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120.黒い陰謀 (くろいいんぼう)

儀式は

水が流れるように、静かに最後の段階へと入っていた。


魔力の流れは安定し、

アイラと三人のエルフの動きも

すでに頂点に近づいている。


その隙に。


フェイオとシレン。


互いに遠く離れてはいたが、

一瞬だけ視線が重なった。


小さな頷き。


合図は、

正確に伝わっていた。


『もうすぐ終わるのに……どうしよう。』


アイラは

閉じていた目を

ほんの少し、ほんの少しだけ開き、


周囲の様子をうかがう。


遠く。


フェイオとルイドアン。


二人は険しい顔で

儀式の進行を見守っていた。


そして反対側。


都市長エディルアムールを中心に立つ

エルフたちの一団。


エディルアムールだけが

落ち着いた目でアイラを見つめていて、


それ以外の者たちは

みな一様に無表情だった。


その様子に

アイラは心の中で言葉を飲み込む。


『……私も、エルフたちには幸せになってほしい。』


『なのに、どうして……

こんなに嫌な感じがするんだろう。』


「フェイオ。」


ルイドアンが低く声をかける。


「どうやら……

アイラは向こうに取り込まれたみたいだ。」


「儀式を、

成功で終わらせるつもりだ。」


その言葉とともに

ルイドアンは両腰の

双剣の鞘に手を置いた。


するとフェイオが

静かに口を開く。


「儀式の最後で、都市長が動く。」


「その時を忘れるな。」


ルイドアンは

短く頷いた。


空の月明かりは

先ほどよりもさらに強くなっていた。


銀の輝きが世界を包むように広がり、

その下で。


世界樹の蕾は

半ばまで開いていた。


儀式はついに

終わりへと近づいていた。


都市長エディルアムールが

ゆっくりと世界樹の前へ歩み出る。


儀式の締めくくり。

最終段階。


彼は用意していた精霊石を

大事そうに手に取り、

世界樹へと近づいていく。


それと同時に。


アイラもまた

自分の首にかかっていた

淡い緑色の精霊石を取り出した。


その瞬間。


「……!」


背後から

ぞっとする気配が

するりと染み込んできた。


アイラは目を閉じたまま、

感覚の方が先にそれを察する。


何か……おかしい。


横目で後ろを見た時。


都市長エディルアムールの影の向こう、

黒く揺らめくひとつの影。


まるで生きた闇のように、

その影は笑っていた。


世界樹に精霊石を触れさせる寸前。


アイラは

ぴたりと手を止める。


息が詰まるような感覚。


『……だめ。今のこれは……』


儀式の最中だというのに、

彼女の全神経は

その闇へと向いていた。


その時。


いつの間に近づいてきたのか、

都市長がアイラのすぐそばまで来ていて、


自ら世界樹に手を触れたまま

彼女を見下ろしていた。


「アイムリプ様。」


都市長エディルアムールは

無理やり笑みを作ろうとしていたが、


顔は引きつっていた。


何かを

どうにか押し殺しているような表情。


「さあ……

精霊石を世界樹に触れさせてください。」


その言葉の後ろで、

影はさらに深く、さらに濃く

背後で笑っていた。


陰湿に。

ずっと待っていたかのように。


アイラがためらうと。


都市長は突然、

アイラの手首を無理やり掴んだ。


その力は

ただ急かすものではなく、

獣のように強引だった。


「……? あっ!

いきなり何するんですか?!」


驚いたアイラは反射的に

精霊石を胸元へ引き寄せる。


その瞬間。


都市長の表情が、はっきりと歪んだ。


その目は殺気を宿した獣のように

アイラを睨みつけていた。


「早く……

精霊石を……

世界樹に当てろと言っているんだ!!」


その怒声が

周囲を切り裂く。


近くにいたエルフたちまでもが

一斉にざわめいた。


「早く!!

精霊石を……

さっさと渡せ!!」


その声色には

もはや理性など欠片もなかった。


アイラは儀式どころではなく、

本能的に後ずさる。


「……!」


息が速くなり、

指先が震える。


アイラは

本能のままフェイオの方を見る。


だが。


フェイオは

まるで何も起きていないかのように

目を閉じて静かに立っているだけだった。


何の合図もない。


「フェイオさん……

もう……どうしたらいいの……

私は……!」


アイラは

揺れる視界のまま

再び前を向いた。


その瞬間。


都市長の手が

アイラの喉へと伸びる。


「あ……

ああっ!!」


アイラの悲鳴が弾けた直後。


それよりも大きな叫び声が

空間いっぱいに響き渡った。


「うわああああっ!! 俺の手が!!

くそったれの人間め……!

よくも儀式を邪魔したな!!」


我に返って前を見るアイラ。


そこには、

自分をかばうように立つ背中があった。


鍛えられた背。

その向こうに走る剣の残光。


ルイドアン。


そして。


床に膝をつき、

両手を切り落とされたまま

苦痛にのたうつ都市長エディルアムール。


「……!」


アイラは言葉を失い、

その場にへたり込んだ。


「て……

手が……

都市長様の手が……!」


補佐官アカラディメダラが

衝撃に満ちた顔で叫ぶ。


「早く治癒師を呼べ!!」


彼は急いで周囲のエルフたちへ合図を送り、

都市長のもとへ駆け寄ろうとした。


だが。


どん。


何かにぶつかる音。


「……?」


アカラディメダラが立ち止まる。


その前には

透明でありながら硬質な、

黄色く光る檻が立ち上がっていた。


「これは……

何だ……?」


数人のエルフが

手でその障壁を叩く。


「で……

出られない……!」

「塞がれてる……何の魔法だ……?!」


混乱。

恐怖。

そして次第に高まっていくざわめき。


その時。


「無駄だ。」


低く、淡々とした声。


エルフたちが驚いて振り向いた先。


シレン。


その両手には

黄色い魔力が

まだ揺らめくように残っていた。


「大人しくしていろ、エルフども。」


「アイラ。」


ルイドアンが軽く顔を向け、

アイラにウインクを飛ばす。


「あいつはエルフの英雄なんかじゃない。

敬う必要なんてないんだぜ?」


そう言って

双剣を軽く持ち上げた。


「さて、次はどこがいいかな?」


口元がいたずらっぽく吊り上がる。


「そうだな……

今度は

両足にしてやろうか。」


言い終わる前に、

ルイドアンが動いた。


シュッ!


駆け込み、

都市長へ剣を振り下ろす。


「うあああああっ!!!!!!」


エディルアムールの絶叫が

儀式の場を引き裂いた。


血が飛び散り、

彼の体が崩れ落ちる。


「貴様ら……!!

あと少しだったのに……

私の夢が……

叶う寸前だったのに……!!」


切り落とされた腕と足から、

息も絶え絶えになりながら

都市長は歯ぎしりするように吐き捨てる。


「許さない……

絶対に……

許さないぞ!!!」


ふっ。


誰かが息を漏らしたような笑い。


世界樹のそばへと歩み出る人物。


フェイオ。


揺らぎのない、

冷たい顔。


「都市長……

いや、違うな。」


その目が

倒れ伏す都市長を見下ろす。


「魔族に魂を売ったエディルアムール。

お前の作戦は……

失敗だ。」


都市長の顔が

狂気じみた怨念に染まる。


「エルードのガキめ……!!

やはり……

貴様を信用するべきではなかった……!!」


絶望と怒りの混じった声。


震える顎。

砕けそうなほど噛み合わされた歯。


「フェイオ。これ……

あの予言書っぽいぞ?」


世界樹の根元近くで

ルイドアンが何かを拾い上げて歩いてくる。


その手には、

古びた巻物がひとつ。


「……予言書か。」


フェイオは静かにそれを見下ろした。


その目は

冷たく沈んでいた。


「エディルアムール。」


フェイオが再び彼へ歩み寄る。


「もう……

終わりだ。」


ゆっくりと

杖を持ち上げる。


「魔族に関することは

お前を殺せば、向こうから勝手に這い出てくるだろう。」


そして。


どんっ!!


杖が地面を貫くように叩きつけられた。


だが。


がん。


杖は地面に突き刺さっただけで、

相手には届かなかった。


「……!」


フェイオの視線が

虚空へ向く。


エディルアムール。


彼は空中に浮かんでいた。


魔法陣の残光が足元に広がり、

その体はゆっくりと

世界樹の方へ移動していく。


「うはははは!!」


笑い声が空へ響く。


「貴様ら、勝ったと……

本気でそう思ったのか?!」


「だがな……

私も!

万が一の手は用意していたんだよ!!」


そして、その瞬間。


するるる……


エディルアムールの体が

世界樹の中へ吸い込まれ始める。


その時。


どっ!!


何かが空を裂いて飛ぶ。


「……!」


シレン。


彼は一瞬で跳躍し、

手にした巨大なメイスで

エディルアムールの頭をそのまま吹き飛ばした。


どんっ!!


都市長の体が宙でねじれながら、

世界樹の根元へと叩き落とされる。


その光景を見た

都市のエルフたちの間から

悲鳴が上がる。


「きゃあああっ!!」

「都市長様!!」


だが。


ごとり。


床を転がったその頭。


息絶えたはずのその首は

ゆっくりと目を開き、笑みを浮かべた。


にやり。


裂けたような唇が

不気味に開く。


そして。


真っ黒な煙が

その頭から立ち上る。


「……何だよ……

あれ……」


誰かが呟く。


その煙は

都市長に付き従っていた儀式のエルフたちの方へ流れ、

順番に彼らを包み込んでいった。


「うっ……くっ……!」

「あ……

だめ……これは……!」


息の詰まるような気配。


エルフたちの体から

黒い気が抜け出し、


互いに絡み合い、融合し、

さらに巨大な何かへと揺らめき始める。


「こいつは完全に……

狂ってるな。」


ルイドアンが舌打ちし、

呆れたように首を振った。


それでも。


黒く立ち上ったその煙は

止まることなく世界樹へ吸い込まれていった。


「……!」


シレンが遅れて魔力を集め、

煙の流れを断ち切ろうと駆ける。


彼の魔法は鋭く

煙の通り道を断ち、かき乱したが、


すでに。

半分以上は世界樹の中へ流れ込んでしまっていた。


夜空。


丸い満月。

その下で、咲き誇る世界樹の花。


そして。


その花を中心に渦巻いていた黒い気が

ゆっくりと月へ昇っていく。


ゆっくりと。

だが確実に。


月の光は赤く染まり始めていた。


「うーん……こうなった以上……

もう手遅れか……?」


ルイドアンが

赤く染まりつつある空を

黙って見上げる。


「あいつの儀式を完全に成功させたわけじゃないのは確かだが……」


「このままだと

ある程度以上、魔界の門が繋がってしまうな。」


その隣で

フェイオもまた深刻な顔で

空を見上げていた。


赤く染まった空。

世界樹。


それはすなわち、

現実を裂く裂け目の前触れだった。


その時。


「……さっ。」

「しゅっ。」

「……す、す……!」


茂み。


世界樹の近くの茂みから

不穏な気配が広がった。


三方向。

三つの存在。


陰惨な影たちが

枝のあいだから這い出し、

アイラへ向かって襲いかかる。


鋭く伸びた爪。

喉を裂くような荒い息。


「……!」


アイラは目を見開き、

立ち上がろうとしたが、


恐怖で固まった足は動かなかった。


だが。


どっ!

ばちっ!!

ひゅっ!


三つに分かれた影。


その一つ一つは

ルイドアン、フェイオ、シレンによって


同時に断ち切られた。


一瞬のうちに

魔法、剣気、メイスが

それぞれの進路を遮り、

その闇を粉々に砕く。


「きいいいいっ……!!」


怪物じみた悲鳴が弾けた。


だが襲撃者たちは

それ以上近づくこともできず、

その場で消え去る。


儀式の中心。


アイラはまだ

その場に座り込んだままだった。


唇は小刻みに震え、

目を見開いたまま。


怯えきった顔で

三人を見つめていた。


ぱち。ぱち……


拍手の音。


背後からゆっくりと響く、

奇妙で不気味な拍手。


「ははは!

やっぱりすごいですねえ〜!」


聞き覚えはあるのに、

どこか歪んだ声。


「実力は……

相変わらずなんですから、フェイオ様〜?」


その声に

フェイオ、ルイドアン、シレン。


三人の視線が同時に向く。


「……お前は……!!」


フェイオの瞳が鋭く縮まる。


「おお〜、ルイドアン様もいらっしゃるんですねえ〜。

本当に嬉しいですよう〜!」


さっ。


茂みをかき分けて現れた存在。


赤い外套。

うねる髪。

そしてふざけたような笑み。


ユイス。


かつて街の中で

冗談と嘘ばかり口にしていたあの男。


「どうしてここにいるのかって?

うーん、まあ……

世界樹に用がありましてねえ〜?」


「……世界樹に?」

フェイオが歯を食いしばる。


「そうなんですよお、なぜなら……」


すっ……


その額から

二本の黒い角が突き出す。


「私は魔族ですからねえ〜」


「へへへ。」


醜く歪んだ笑み。

その目は赤く燃えていた。


「やっぱりな。」

ルイドアンが剣を握り締め、吐き捨てる。


「お前と一緒にいると

気分が悪くなる理由があったってわけか……ユイス!」


「おお〜、フェイオ様!」


ユイスがぱんと手を打って笑う。


「本当に〜〜その上品で素敵なお声〜

前からずっと、

その首を斬ってみたかったんですよお!」


「さあさあ、私にその機会をいただけますかあ?!」


「黙れ。」


フェイオの声が低く震える。

杖の先から緑の魔力がゆっくりと立ち上っていく。


「殺してやる。

貴様だけは。」


それでもユイスは、むしろさらに楽しそうに

首を左右に揺らしながらゆっくり歩いてくる。


「まあまあ〜、喧嘩は後でもいいですよお〜

それより……」


彼が小さく首を傾げた。


「愛らしくて、おいしそうなハーフエルフが

ここにいるじゃないですかあ〜?」


「……!」


アイラ。


その顔が

目に見えて青ざめた。


「こ……

来ないで。

来ないで……来ないで!!」


彼女は震える声で叫んだ。


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