは翳りを帯びた目で天井を見上げる。


「魔族が人間界へ渡ってくる日が遠くないって思うと……

不安でしかたないんです。」


しばし沈黙。


二人の間に、見慣れない静けさが流れた。


「だからこそ急がなきゃって思うんです。

今の私にできることから、一つずつ。」


「アイラ。」


空気を断ち切るように冷たい声を挟んだのは、フェイオだった。


「そんな半端な力のまま外へ放り出されたら、

お前はすぐに死ぬ。」


「どういう意味ですか!

私、これでもC級冒険者なんですよ!」


アイラが驚いたように声を上げる。


フェイオはゆっくりと彼女へ視線を向けた。


「胸に手を当てて考えてみろ。

お前は本当に、C級に相応しい実力を持っていると思うのか?」


「…………それでも……

だからって、何もしないわけにはいかないじゃないですか!」


歯を食いしばって言い返すが、声の端が震えていた。


フェイオは深く息を吸い込み、ゆっくりと言う。


「まずはここで力をつけろ。」


「精霊魔法の本場であるこのエルフの村で。

少なくとも『本物のC級』に相応しい力くらいは身につけるべきだろう。」


「……ここで……

修行しろってことなんですね?」


アイラが肩を落としながら尋ねる。


「それが嫌なら。」


フェイオは扉の方へ歩きながら、最後の言葉を投げた。


「外へ出て、そのまま死ね。」


どん。


扉が閉まる。


「ひどい……

言い方がひどすぎます……」


アイラはうつむいたまま唇を噛み、かすかに呟いた。


「ははは、アイラ。

あの人なりに、お前のことを心配して言ってるんだろ。」


ルイドアンが隣に腰を下ろし、いたずらっぽく肩を軽く叩く。


「正直、基礎が足りてないのは自分でもわかってるんだろ?」


「……それは……

そうですけど……」


「王国冒険者学校でも、ろくにちゃんとしたこと教わってなさそうだしな。」


「……うぅ……」


アイラが小さく頷く。


「だったらちょうどいいじゃないか。」


ルイドアンが目を合わせ、やさしく言った。


「ここで精霊魔法を、もう少しちゃんと学ぶんだよ。」


「お前だって半分はエルフなんだ。

アイラ、お前ならきっとやれるさ。」


「……本当に……

ルイドアンさんがいてくれてよかったです……」


アイラが目尻を少し下げて、小さく笑った。


「フェイオさんとシレンさんだけだったら、

きっともう逃げてました。ほんとに。」


尖らせた口元が、妙に拗ねたように見えた。


「はは、だろうな。

俺がお前でも逃げてるよ。」


ルイドアンはおかしそうに笑いながら立ち上がる。


「ほんと、面白くない仲間ばっかりだよな。

でも腕だけは確かなんだ。」


「さて、じゃあ俺たちもそろそろ行くか。」


ルイドアンが手を差し出した。


「まずはフェイオに、

いい師匠を紹介してくれって頼もう。」


「ルイドアンさんは、これからどうするんですか?」


「俺か? 次の依頼人を探すさ。」


「魔界のことを調べるんですか?」


「ん? いや、それはもう依頼が終わっただろ。」


「でも、この世界が危険に……」


「そんなの知るかよ〜」


ルイドアンは軽く手を振った。


「俺は金を出す依頼人のために働くだけだ。

それ以外がどうなろうと知ったこっちゃない。」


最後まで明るく笑ったまま、彼は背を向ける。


「じゃあな、アイラ!

修行、頑張れよ!」


気合いを入れる仕草まで忘れずに。


「……何それ……」


アイラが小さく呟く。


「……ワーカーって、みんなこうなの……?」


世界が危険だろうが何だろうが、金でしか動かない人たち。


その在り方が寂しくて。

そして一方では、あまりに現実的で、なおさら苦かった。


「私は……

これからどうすればいいんだろう……」


アイラはその場に立ったまま、静かにうつむいた。


重い悩みが、また少しずつ彼女を包み込んでいった。


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